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第七章
童唄 居候 袋の鼠
しおりを挟む童唄
清蔵は一色村と大屋村の狭間にある地蔵峠の袂の茶屋で煎じものを啜り一息ついていた。
冬の寒空に掻いた汗は、急速に冷える。清蔵は必死に手拭いで汗をぬぐい取った。
「これもかれも、軽三郎(勝三郎)が、だちかん(役立たず)だからじゃ......酒でも喰らわにゃ、やっとられん」
悪たれを吐きだすと、一杯一銭の煎じ茶を一息に飲み干した。
清蔵は、酒を欲する気持ちも一緒くたに飲みこんだ。
♪――女の尻を追い回し、ついた渾名が軽三郎。
大御乳さまにおんぶに抱っこ、ついた渾名が軽三郎。
米を盗んで、女を泣かせ、儂の領地と駄々を捏ね、
頭の中身は軽三郎~~♪
軽快な童唄が聞こえてくる。
清蔵は手に持つ書付を開いた。唄の歌詞が書いてある。
「親ぶ~ん」
童が十人ほど鼻歌交じりにやって来た。ずいぶん小さな子分を持ったものだと清蔵は呆れかえった。
「清蔵どん。順調だわ。虱潰しにもう二周り目じゃ」
年嵩の金坊がこの一団の餓鬼大将だった。
年嵩と言っても九つだ。
「又助どのが配下は手配すると言うから期待したが、童とは恐れ入ったぜ」
清蔵は金坊を見て呟いた。
「なんか言ったか?」
透かさず金坊が口を開く。なんとも目端の利く餓鬼大将だ。清蔵は呆れながらも、今は頼もしくさえ思っていた。
「いや、期待以上の働きに驚いておるところだわ」
金坊は、自慢げに鼻下を擦りあげる。そうは言っても九つの童は素直だ。
「さあこれを」
清蔵は、床几に並べた紙包みの餅菓子を童らに手渡した。金坊には別に、銀の小粒を包んだ紙を人数分渡した。
「みんな、これはお宝だぞ、落としちゃなんねぇからな。帰ったら必ずおっ母に渡すんだぞ。ほんだで、今日の晩は大盛り飯喰わせて貰えるがね」
清蔵は、金坊の小さな頭振りを笑顔で見守った。
「わーい。餅菓子だがね~」
小さな鼻たれ小僧が、両手にお宝を掲げ持ってから、片一方に齧りついた。
「ぐわっ、ぎょってー」
ガリと鈍い音がした。
「戯けが、銀の小粒に齧りつく奴があるか」
金坊は慌ててお宝を取り上げた。
「やっぱり、我が持っていくわ」
無邪気に飛び跳ね喜ぶ童たちには、餅菓子も銀の小粒も大差はなさそうだ。しかし金坊に任せておけば大丈夫だろう。
「みんな、くれぐれも侍、役人が来たら逃げるのだぞ。決して無理をするでないぞ」
清蔵は声を張り注意を促した。可愛い童たちを危険な目に合わせる訳にはゆかない。
「はーい。親ぶ~ん」
涼やかな高い声で返事をされるが、慣れてきたせいか心地良かった。
「書付をもっとおくれよ。唄いながら結構ばら撒いたからな。紺屋の婆さまなど、歯ぐきを剥き出しに笑ろうておったぞ」
金坊も清蔵と馬が合うのかやる気を大いに出して肩を叩いてくる。
(ひょっとしたら俺を朋輩と思っておるのかもしれぬ)
清蔵はちょっぴり不安になった。
牛一は、顔を寄せるほどに信長と向かい合っていた。
奥の書院の襖は閉じられたまま、密かな風が流れた。御小姓頭の前田利家がつまらなそう廊下に端坐しているに違いない。ときおり態とらしい咳が聞こえる。
「されば、血の雨が降る前に、お屋形さまが火起請に仕向けるという段取りでございます。さっそく勝三郎さまをお呼びになるか、某が名代にて出向きましょうや」
牛一が、次の手を思案した。
