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ライゼン通りのお針子さん3 ~誉れ高き職人達~

十章 王国図書館館長の大量注文

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 寒さが厳しい冬に入ったばかりの頃。仕立て屋アイリスへとお客がやって来た。

「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」

「こんにちは。この前頼んだ服仕上がっていますか?」

「もし出来上がっていたら貰って帰りたいのですが」

お店にやって来たのはジョルジュとシュテリーナで、アイリスはすぐに籠を持って二人の前へと持って行く。

「こちらになります」

「ありがとうございます。今日はこれを取りに来ただけですのですぐに帰りますね」

「ジャスティン、最近お言が多くてね。早く帰らないとまた耳にたこができるほど説教をされるから」

品を受け取るともう帰ると言い出した二人を不思議そうに見ていたら説明してくれる。

それで納得した彼女はすぐに伝票を持ってきて二人に渡す。そうして会計を済ませるとジョルジュとシュテリーナはそそくさと帰っていった。

「お忍びで出歩くジョンさんとシュテナさんも大変だけれど、毎回探し回って説教をするジャスティンさんも大変ですよね」

「そうだね。どちらも苦労しているようだけれど、こればかりは俺達じゃどうしようもないからね」

「そうですよね」

「失礼いたします」

イクトと話していると落ち着いた女性の声が聞こえてきて振り返ると初めてみるお客が立っていてアイリスは慌てて駆け寄り口を開く。

「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ。本日は如何されましたか?」

「貴女がここの店長のアイリスさんですね。貴女のお噂を聞いて折り入ってお頼みしたい事があるのです」

「は、はい?」

女性の言葉に一体どんな頼み事なのだろうかと身構える。

「以前王国騎士団の隊服を百着作った実績があるそうですね。それで王国図書館の司書の制服を百着ほど作って頂きたいと思いこうして訪ねてきたのです」

「王国図書館て言うと国が管理しているというあの大きな建物の……そこの司書さんの制服ですか?」

「はい。私はそこで館長を務めているベリル・アニータ・ローカスと申します。前に使っていた司書の服が古くなってしまいまして、そこでこの国の図書館としてふさわしい新しいデザインの司書服をと考え、貴女のお噂を聞いてきたのです。お願いできますでしょうか?」

お客の言葉に彼女が答えるとベリルと名乗った女性が頭を下げた。

「分かりました。司書の制服百着ですね。作ってみます」

「それではよろしくお願い致します。大量注文となりますのですぐにとは言いませんがそうですね……できれば今年中には作って頂けると助かります」

アイリスが了承すると彼女はそう言ってお願いする。

「分かりました。出来たらご連絡差し上げますね」

「では、こちらの方に連絡ください。それでは失礼しました」

連絡先を書いた名刺を差し出すと彼女はそれを確かに受け取った。

そうしてアイリスは大量注文の品を作るために作業部屋へと籠り、イクトが店番をして過ごす。

「それじゃあアイリスは今司書の制服作り中ってことか」

「ああ。せっかく来てくれたのにアイリスに会わせられなくてすまないな」

昼過ぎに大きな袋を持ってやってきたマルセンがそう尋ねる。それにイクトが小さく頷き答えた。

「いや。彼女の仕事の邪魔はしたくないからな。イクト、これをアイリスに渡してくれないか。仕事中見つけたのだが服の材料に仕えるかもしれないと思って集めてきたんだ」

「これはカイザーネの花じゃないか。こんなにたくさんよく見つけられたな」

袋の中身を確認した彼が驚いて尋ねる。カイザーネの花はとても希少価値が高くどこかの山の頂上付近に群生しているという話は聞くが、この辺りではあまり見かけないためそれを見つけるのも至難の業で、そんな貴重な花を大量に持ってきたので驚いてしまったのだ。

