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第八章 記憶喪失の男性

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 斗真から話を聞いた翌日。せっかく江渡の都まで来たのだからと自由に街を見て回ることとなった。

神子は街の中から出ないということ自分達の目の届く範囲内での散策をすると言う条件付きで一人で街の中を歩いてよいと言われ、嬉しくってさっそく城下町の中を見て回ることにする。

「それじゃあ僕は薬用の薬草を買い足してまいりますので、ここで失礼します。僕に御用が御座いましたらここにおりますのでいつでもお声かけください」

「はい」

薬屋の前までくると文彦が立ち止まりそう声をかけてきた。彼女はそれに了承し頷く。

「では私は刀を研いでもらいに鍛冶屋へと行ってくる。何かあったらそこにおりますので私に声をかけるように」

「分かりました」

しばらく歩いていると鍛冶屋の近くで隼人が立ち止まりそう言ってきた。それに神子は答えると再び城下町の中を歩き出す。

「ぼくもちょっとこの店に用があるから、神子様、何かあったら声をかけてね」

「ではオレも弥三郎様の側にいますので、神子様何かございましたらいつでもお声かけくださいませ」

「はい、私はもう少し町の様子を見て回ってきますね」

しばらく歩いているとかんざし屋の前で弥三郎が足を止める。彼が言うと亜人も主とともにいるといって神子と別れた。

「俺もちょっと用事があるから。ここで。なんかあったらこの辺りにいるから声をかけろよ」

「はい」

しばらく歩いていると伸介もそう言って立ち止まる。神子はそれに返事をすると近くのお店を見て回る。

「げっ……神子さん悪いけど俺もちょっと用事を思い出した。あっちの店の中にいるから、何かあったら呼んでくれ」

「はい。……喜一さん慌てて行っちゃいましたね」

喜一が何かを見つけて目を見開くと慌てて近くにあったお店の中へと飛び込む。その様子に彼女は不思議そうに尋ねた。

「よっぽど城に仕えている人達には会いたくないようだね」

「へ?」

レインの言葉に信乃が不思議そうに首をかしげる。

「ほら、あっちから城に仕えているお偉いさん方が来てるだろう。あの人達と顔を合わせたくないみたいだからね。なんでかは知らないけど、そんじゃ私もちょっと用があるからここで」

「はい」

彼女が説明するとそう言って城の方へと向かう。神子はその背を見送るとどうしようかなって考えた。

「俺達もこの辺りの店を見て回って来るから神子さんも好きなとこ見ておいでよ」

「信乃、あっちにおもしろい店があった。一緒に見に行こう」

「は、はい。それじゃあ神子様。私は紅葉と蒼君と一緒にあっちにいるので」

「分かりました。私もこの辺りにいますので何かあったら声をかけて下さいね」

紅葉が何かを見つけるとそう言ってにやりと笑い話す。蒼も信乃の手を引っぱりお店の方へと連れていく。彼女はそれに驚きながらも神子へと声をかけた。

「さて……私もどこか適当に見て回ろうかな」

「……お嬢さん。こんな道の真ん中に立ち止まって何かお困りですか?」

どうしようかなと考えていると誰かに声をかけられ慌ててそちらへと振り返る。振り向いた先には金色の長い髪を一歩に結わえて穏やかな赤い瞳の男性が立っていて神子の顔を心配そうに見詰めていた。

「い、いえ。都なんて初めてで、どのお店を見て回ろうかと考えていたんです。あの、道を塞いでしまって申し訳ありません」

「そのことならお気になさらずに。おれこそいきなり声をかけてしまってすみません。驚かせるつもりではなかったのですが……」

慌てて彼女が答えると男性も急に声をかけた事を謝る。

「……貴女は、この町には初めていらしたと聞きましたが、旅の方ですか」

「はい。私は神子としてこの世界を旅している途中なんです」

穏やかな瞳で見つめて尋ねる男性へと神子は答えた。

「ああ、神子様でしたか。噂はかねがねお聞きいたしております。とても大変な旅をなさっていると」

「貴方はこの国の人ですか」

神子と聞いて納得した顔をする男性へと今度は彼女が尋ねる。

「……それが分からないのです」

「へ?」

困った顔で言われた言葉に理解できず呆けた声を出すと目を瞬く。

「おれには記憶がないのです。世界中を旅していれば何か思い出せるのではないかと思いこうして旅をしているのですが、一向に思い出せずにいて……」

「記憶喪失……それではお名前は?」

記憶喪失だと話してくれた相手の事を不憫に思い悲しむも、名前くらいは憶えているのではないのかと思い尋ねた。

「名前も何も覚えていないのです。……神子様。お願いがあるのですが、おれが記憶を思い出せるまでの間でいいので仮の名前を考えてはもらえませんか?」

「えっ」

次に男性が話した言葉に面食らって目を瞬く。

「出会ったばかりの神子様にお願いするのも恥ずかしいのですが、でも神子様に名前を付けてもらいたいと思ったんです」

「わ、分かりました。えっと……それじゃあ。……龍鬼たつきさんなんてどうでしょうか?」

男性もいきなり何を言ってるんだって思うかもしれないがと言った感じで苦笑するとそう話す。神子は了承すると頭を捻らせ考える。そして思い浮かんだ名前を口に出して伝えた。

「たつき……おれの名前は龍鬼……うん。良いと思います。有難う御座います。これからおれは龍鬼と名乗ります。神子様有難う御座いました」

「いえ。龍鬼さんまた、お会いできますか?」

微笑み嬉しそうにする龍鬼の様子に彼女も喜んでもらえて良かったって顔で笑うとそう尋ねる。

「世界中を旅しているので運があればまたお会いできるでしょう。神子様、良い名を与えて下さり有り難う御座いました。それではおれはこれで失礼します」

「はい」

彼がそう言うと一礼する。それににこりと笑い答えると立ち去っていくその背中を見送った。

「お~い。そろそろ宿に戻るらしいぞ。ん、誰かと一緒だったのか?」

「はい。記憶喪失の男の方と、何でもご自分の記憶を取り戻すために世界中を旅している途中だとかで」

そこに神子を迎えに来た伸介が声をかけると彼女がずっと道の先を見ている事に気が付き怪訝に思い尋ねる。それに神子は素直に答えた。

「ふーん。そいつがお前に何の用だったんだ」

「私がぼんやりと道の真ん中で立っていたので心配して声をかけて下さったんですよ」

誰かと一緒だったと知り何事か考え深げな顔になりながら彼が尋ねると彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ答える。

「ま、お前たまにぼ~っとしてるからな。そりゃ見ず知らずの奴だろうと心配して声かけたくなるよな」

「わ、私そんなにぼんやりしてること多いでしょうか?」

その言葉に納得しにやりと笑う伸介へと神子は驚いて問いかけた。

「ああ、あまりにもぼんやりしすぎてるから心配だから目が離せなくなるんだよ」

「うぅ……なんか不甲斐ない」

意地悪く笑い言われた言葉に肩をおとし落ち込む。その姿に少しやりすぎたと思った彼が慌てて彼女の頭を撫ぜる。

「ま、まあ落ち込むなって。それより、帰るぞ。皆もそろそろ集まってる頃だと思うしな」

「はい」

頭を撫ぜられ伸介の顔を見やる神子へと彼がそう言って帰路を促す。彼女はそれににこりと笑い答えると二人で宿屋へと向けて戻っていった。
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