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10話 独りの出発

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次の日、私はいつもより早く目が覚めた。
ベッドで眠るノアを起こさないように静かに起き上がると、私は顔を洗いに部屋を出る。


朝の冷えた空気と蛇口から出る水は冷たくて、身体が震える。でもそのお陰で朝の眠気はさっぱりして、私は自身の頬をパチンッと叩き、気合いを入れた。


「レイラ姉ちゃん!」

「姉ちゃん…おはよ」



「おはよう。ユラ、シノ、早起きだね」


2人は自身の部屋を出ると、嬉しそうに私へと飛び付く。
そんな可愛い2人の頭をよしよしと撫でると、何を感じたのか双子は私の顔を心配そうに見上げた。


「……レイラ姉ちゃん大丈夫?」

「レイラ姉ちゃん、どっか痛い?」


まだ5歳と幼い2人にも分かる程、昨日の私は1人でぐるぐると余計なことを考え落ち込んでいたのだろう。
そう思うと申し訳なくて、私は双子を安心させるように微笑んだ。


「大丈夫だよ、私は元気だよ。心配してくれてありがとね」

そう言うと2人は未だ眉を下げたままコクリと頷いた。


「私はね、今日大好きな人に会いに行くの」

「ぐらにーどさま?」


元気なユラがそう聞き、控えめなシノが首を傾げる。
私はそれに頷く。


「うん、私の気持ちはグランに届かないかもしれない……でもちゃんと自分の目で確かめたいんだ」


私が静かに呟くと、ユラとシノは意味が分からないと言う表情をして、2人揃って首を大きく傾げた。
その様子が可愛らしくてふっと笑みを零す。


「なんかよく分かんないけど、レイラ姉ちゃんが独りぼっちになったら俺が姉ちゃんと結婚してやるから!」

「ぼ、僕もレイラ姉ちゃんと結婚……する!」


2人は元気に笑って私の首に短い腕を回した。
その様子に昨日まで冷たかった心がふんわりと温かくなる。

「……ありがとう…ユラ、シノ」

私は自分の弟も同然の2人をギュッと抱きしめたのだ。






「レイラ、行ってらっしゃい」

「うん、色々ありがとうノア。行ってきます」


朝食の席でノアの両親にこの事を伝えると猛反対された。
グランにしっかり守ると約束して預かった私を1人で王都に行かせられないと。
でも、ノアの両親の耳にもグランの婚約の噂は入っていて、私の強い思いに負け危険な事はしないと言う約束でお許しを貰ったのだった。


「ランセルの所にも行くんでしょ?」


ノアのその言葉に私は強く頷く。


「うん、私はやっぱりグランが好きだから」

「そっか、レイラ…頑張ってね」


幼い頃からノアはいつも私の味方だった。
気味が悪いと言われる瞳も気にせず、優しくて頼りになって……そんなノアを姉のように思っていた。


「ありがとうノア。大好き」

「ふふっ、アタシも!」


ギュッと抱きつくと、ノアは眉を下げて笑い自身の手を私の背中へと回した。






街のメイン通りの裏側にあるランセルの家をコンコンとノックする。
ここは山から近いから緑が多く、自然豊かで空気も美味しい。だが、夜は街灯も無くかなり暗いのだ。
うちも似たようなものだけど、でもランセルは一人暮らしだし、怖くないのかな……?

1度ランセルに用事があって1人でこの家に来た事がある。ただ普通に家に行って2人でほんの少しだけお茶をしただけなのに、それを知ったグランに凄い剣幕て怒られたのは生涯忘れる事は無いだろう。
あの時のグランは本当に怖くて驚いたから……。


(でも正直、何故あそこまで怒られたのか未だに分かっていないんだよね)



そんな事を考えていると家のドアが開いてランセルが顔を出す。


「レイラ、いらっしゃい。来てくれるって信じてたよ。さぁ中へどうぞ」


ランセルは柔らかい笑みを浮かべて室内へと促すが、私はそれに両手を振った。


「ううん、直ぐに行くから外でいいよ」

「……そう?」


1度ランセルの家に上がってグランに怒られた時、二度とランセルの家には行くな入るなと言われていた。
でも事が事だから今は少しだけグランとの約束を破ってしまっているけど、流石に中に入るのは躊躇われたのだ。