「よいよい。そろそろ勝三郎のけつがこそばい頃じゃ。そんな噂があれば、今日あたり登城しそうだわ。なんせ三日と開けずに顔を見せる手合いじゃ」
襖が動いた。畳表に陽射しが寸毫の筋をつける。
信長の黒目が戸口に向いた。
三寸の狭間に利家が顔を見せた。
「殿、勝三郎さまが間もなくお見えになりまする」
利家が、恒興の訪いを告げた。と同時に訝しげな眼を牛一に向け、すぐさま信長に目礼をすると襖を閉じた。
「ふっ、奴の動きは読みやすい」
信長は満足げに口角を上げた。
廊下に複数の足音が響いた。
バタバタと無遠慮な音と共に襖が開く。
「殿~、聞いてくだされ」
さっそくの御出座しだ。
恒興は座敷で信長と向かい合った。
牛一が隅に下がると利家も素早く横に座って額ずいた。もう廊下には座らぬ不退転の決意を見せた。
恒興は、さっそく悪い噂と、その言い訳を必死に信長に陳情した。
黙っていても、悪い噂などすぐに信長の耳に入るのは家中では知れたこと。だが、戯れ唄の話は恒興からは口にしなかった。
「根も葉もない噂です。池田家ひいては一色ノ方の名誉に関わる由々しきこと」
恒興の抗弁する姿は、堂々としている。毛先ほどの疾しささえ感じさせなかった。
信長は眉を上げると、まじまじと恒興の顔を見て、
「噂な。海東郡どころか尾張一国中に広まっておるな、あのわらべ唄」
恒興は白目を剥いて仰け反った。
「お待ちを、これは、きっと何者かの調略にございまする。されば織田家の行く末に関わる話」
泣きそうな口調に変わった。織田家の行く末とは大袈裟な、と牛一は畳の目を数えながら笑いを堪えた。
信長も大袈裟な恒興の様子を呆れ顔で見ている。恒興は終いに涙ぐみ鼻を垂らした。
「儂は信じておる。気にすることはない」
ここで信長は、憐れみを含む声で優しく慰めた。
隣の利家は、目を点にしてその光景を睨んでいる。信長の演技も捨てたものではない。
「殿~」
今度は畳に突っ伏して嬉し泣きに変わった。恒興の感情は観音堂から見る山並み如き起伏を見せた。
「お前の評判は、火起請で挽回せよ。儂はな、大御乳さまの仰る神慮を信じておるのじゃ。のみならず、乳兄弟の勝三郎も信じておるぞ」
「ははー。ありがたきお言葉」
恒興は額で畳を耕す勢いで叩頭した。
「干柿めが申すには、年の内は、四日後の二十二日が吉日と出ておる。こんな話は年の内に済ますが良いぞ。儂も最後の鷹狩りに出る」
「御意のままに致しまする。では早速」
頭を上げる恒興の顔はすでに晴れやかだった。額に浮かぶ畳の波線までが赤く彩りを添えた。
信長は遠ざかる足音を聞きつつ、閉じた襖を見つめたまま動かなかった。
「さぞや感激した顔で帰りましたぞ」
牛一は声を発した。利家は盛んに首を傾げた。
「悪い奴ではない。が、己の足元の不始末もわからぬとは、戯けたやつじゃ」
信長がようやく口を開いた。怒ってはいなかった。
「これですべてが、お屋形さまのお手の内に入りましてござります」
信長はゆっくり北叟笑んだ。
居候
甚兵衛屋敷の庭で清蔵は薪を割っていた。
最近こそ、密命を受けて海東郡の村々を歩き回っていたが、飲んで喰ってる恩義に報いねばならぬと、汗をかいた。
(槍の清蔵の腕の見せどころが、鉈振りばかりでは、お小夜ちゃんになんと思われるやら)
他に手伝うことはないかと、清蔵は大きな図体を持て余す態で、屋敷内をあちらへこちらへと歩いた。
廊下を歩いていると、そっと押さえるようにお春が清蔵の後ろ手を掴んだ。
「旦那さまも清蔵さまの行く末を案じておられますのよ」
