爛れてしまう【完結】

藤好

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街にニンゲンがやってきた!

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あたしラミ!種族は羊、花も恥じらう14歳の乙女よ!

さっそくだけどビックニュース!
なんとなんと街に新しくニンゲンがやってきたの!

そりゃ過去何人かニンゲンって見たことあるけど、実は私ニンゲンってあんまり好きじゃなかったの。

この街に過去住んでたニンゲンは二人。
一人はスペンサーさん。腰の曲がったおじいちゃん何だけどいつもよくわからない研究に没頭してた。悪い人じゃないと思うんだけどオドオドしてるのに眼だけはギョロギョロしてて私は苦手だった。そのスペンサーさんも三年前に亡くなっちゃった。
もう一人はアイシャさんという女の人。
ニンゲン用の住居を建て替えてる時に来た人で仕方なくこの街に滞在することになったみたいなんだけど、私達獣人を見るたびに悲鳴を上げて家に駆け込んじゃうから結局彼女の姿を見ることはほとんどなかった。それに街からもすぐにいなくなっちゃったの。

そうして久しぶりにこの街にやってきたのがキサキさんという名前の男の人。
このキサキさんという人、なんていうか、あの、すごく、素敵なの!

私、スペンサーさんとアイシャさんしか知らなかったからニンゲンという種族は細くて小さくてすぐ弱っちゃいそうなイメージだったんだけど、キサキさんは全然違った!
私のお父さん、というか草食種の獣人の皆よりも普通に背が高いし、作業着のツナギを着てても均整のとれたスタイルをしてるってことがわかる。
そして何より、顔がすっっっごくかっこいいの。なんていうのかしら?甘い顔立ちなんだけどセクシーっていうか、声も低くてちょっと掠れてて。今日なんか挨拶したら「おはよう。あれ?いつもとリボンの色違う?それも似合ってるな」だって!!そんなの言われた事ない!すてき!!!
今は自警団団長のアトラスさんの家にお世話になってるみたいだけど、うちの家で暮らしたりしてくれないかなあ。部屋だって余ってるし。そう思ってお母さんに提案してみたんだけど、

「あらあらそんなのアトラスさんが許さないわよ~」
「なんでえ?アトラスさんってお仕事忙しそうだしうちで暮らした方がキサキさんだって楽しいと思うのに」
「ふふふ。まあアンタもそのうちわかるわよお」
「ええー?」

お父さんにも聞いてみたけど「アアアアトラス団長に睨まれるようなことだけは勘弁してくれ!」と何故か怯えてて、取りつく島もなかった。
アトラスさんってかっこいいけど苦手。やだ、別に怒られたりした事があるわけじゃないのよ?
元々肉食種の人達は身体も声も大きくて苦手なんだけどその中でもアトラスさんは一番こわい。
自警団の団長さんだし、この街の治安維持はアトラスさんがいるから安心だって皆言ってる。それはわかるわ。だけどあんまりにも眼光が鋭いしその分迫力も凄くて、私達草食種が普通に関わるにはきっと難しい。多分お父さんもアトラスさんにビビってるのね。確かに凄まれたらそれだけで怖くて死んじゃうかも。
だから尚更キサキさんが心配!あんなにおっかないアトラスさんと二人で暮らしてるなんてキサキさんだって息がつまると思うの。二人って家でどんな会話してるのかしら?そもそも会話、あるの?どうしてもアトラスさんが和やかに人と話してる想像が出来ない。あ~気になるな~~!


そんなことを考えて過ごしていたら何と何とアトラスさんの家を訪ねるチャンスがやってきたの!

「ミートパイ焼き過ぎちゃったんだけどアトラスさんとキサキさん食べるかしら?お母さんちょっと差し入れしてみようかな」

お母さんの言葉に私はチャンスとばかりに手を挙げた。

「私持って行ってみる!キサキさんって夕方には帰ってるしこの時間ならもう家にいると思うわ!」
「アンタよく知ってるわね。まあいいわ、じゃあお願いね」

キャー!やった!もしかしたらキサキさんの私服姿が見れちゃうかも!

アトラスさんの家はうちの家から歩いて約15分くらい。逸る気持ちを抑えながらルンルンで歩いたらあっという間に到着!
それにしてもアトラスさんって元々一人暮らしなのに五人家族のうちん家よりずっと大きな家に住んでるのよね。これだけ大きな家だもの、もしかしたらキサキさんとアトラスさんはそんなに会話もなく食事とかも別々で生活してるのかも?下宿って言うの?わかんないけど。
ああでも今はそんなことより、早くパイを届けなきゃ!
ドキドキしながら恐る恐る呼び鈴を鳴らす。
だけど、誰も出て来る気配はない。
明かりは点いてるわよね?うーん大きな家だから、聞こえてないのかも。そ、それか、もしかしたらお風呂に入ってたりして!?キャー!!じゃなくて!
とにかく、ちょっと残念だけどもう一度呼び鈴鳴らして出て来なければ、置き手紙をしてパイは玄関の前に置いて帰ろうっと。

「キサキさ~ん、いませんか?私こばとの森二丁目のラミです!あの、お母さんがミートパイ焼き過ぎちゃって、お裾わけにきたんですけどー」

あんまり意味ないと思いながら呼び鈴と一緒に呼び掛けてみる。すると予想外に反応があった。
扉の向こうからガタタタッ!!ゴッ!ドタン!!!と大きな音がしたと思ったらガチャリとドアが開いた。んだけど……、

「ッ、ラミ?こんばんは。どうした、こんな時間に……」

出て来てくれたキサキさんに挨拶しようと思ったんだけど、私としたことが全く言葉が出て来なかった。なんていうか、キサキさんが、セ、セクシー過ぎて……
赤く染まった目許は泣く前みたいに潤んでるし、唇も濡れてていつもより艶々してる。それどころか肌もしっとりと上気してて、も、もしかして本当にお風呂に入ってたのかしら……サイズの大きなシャツを着てるせいで普段見えない鎖骨まで丸出しになってるし、って、あれ?虫刺され?あんなにたくさん?肌が弱いのかな、ん?キサキさんが着てるシャツの襟元の刺繍……これ自警団のシンボルマークよね?じゃあこのシャツはキサキさんのじゃなくて、

「オイ、お前奥入ってろ」
「アトラス」
「ひッ!」

いつもと様子が違うキサキさんを凝視していたら、突如キサキさんの後ろから大迫力のアトラスさんが現れて冗談抜きで呼吸が止まるかと思った。なんでもう帰ってるの!!早過ぎるわー!!