「そ、その……昨日の事、だけど……ね」


私は俯き、手持ち無沙汰の手を弄る。
目の前のランセルは何も言わずただ私を見つめていた。


「ーーごめんなさいっ!やっぱりランセルの気持ちには応えられない。私はずっとグランが好きで、ランセルの事は大切な友達としか…見れない……でも、こんな私を好きになってくれて、気持ち伝えてくれて嬉しかった。ありがとう、ランセル」


私は勇気を振り絞って、自分の思いを伝えた。
ちゃんと前を向いて、ランセルを見つめて伝えた。
これが私の気持ちだから。


「……ら、ランセル?」


私が気持ちを伝えた後からランセルは俯いたまま無言になった。
その空気がなんだか少し怖くて、背筋がピリピリとする。


「分かった」


少し間を置いてランセルがニコッと笑みを浮かべて私へと視線を向けた。


「あ、うん……」


どこか違和感のあるランセルを不思議に思いながらも、しっかりと話が出来たことにホッと私は息を吐く。


「そ、それじゃあ私は行くね」


「王都に行くんでしょ?」


「ーーえ?何で、知ってるの?」


ランセルに背を向けて歩きだそうとした瞬間、ランセルの放ったその言葉に私は驚き振り返る。
王都に行く事を決めたのは昨日の夜だ。
私とノアの家族しか知らない事をなぜランセルは知っているのだろう……。


「その荷物……もしかしたらそうかなぁって思っただけだよ。まさか正解だったなんて僕もびっくりだけどね」


そう言って笑うランセル。


「そ、そっか。じゃあねランセル……今日もお仕事頑張って」


「うん、わざわざ来てくれてありがとねーーーこれで僕も覚悟が決まったよ」


「……?何か言った?」


「ん?あぁ、来てくれてありがとうって言っただけ」


人間の私は獣人よりも耳が良くないから、ランセルの最後に放った言葉は掠れて聞こえなかった。
ーーでも、しっかりランセルには気持ちを伝えられたし、ここからが本番だと、初めて1人で行く王都に私は気合いを入れたのだった。






この時の私はグランの事で精一杯で、後ろで私を鋭い目付きで見つめていたランセルに気付く事が出来なかったーーー。







。。。。






それから街から出ている乗合馬車に乗って私は王都を目指した。
乗車した時は私だけだったが、何度か停車した際に乗客が乗り込み、私は斜め掛けバックから取り出したメガネと帽子を目深に被った。

王都へ到着し停車した場所は、 グランと一緒に来た時に降りた場所だった。
どうやらこの広場が共通の馬車の停車場となっているらしい。

私は御者に乗車賃を渡し、斜めに掛けたバッグ紐を両手で掴みながら辺りをキョロキョロと見回した。


王都の街は建物も大きくて、人も多くて、賑わいも私の暮らす街とは段違いだ。
私はゴクリと喉を動かし、グランから貰った大切なブレスレットを見つめ撫でた。

……あの時、グランと王都の観光をした時はすごく楽しかった。
でも、グランが隣に居ない王都はとても寂しくて、すごく怖い。
知り合いも居ないし、そもそもグランが今何処にいるのかすら分からない。


「……グランに、会える……のかな……」


普段一緒に居るグランは貴族で騎士なのだ。
噂をしていた冒険者さんは王都の街で見かけた様だけど、もしかしたら今日はここではなく書類仕事や鍛錬を行う騎士団領にいるのかもしれない。
運良く見つけたとしても、ただの平民の私なんかが近付けるのだろうか……。
出だしから既に躓く状況に私は深く溜息を零した。




暫く1人で大通りをとぼとぼと歩きながら周りを見て行く。
でもやっぱりグランは見つけられない。
グランに手紙も出さないまま思い付きで行動せず、きちんと計画を立てて来ればよかったと少しだけ反省した時、聞き覚えのある声に私は振り向いた。


「おー!嬢ちゃんはこの前ジークス様と一緒にいた子だよな!!」


溌剌はつらつな声音で話し掛ける男性を見て私は目を見開いた。


「あ!あなたは……ベンドゥ……さん?」


「かははっ!あの数分で覚えてくれたのかいっ。嬉しいねぇ!!」


目の前の大柄な男性……ベンドゥさんは愉快に笑う。
王都に来て早数時間、顔見知り程度ではあるものの初めて見知った人に会い、声を掛けて貰った事に私は安堵の息を吐いたのだった。


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