お春は目顔で告げると、すぐにその場を離れた。
お春はさすが、清洲の内所の女中頭をしただけのことはある。何でもてきぱきと仕事をこなし、川添家の信頼を集めた。もちろんお小夜の安心、頼りっぷりは目に余るほどだ。
お春の後ろ姿をじっと見つめるながら清蔵は我が身を考えた。
寒風に乗って白い雪の欠片が漂っている。
「清蔵どん。今日はどえりゃあ冷えるだで、片づいたら、熱いのつけるでな」
甚兵衛が表から親しげに声を掛けた。左手には早や想像の盃を持っている。
清蔵は慌てて駆けだし、床屋の店仕舞いの手伝いをした。
片付けが終わり、清蔵は横になる甚兵衛の身体を揉んだ。
膂力のある清蔵の按摩は甚兵衛に喜ばれた。
「お梶さんの見舞いと言っても傍にいるだけの役立たずで面目ない」
顔が見えない分、甚兵衛の背中に向かって清蔵は心情を吐露した。
「何を仰いますだ。若い男手が傍におるだけで皆が心強く思っておりますよ」
うつ伏せの甚兵衛は口籠りながら応えた。
「しかしお春どのが来てからは、ただ飯を食うだけの居候に変わったような心持だわ」
「そんな事はごぜいません。こんな老いぼれの面倒まで見てもらい。息子ができたようでごぜぁす」
「息子......ですか」
清蔵の頬が綻び、揉み手に力が入った。
「わっち、ちち」
甚兵衛の背筋が海老のように跳ねた。
「おっ、これは失礼仕った」
清蔵は視線を上げると、台所へ続く廊下を歩くお春とお小夜が見えた。まるで歳の離れた姉妹のような親しさを見せていた。
「うむ、清蔵どん。疲れましたかな。いつもわっしばかりで申し訳にゃーね」
「いや、なんのこれしき」
腕まくりする清蔵を横目で見た甚兵衛は慌てて飛び起きた。
顔を上げると、お春とお小夜までがこちらを見ていた。清蔵は居心地の悪さに顔が熱くなった。
そろそろ、何らかの音沙汰があるだろうと清蔵が考えていた矢先のことだ。
早朝に慌ただしく先触れが来た。そのしばらく後に素襖に烏帽子の、徒士頭が報告にやって来た。着慣れぬ衣装の合間から困惑の態が零れ出ている。
清蔵は同席で、甚兵衛と共に徒士頭を迎えた。遠縁で織田家近習の者と言えば文句などあるはずもない。
「お城から我が殿に急使が参った。明後日、火起請を再び執り行うそうだ」
神妙な顔つきの徒士頭はすべて言い終わると、二人の顔を見回して、ばつが悪そうに月代を掻いた。
「えっ、なんと理不尽な話......」
甚兵衛が絶句するのは当然だと、隣に座る清蔵は思った。
目を歪めて聞く徒士頭さえ、同じ思いに違いなかった。
「うーむ。儂にもようわからんのだ」
徒士頭はすまなそうに早々と立ち去った。
「これには訳があるのです。お屋形さま直々の命で動く又助どのが噛んでいる。心配はござらぬ」
清蔵は肩落とす甚兵衛を励ました。
「では、どのような仕儀でございましょうか? 清蔵さま」
清蔵は息を呑んだ。理由を問い返されるに決まっていた。裏付けがなければただの気休めに過ぎない。
「うむ、それはだな......詳しくわわからぬが、正しい裁定が下されるはずだ」
と、口にするが、情けなさが込み上げてくる。
(武士は言われたこと黙って行う......が、もう少し詳しく聞いておけばよかった)
甚兵衛は目を拉げたまま黙り込んでいた。
後ろから人の気配がした。
「......大丈夫よ、きっと。わたしは清蔵さまを信じておりまする」
お小夜の声に清蔵の心ノ臓は波打った。