「よくソフィーの護衛として町の外に行くからな。それでこの花が生息している場所を覚えていたんだ。たまたま仕事でそこに行ったからついでに積んできた」

「マルセンいつも有り難う。君がアイリスの事を気にかけてくれて助けてくれて俺は本当に有難いと思っている」

マルセンの言葉にイクトが心からのお礼の言葉を言って頭を下げる。

「俺もミラさんにはよくしてもらったからだからその恩返しみたいなものだ。なんだろうな。アイリスを見てるとあの人が帰って来たみたいで嬉しくて……それに俺もお前と同じで何にも出来なかった自分へ対する罪滅ぼしみたいなものだよ」

「マルセン……」

過去を思い返して悲しみと苦しみに揺れる瞳に気付いた彼がじっとマルセンを見詰めた。

「俺にしてあげられることは何でもしたいんだ。だからまた何か使えそうなものがあったら持って帰って来るからな」

「有り難う」

直ぐにいつもの笑顔に戻った彼へとイクトは申し訳なさそうな何とも言えない表情でお礼を言う。

そうしてイクトがマルセンと話をしているころ作業部屋へと籠っているアイリスは司書の制服をひたすら作り続けていた。

「ふぅ……後残り八十六着か。まだまだ完成には遠いな」

縫い終わった制服から顔をあげた彼女は出来上がった制服の数を数えて溜息を零す。

「お疲れ様。アイリスちょっと休憩にしないか」

「有難う御座います」

イクトが紅茶を持って入って来るとアイリスは作業の手を休めてお盆を貰う。

「それからこれをマルセンが持ってきてね。仕事先でもらったそうなのだが自分じゃ持っていても使わないから服の素材に使えるならば使ってくれとのことだよ」

「これはカイザーネの花ですよね。たしかこの花で作った染料は永遠に色あせないと言われているほどに美しいって授業で習ったことがあります」

彼がマルセンから貰った袋を見せると中を確認した彼女は実物を始めてみたのか驚いた顔で話す。

「うん。そう言われていることは確かだね。如何だい使えそうかな?」

「はい。実はちょっと色が物足りないなと思っていたんです。マルセンさんに今度会った時お礼を言わないとですね」

イクトの言葉に返事をするとやる気がわいてきたのか残りの制作へと取り掛かっていった。

そんな彼女の様子を見ていた彼は邪魔をしないように空になった紅茶のカップが入った盆を持ちそっと部屋から出て行く。

そうして司書の服が全て仕上がったのは三日後の事だった。

「出来た……ふぅ」

「お疲れ、アイリスよく頑張ったね」

最後の服を仕上げた途端溜息をついて机に突っ伏す。その姿にイクトが声をかけると彼女はすっと起き上がりそちらへと顔を向ける。

「イクトさんが手伝ってくださったおかげですよ」

「俺が手伝ったのは染料を作る事と出来上がった服を染める事。他は全部アイリス一人で頑張ったんだよ」

彼のおかげだと語るアイリスに優しく微笑み言い聞かす。

「後は乾くのを待つだけですね」

「そうだね」

そう言って二人が見詰める先にはカイザーネの花で染め上げた水色のラインや王国図書館の紋章が浮かぶ白を基調としたロング丈のマントとワンピース。男性用はひざ丈くらいのワンピースに黒のズボン。マントを留めるのは黄色で出来た紐で裾には割れないガラスでできた丸い玉飾りとダイヤの形のアクセが光る。

後は染料で染めた服が乾くのを待つだけで納品はすぐにできそうであった。

それから一週間後ベリルに連絡を入れると彼女はすぐにお店へとやって来てくれる。

「こんな短時間に仕上げてしまうだなんて少し、いえかなり驚いています。兎に角有り難う御座います。早速そちらを頂いても」

「はい。あの、中を確認しなくて大丈夫ですか?」

制服を詰めた袋を差し出しながらアイリスは尋ねた。

「ええ。貴女が仕立ててくれたものならばどんなデザインであったとしても確かだろうから。でも気に入らなかったらお返しします。なので、司書達がこれを着てから判断しますね」

「はい。ご来店有り難う御座いました」

会計を済ませそう言って微笑む彼女にアイリスは答えると見送る。

それからアイリスが仕立てた制服を着た司書達の姿に満足そうに頼んでよかったとベリルから感想を貰う。そうして仕立て屋アイリスの評価がまた更に上がったのであった。
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