「何だ、ランプんとこの娘か?どうしたこんな時間に。家で何かあったのか?」

地を這うような低い声に今度は緊張で言葉が出て来ない。こここ怖!!!!はくはくと口を開閉させながらブルブルと震え出した私を見兼ねてか、アトラスさんを押し退けて再びキサキさんが前に出て来る。

「お前顔怖ェんだから出て来んなよ。ラミ、どうした?何か用があった?」
「あんだと?」
「その顔だっつの」
「あああああの、お母さんが、ミートパイ焼き過ぎちゃって……」

死ぬほど吃りながらカゴに入れたパイを差し出す。あ~んキサキさんの前でこんなみっともない姿見せるなんて!私もっとはきはき喋れるのにい!

「ミートパイ?わ、本当美味そう。貰っていいの?」

うまく喋れない代わりにブンブンと首を縦に振る。うぅ逃げ出したい。いやでももっとこのセクシーなキサキさんを目に焼き付けていたいような……

「ありがとな。ラミ、一人で来たのか?」
「外はもう暗い。送ってく」

キサキさんの後ろに控えていたアトラスさんから予想外の申し出があって反射で首を全力で横に振った。無理無理無理無理!

「俺が送ってくるよ」
「お前はンなエロ顔でホイホイ人前に出ようとすんな。部屋戻ってろ」
「ッ、誰のせいだと」
「俺だな」

な、何かしら今の会話……?あら、そういえばこの二人意外とというか普通に仲良いのね……?仲良いって言うか、なんか……

「ラミ~」

何かに気付きそうになった刹那背後からよく知った声が聞こえてバッと振り返る。

「お父さん?!」
「ああ、間に合って良かった。母さんがカボチャのスープも持っていけって言うから追いかけて来たんだ……って、アアアアトラス団長!ご在宅でしたか!!」

お父さんが鍋を持ったままアトラスさんに物凄いスピードで頭を下げている。……私が言えたことじゃないけどビビり過ぎでしょ。

「ランプか、久しぶりだな。いいのかこんなに貰って。お前たちの家の晩飯が少なくなるんじゃないか?」
「そんな滅相もないですよ!!うちの家内が二人にお裾わけしたいって張り切っちまって!逆に大丈夫ですかい?!持って来といて何ですが好き嫌いとか、」
「好き嫌いはない、有難う。奥方にも礼を言っといてくれ」
「そそそそそんな!」

ビビってたと思ったらお礼を言われてめちゃめちゃに照れている。……我が父親ながら何か、ていうかアトラスさんよりお父さんのが年上なのに威厳のかけらもないわね……。
だけどお父さんが来たことによりアトラスさんに送って貰うという恐怖イベントを回避出来たわ。ナイスよ。

二人揃ってペコペコ頭を下げながらアトラスさんの家を後にする。

「いや~初めてアトラス団長のとこのニンゲン見たけど男前だなあ。ありゃあ街の女の子がキャーキャー言うのもわかるね」
「ニンゲンじゃなくてキサキさんって呼んでよね!」
「お前もファンなのか……」

お父さんと並んで歩きながら、名残惜しくアトラスさんの家をこっそり振り返って一時停止。カーテンの向こう、二つのシルエットが近付いたかと思うと、重なり合い……そのまま部屋の奥へと姿を消した。

「……へ?」
「どうした?何か忘れ物かー?」
「なななな何でもない!!!」

んんんんん?何かしら今の??もももしかしてもしかしてあの二人って????!!


何とか動揺を落ち着かせようと夕食後に無心でお皿を洗っていたら、背後から突如お母さんに話し掛けられて危うくお皿を落としそうになった。

「ね、どうだった?」
「どどどうって?」
「やあねえ、アトラスさんとキサキさんよ!どんな雰囲気だったの?」
「ど、どんなって、キサキさん何でか知らないけどアトラスさんのシャツ着てて、」
「え!それでそれで?!」
「そうだ、キサキさんの首元に虫刺されの痕がいっぱいあったの。今度軟膏か何か持っていってあげた方がいいんじゃないかしら」
「おっふ!そ、そうなの……」
「お母さん?そのあとね、アトラスさんが出て来たんだけどあの人すごい迫力で」
「えー!アトラスさんもいたの?!二人どんな会話してた?!」
「お前は出てくるなってアトラスさんがキサキさんに注意してた。けど思ってたより二人仲よさそうだったわ。帰りもね、」
「うんうん!」

脳裏に二つのシルエットが重なる瞬間が思い起こされる。

「やっぱり何でもない!!」
「ちょっと教えなさいよ~!!あーあ次は木苺煮詰めてパン焼いてお母さん自分で持って行こうっと」
「だめよ!次も私が持っていくったら!」


なんだか新たな扉を開けてしまいそうな予感。

その後、親娘揃ってアトラスさんとキサキさんの家に差し入れを持っていくのが日課になるのはまた別のお話。






end
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