お小夜の可憐な顔の背後がざわざわと動いた。お小夜の視線に重なるお春の好奇な目が物言いたげに動いている。
そのたびに清蔵は尻の穴がむず痒くなり落ち着かない。
腰の座らぬまま日がな過ごすと、もう入相の鐘が鳴る時分だった。
清蔵はお小夜の給仕で夕餉を喰い、甚兵衛と酒を酌み交わした。
この暮らしもあと一日で終わる。己は何をしていたのか、忸怩たる思いが心の隅に沈澱する。やるべきことはしたではないか、と煩悶する思いもあった。
「ささ、もう一杯」
身内のような優しさで甚兵衛は銚子を差し向けた。
お春と目が合った。憂いを含んだ黒目が動く。ごくたまに見るこの目は苦手だと清蔵は思った。
清蔵は意を決し、杯を置いた。
「最後のお勤めに出て参ります」
清蔵は己に言い聞かせるように口にした。
お小夜は心配そうに見つめてくる。
目を潤ませるお小夜が戸口まで見送りにきた。ほんわり温かな気持ちになった。が、......後ろから離れてお春がついてきた。
「お気をつけて下さいませ、清蔵さま」
お小夜の真綿のような声に包まれた。
「あ、いや、何、大した用事ではござらぬ」
と、照れつつしどろもどろになる。実際、確かな勤めがある訳ではなかった。
恥ずかしそうに下を向くお小夜の頬が桜色に染まった。
まただ。お小夜の背景がざわついている。
後ろでお春が手を動かしている。まるで、抱きかかえろとでも言うように。
お春の黒目に魅入られた清蔵は、そおっと手を出したり、引っ込めたり。お春の手の動きに合わせた傀儡に思えた。
奥から物音がした。ほろ酔いの甚兵衛が顔を出した。
ぴちっと傀儡の糸が切れた。清蔵は、はっとして顔に気合を入れなおす。
「では、御免」
あんぐり口を開けるお春の顔が、微笑む菩薩の陰にちらついた。
境内の暗闇に浮かぶ灯明が、参道の奥の拝殿へ誘うように赤く揺れていた。清蔵の足は勝手に山王社に向かった。
最後の勤めと言ったが、まったく何もなかった。何かをしなければいかぬと尻の穴がむずいたせいか、お春の黒目に嗾けられたせいか......、清蔵の自我は頭の中を駆け廻った。気がつくと山王社の灯りが揺れていたのだ。
――あの時と同じだと思った。観音堂の夜だ......。
誘う灯りに素直に従うが吉。清蔵は思うに任せた。
参道の中ほどの左奥の木々の間からひと際強い灯りが漏れている。社務所に違いない。人の出入りがあるようだ。
清蔵は目を凝らして忍びよった。
社務所に人の動きがある。明後日の早朝にこの地で火起請が行われるのだ。何らかの動きがあってしかるべき。一人頷くと床下へ潜った。
清蔵は遠耳を頼りに音を探した。明りはほぼなくなった。手探りと、微かな風の流れを辿った。
鼠の鳴き声と、小動物の足音がした。十間ほど歩くと床板が鳴った。頭上に人が歩いている。
男の声がした。それも若い男の声だ。
(間違いない。観音堂で聞いた声と同じだ)
清蔵の耳がピクピク動いた。
「――いったい、どういうことじゃ。勝三郎めが、火起請を書けと言って来よったぞ」
どうも池田恒長のようだ。
「火起請の絡繰は、未だございませぬぞ」
嗄れた声の主は山王社の禰宜だ。
「――左介の役立たずめが! 所詮、僅かな金で友垣を売るような輩よ。とんだ見込み違いじゃわい。上手くいけば甚兵衛を金でどうとでもできたのだ。――糞!」
壁を蹴るような音が響いた。
「勝三郎さまの肝煎じゃぁ、やらぬ訳にはいきませぬぞ。どうされます、利八郎さま」
(むむむ、利八郎め、おみゃーだわ、こっすい糞野郎!)
