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ライゼン通りのパン屋さん ~看板娘とそれぞれの恋愛事情~
九章 決別のグラウィス
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秋も終わりを迎えようとしていた頃。パン屋の扉を開けてあの人がやって来た。
「いらっしゃいませ。あ、グラウィスさん」
「こんにちは、ミラさん。またパンを買いに来ましたよ」
入ってきたのはグラウィスで、ミラは笑顔で出迎える。
「最近全然来ないから、侯爵のお勉強が忙しいのかと、思ってましたよ」
「ははっ。それは間違いないですね」
冗談を言う彼女へと彼も笑顔で答えた。
「それより、聞きましたよ。お手伝いさんを雇ったとか」
「えぇ。雇ったって言うのとはちょっと違うのだけれど、今奥にいるから呼びますね」
ミラは言うと厨房へと顔を向ける。
「アイクさん。ちょっと良いですか」
「はい」
彼女の声に急いでお店まで出て来たアイクが、グラウィスを見て不思議そうな顔をする。
「俺に、何か用ですか?」
「いえ、用があるわけではなく、どのような方がお手伝いしているのかと、少し興味を持ちましてね」
彼の言葉にグラウィスが答え、じろじろとアイクを見やった。
「アイクさんはこの街で仕立て屋をやるのが夢で、それで、経営の仕方を私のお店を手伝いながら覚えている最中なの」
「ミラの教えが良いからか、大抵の事は一人でやれるようになってきたけどね」
笑顔で説明するミラへと、にこりと笑い彼も話す。
「あら、嬉しいこと言うわね。それじゃあ、今度試しに、一日店長でもしてもらいましょうか」
「ははっ。それはまだ自信がないな」
「!?」
楽しそうに話す二人の様子にグラウィスはショックを受ける。
(ミラさん。貴女の瞳に映るのは、私ではなく、彼なんですね……)
ミラとアイクの仲の良さを見せつけられ、失恋した彼が寂しそうに瞳を揺らす。
「いや、いい人がここのお手伝いさんになって頂けたようで良かったです。すみません。私は少し用事を思い出しました。また、後日改めてパンを買いに来ます」
「へ? グラウィスさん、如何したのよ」
涙を隠すように踵を返したグラウィスが言うと、彼女は驚いて尋ねる。
「何でもないです。本当に大切な用事を思い出しただけですので。では、失礼します」
「俺、何か気に障る事でもしちゃったのかな?」
立ち去って行ってしまった彼がいた場所を見詰め、アイクが心配そうに呟く。
「グラウィスさんは、そんな簡単に気に障ったからって怒る人じゃないわ。きっと、本当に用事を思い出したのよ」
「そっか。それならいいんだけど……」
ミラの言葉に励まされながらも、気になるのかずっと扉を見詰める。
その頃店の外に出たグラウィスはというと、窓の外から二人の様子を見詰めて、自嘲気味に微笑む。
「ミラさん、貴女はまだ気付いていないみたいですが、それが恋心だと言うことに気づくのはそう遅くないでしょう。私は、貴女の幸せだけを願います。はぁ……立ち直るのに時間がかかりそうだがな」
独り言を呟くと屋敷へと向けて帰って行った。
それからグラウィスが再びお店へとやって来たのは、季節が変わった雪の降るある日の事である。
「いらっしゃいませ、あ。グラウィスさん」
「こんにちは、ミラさん。この前は突然帰って行ってしまい、すみませんでした」
笑顔で出迎えるミラへと彼が謝りながら近寄る。
「あれから如何しているのか、ずっと気になっていたのよ」
「実は、ミラさんに話したい事がありましてね。私は侯爵となり、婚約者と結婚することとなりました。ですから、今まで通り、このお店へとパンを買いに来ることが出来ないかもしれません」
「え?」
グラウィスの口から語られた内容に彼女は驚いて目を丸めた。
「ですから、今日はお別れを言いに来ました。何か記念に贈りたいと思い、花束でもと思いまして、こちらを受け取って頂けませんか」
「まぁ、綺麗なお花ね。どうも有難う御座います」
グラウィスから渡された、シオンの花束を受け取り、にこりと微笑む。
「それでは、ここからここまでのパンを頂いて私は帰ります」
「え、えぇ。……グラウィスさん。本当に結婚するの?」
帰ってしまうと思った途端、何でかは分からないが、引き留めないといけない気がして、ミラはそっと尋ねる。
「はい。来年の春には……ミラさん。今まで楽しい思い出をどうも有難う御座います」
「如何したのよ。そんないいかたじゃまるで……」
まるで「決別」みたいだ。との言葉を飲み込み、寂し気な不安げな瞳で、グラウィスを見詰めた。
「では、パンをお願いします」
「私、何時までも貴方がまた来るのを待っているからね」
「えぇ……」
