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救世主(笑)が あらわれた!▼

襲撃 二

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 魔に属する者は夜行性。そう誤認されていることが多く、知ったような顔でよく言われてもいるが、そうでもない。
 主に夜間に活動する者もいるが、全体的に見てもほんの一、二割程度だ。魔族も月の光の下に安らかな眠りを得る。少なくともイオイオはそちら側である。
 本来ならばすでに就寝し、夢の世界を堪能している頃合いだ。それが何故、睡眠時間を削ってまで仕事をしていたのか。理由は明白だ。早急に片さなければならない案件が波のように連日にわたって押し寄せ、山のごとく積み上がるからである。
 執務机の上の紙束も、目まぐるしい仕事の一角だ。時間を割り当てた甲斐があって、あれでもかなり減った方である。翌朝になると再び数倍に膨れ上がるだろうが、一眠りして朝を迎えるまでは忘れていたい。
──イオイオは西の領域の主である。悪魔という種族ゆえにか、「領主」よりも「魔王」と呼称される方が多い。
 魔王と聞いて思い浮かべるのは、玉座に腰かけ、ふんぞり返っている姿だろうか。数多の異形に膝をつかせ、闇に正体を融けこませながらも眼光だけが鋭く光る。そしてやってきた勇者一行を見下し、傲慢に嘲笑うのだ。よくぞここまで辿り着いた、と。
 イオイオに言わせてみれば、物語の中にしか存在しない空想である。イメージは所詮イメージだ。実際の魔王というものは、正直、玉座に座っていつ来るかもわからない宿敵をぼんやり待つ暇など微塵もない。
 領主である以上、領域内の民たちの声に常に耳を傾けていなければならない。問題が起きれば思考を巡らせ、案を施行するために尽力する。他領域の主とも交易し、親交を深め、いざという時には快く援助を送り送ってもらえるような関係も築き、積み重ねる。
 時期にもよるが、忙殺されることが多い一領の主に、どうしてわざわざ手間と時間の無駄でしかない挑戦を受けて立つ義理があるのか。そんな余裕があるなら、少しでも多くの仕事を片づけたいものである。


「……?」


 いくつもの筋路を通り過ぎ、寝室に続く角を曲がった時であった。遠く、闇に沈んだ風景にふと、影が小さく身動いだ。
 人によっては「気のせい」で済ませる程度の違和感だ。イオイオも、物がランプの光に照らされたことによって生じた目の錯覚か、と一度は判じた。
 覆したのは、その影に気配があったからである。それだけではない。影から視線を感じる。くっきりと、獲物に狙いを定めた獣のような、隠す気のない目の動きが。
 この城の中で、イオイオに不躾な視線を向ける者はいない。いるとすればイオイオを知らない他領からの訪問者か、領主の座を狙う不届者だ。
 イオイオは止めた足を静かに後ろへずらした。影に近づかない方が良い。本能が激しく警鐘を鳴らしている。この手の勘が外れたことは、ない。
 引き返さなくては。意思が固まった、刹那だった。


「おい!!!!!」

「っ」

「おまえが魔王だな!!!!!?????」


 鼓膜を破らんばかりにキンと響く爆音。闇夜に慣れた目に痛みをともなって突き刺さる、強烈な光量。





 瞬間、城の一角が消し飛んだ。崩れ落ちる轟音が、明けの遠い西の領域に響き渡る。


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