清蔵は拳を握りしめた。床板をや床柱を思わず叩きたくなる衝動を必死で押さえた。
「――しょうがない、力押しじゃ、場合によっては戦にして造酒丞方を揉み潰し、大屋村を併呑する。勝三郎はお人好しだから、儂が上手く丸め込むわ」
甲高い声が、清蔵の眉間の裏に突き刺さる。
「利八郎さま、お願いしますぞ。ここまで来たら、一蓮托生でございます」
「――上総介さまが鷹狩りの隙に、すべて押さえ込む。そのついでに、お小夜も戴くわ」
その言葉に床下がトンと鳴った。
恒長と禰宜の言葉が途切れた。
「ね、鼠じゃろ」
弱々しい恒長の声が漏れた。
「鼠です。うんうん」
嗄れ声が小さく相槌を打った。
――ちゅーちゅー。鼠の鳴き声がそれに応えた。
中天に浮かぶ月明かりの下を、清蔵は馬を叩いて清洲へ急いだ。
床板にぶつけた頭を時おり抑えながら清蔵は手綱を握った。
「あ痛たた。あん、戯けが~」
清蔵は四里の道を小半時(およそ五十分)で駆け抜けた。
袋の鼠
牛一は、息の荒い清蔵を屋敷に迎えた。
「――どうした、こんな夜更けに。お主は大屋村におるはずではないか」
驚く牛一を顧みず、清蔵は何かを伝えねばと勢い込んだ。
「ほ、本当に、大丈夫でござろうか」
最初の一声は曖昧模糊として、なおさら牛一の眉を曇らせた。
「まあ落ち着け、何があったのじゃ」
牛一は懐から晒を取りだすと清蔵の前に翳した。
汗を拭って落ち着いた清蔵は、
「いや、実は......」ようやく山王社のあらましを語った。
清蔵も精一杯の勤めを尽くしていた。
それに応えるべく、牛一はこれまでの動きと、信長の力添えがあることを少しだけ話した。
「なるほど。一昨日、勝三郎さまが清洲に参られましたか」
「『火起請を書け』と勝三郎さまから命じられて、慌てて山王社に駆け込んだ様子が、手に取るようだの」
牛一の言葉に、清蔵は目を瞑った。見えぬ恒長の姿を思い浮かべているに違いない。
「やはり、山王社の禰宜も、共謀者であったか」
「いやそればかりではありませぬぞ......あ、痛た――」
目を見開くと、清蔵は不意に頭の傷を押さえた。
「どうした、青痣ができておるぞ」
牛一が覗きこむと、月代と鬢の境が青くなっていた。面白そうなので思わず指を突き出した。
「あっ、いてて」
清蔵は慌てて牛一の指を払った。思い出したように顔が苦痛にゆがんだ。
「床下で聞けば聞くほど腹が立ち、つい熱り立った勢いで」
今更ながらに怒りを思い出した様子だった。
「まあ落ち着け、清蔵。悟られなんだか」
清蔵は熱中すると辺りが見えなくなることがある。牛一は笑みを零して聞き返した。
「そこは抜かりなく」
「身体を張ってどえりゃ話を聞きつけたものだな。......造酒丞どのを揉み潰すとな、ようも言うたわ」
「我が身可愛さに、お身内に戦を仕掛ける大馬鹿者ですぞ」
清蔵は吐き捨てた。
「させぬわ!」
牛一にしては珍しく語気を強めた。
その声に一瞬、清蔵が背筋を伸ばした。
「......いや、お屋形さまがじゃ」
牛一は言い訳するように付け足した。
「なに、いざとなればこの清蔵が、利八郎めの首を刎ねまする」
「まあまて、大事にはできぬのじゃ。悪い虫のみを成敗する手は打ってある」
怪訝な目で清蔵は首を捻った。
「しかし吉兵衛どの(貞勝)じゃな~、ちと心許ないではありませぬか」
「......だけじゃない」
牛一は言葉尻を呑みこんだ。
「お屋形さまはお見えになりましょうや」
清蔵は縋るように聞き返す。
「も、もちろん最後の締めに参る。某も一緒じゃ。だが、決して口外は無用」
信長の命を思い返すと我ながら奥歯に物が挟まったような口振りになる。やむなく最後の言葉に、牛一は力を込めた。
「明後日には全てが終わる。それまでの辛抱じゃ」
安心しろとの気持ちを込めると、帰り際に清蔵の肩を優しく掴んだ。
清蔵は、牛一のいつもと少し違う仕草に戸惑いの表情を見せた。
清蔵も勘は鈍くない。
だが清蔵は黙って見返したまま屋敷を後にした。
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