パンを籠へと詰め渡しながら、ミラは必死な思いを伝える。それに彼が悲しげな表情で微笑み頷く。
その日以来、グラウィスが再びパン屋へとやって来ることはなかった。
「いらっしゃいませ。あ、グラウィスさん」
「こんにちは、ミラさん。またパンを買いに来ましたよ」
入ってきたのはグラウィスで、ミラは笑顔で出迎える。
「最近全然来ないから、侯爵のお勉強が忙しいのかと、思ってましたよ」
「ははっ。それは間違いないですね」
冗談を言う彼女へと彼も笑顔で答えた。
「それより、聞きましたよ。お手伝いさんを雇ったとか」
「えぇ。雇ったって言うのとはちょっと違うのだけれど、今奥にいるから呼びますね」
ミラは言うと厨房へと顔を向ける。
「アイクさん。ちょっと良いですか」
「はい」
彼女の声に急いでお店まで出て来たアイクが、グラウィスを見て不思議そうな顔をする。
「俺に、何か用ですか?」
「いえ、用があるわけではなく、どのような方がお手伝いしているのかと、少し興味を持ちましてね」
彼の言葉にグラウィスが答え、じろじろとアイクを見やった。
「アイクさんはこの街で仕立て屋をやるのが夢で、それで、経営の仕方を私のお店を手伝いながら覚えている最中なの」
「ミラの教えが良いからか、大抵の事は一人でやれるようになってきたけどね」
笑顔で説明するミラへと、にこりと笑い彼も話す。
「あら、嬉しいこと言うわね。それじゃあ、今度試しに、一日店長でもしてもらいましょうか」
「ははっ。それはまだ自信がないな」
「!?」
楽しそうに話す二人の様子にグラウィスはショックを受ける。
(ミラさん。貴女の瞳に映るのは、私ではなく、彼なんですね……)
ミラとアイクの仲の良さを見せつけられ、失恋した彼が寂しそうに瞳を揺らす。
「いや、いい人がここのお手伝いさんになって頂けたようで良かったです。すみません。私は少し用事を思い出しました。また、後日改めてパンを買いに来ます」
「へ? グラウィスさん、如何したのよ」
涙を隠すように踵を返したグラウィスが言うと、彼女は驚いて尋ねる。
「何でもないです。本当に大切な用事を思い出しただけですので。では、失礼します」
「俺、何か気に障る事でもしちゃったのかな?」
立ち去って行ってしまった彼がいた場所を見詰め、アイクが心配そうに呟く。
「グラウィスさんは、そんな簡単に気に障ったからって怒る人じゃないわ。きっと、本当に用事を思い出したのよ」
「そっか。それならいいんだけど……」
ミラの言葉に励まされながらも、気になるのかずっと扉を見詰める。
その頃店の外に出たグラウィスはというと、窓の外から二人の様子を見詰めて、自嘲気味に微笑む。
「ミラさん、貴女はまだ気付いていないみたいですが、それが恋心だと言うことに気づくのはそう遅くないでしょう。私は、貴女の幸せだけを願います。はぁ……立ち直るのに時間がかかりそうだがな」
独り言を呟くと屋敷へと向けて帰って行った。
それからグラウィスが再びお店へとやって来たのは、季節が変わった雪の降るある日の事である。
「いらっしゃいませ、あ。グラウィスさん」
「こんにちは、ミラさん。この前は突然帰って行ってしまい、すみませんでした」
笑顔で出迎えるミラへと彼が謝りながら近寄る。
「あれから如何しているのか、ずっと気になっていたのよ」
「実は、ミラさんに話したい事がありましてね。私は侯爵となり、婚約者と結婚することとなりました。ですから、今まで通り、このお店へとパンを買いに来ることが出来ないかもしれません」
「え?」
グラウィスの口から語られた内容に彼女は驚いて目を丸めた。
「ですから、今日はお別れを言いに来ました。何か記念に贈りたいと思い、花束でもと思いまして、こちらを受け取って頂けませんか」
「まぁ、綺麗なお花ね。どうも有難う御座います」
グラウィスから渡された、シオンの花束を受け取り、にこりと微笑む。
「それでは、ここからここまでのパンを頂いて私は帰ります」
「え、えぇ。……グラウィスさん。本当に結婚するの?」
帰ってしまうと思った途端、何でかは分からないが、引き留めないといけない気がして、ミラはそっと尋ねる。
「はい。来年の春には……ミラさん。今まで楽しい思い出をどうも有難う御座います」
「如何したのよ。そんないいかたじゃまるで……」
まるで「決別」みたいだ。との言葉を飲み込み、寂し気な不安げな瞳で、グラウィスを見詰めた。
「では、パンをお願いします」
「私、何時までも貴方がまた来るのを待っているからね」
「えぇ……」
パンを籠へと詰め渡しながら、ミラは必死な思いを伝える。それに彼が悲しげな表情で微笑み頷く。
その日以来、グラウィスが再びパン屋へとやって来ることはなかった。
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