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第1章

1-7反応と疑問

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 櫓の右の口角が上がるのが見えた。何を考えているんだろう……とりあえず謝罪はしておこう。

「櫓の期待していた――」「期待以上じゃないか」

「え? 今なんて」

「私はあのとき面白いことになれと言ったんだ。せいぜい君が二人の間で苦悩し、君なりの決断を下すところが見られると思っていた。まさか君は何もかもが始まる前にどちらも選ばないとは」

 櫓はやけに楽しそうだ。喜んでもらえて何よりです。

「それで? どうするんだ?」

 積極的になったようで、櫓に顔を近づけられた。目は覚めたかのように少し開いている。どこかいたずらっ子を思い起こさせる。

「櫓の力を借り、いや、買えないかな。僕だけじゃ何も思い付かないし、どうすればいいかも分からない。情報ももちろんだけど櫓の知恵も必要だと思うんだ」

「へぇ。なるほど。丸投げ?」

「結局そうなるかもね……。どうすれば良いか全く分からないから」

「そうだね、都合があう限り私に食事を奢るのはどうかな」

 何を言われたか一瞬分からなかったが、もう取引条件の話になったようだ。本当に高揚している様子だ。

「う……毎回一五〇〇円とかはできれば」

「都合があう限りだ。いいかい?」

 僕は首を縦に振る。ああ、どうなるんだろう僕の財布……。
 今後の大きな心配は見なかったことにして、さっきまであった小さな心配を口に出す。

「良かった、協力してもらえて。面倒だとか言うと思ってたし、そもそも面白がってもらえるなんて思ってなかったから」

「面倒なのは確かだけどな」

「あ……ごめん。やっぱり渦中に入らないようにしつつ、儲かるように誘導するのが理想なんでしょ?」

「概ね合っているな。面白い結果に至って、それが金になるんだったらこれ以上ないと思わないかい?」

「僕に情報屋根性求められましても。でも、それなら今回はなんで?」

「それを訊くか。君は自分だけで行動を起こすつもりは無かったくせに。そうなってもらっちゃつまらないんだよ」

 最後の言葉で呆気にとられた。

「期待に沿えるよう頑張ります」

 そこまで櫓の興味を引く提案だったんだ。とにかく、草壁と幸恵さんの幸せを願う行動が櫓にとっても得になるなら、奮起あるのみだ。 

 パイプ椅子特有の軋む音を立てながら、櫓は椅子に深くもたれかかった。

「私からも訊いていいか?」

「どんなことでも」

「本当に二人とも引き離すのでいいのか? 何か理由があるのか?」

 やっぱり気になってたか。
 確かに、櫓が情報を売り付けるときに言っていた「興味」はある。
 他ならぬかけがえのない相手と付き合って、悩みを抱き抱かせるのが醍醐味かもしれない。

 けれど――――
「怖いんだ。取り返しがつかなくなっていくことが」
 僕は努めて明るく言った。これが異性に対して常に思うことだから。

 櫓の右の眉根が上がる。
「もしも君との馬が合わなかったときかい?」

「それだけじゃない。お互い良いと思っていても、もっと良い相手がいるかもしれない。もしかすると一人の方が良いかもしれない。そう考えちゃって」

「そう思った時に別れればいいんじゃないのか」

「そうだよね。でもそれならどうして不倫とかあるんだろうね」

 櫓は何も言わずにいた。

「ごめん。いきなり不倫とか距離を取ろうとしている奴が何言ってるんだろうね。とにかく、二人には幸せになってほしいんだ」

「そうか。分かった」
 何の感情も表さずに櫓は言った。
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