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1.不良優等生と諜報くんの場合

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「……では、今日はこれで終わりにしたいと思います。お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」」

生徒会が一同に会する中、生徒会長が終了の言葉を発するといつも通り皆ばらばらに資料を持って帰っていく。3年生の生徒会メンバーの任期が残り僅かに迫る中、去年の卒業式の引き継ぎや冬に行うイベントの企画まで、秋になれども生徒会は裏で大忙しだ。心地よい秋の涼風に窓から見える紅葉並木が眩しい。ふらりと外に出てあの景色を写真に納めたいという気持ちが高まり、わくわくしながらカバンからカメラを出して席を立とうとした。

「佐々木先輩」

心はドキドキと秋の紅葉に惹かれているのに何者かがそれにストップをかけた。生徒会副会長、二人いるうちの片方である2年生の方だった。同じ2年生のレイジと比べれば平均的かやや低い身長とハスキー気味な落ち着く高い声、常にマスクをしてピンクの犬のパペットを携帯している。生徒会の時に出したことは無いが、教室ではずっとそれなのだとか。痩せ気味でいつも気だるげで何を考えているか分からない彼だが、成績は優秀だし生徒会からの信頼は厚い。なかなか頼りになる人だ。

「戸井 幸二……」

フルネームで呼ばれたことに彼は変な顔をして肩を竦めた。ユキジ…みんなからは「トイくん」と呼ばれている。ユウは仕方なくカメラを机の上に置いて、「何か用?」と厳しい先輩のような話し方で問いかけた。トイは動じもせずに資料を広げて引き継ぎの細かいところを鋭く指摘し始めた。確かに、分かりづらい説明や臨機応変な対応など自分の代でもあったが載せ忘れていた事項があって、彼が聞いてくれなければ危うく見落とすところだった。謝りつつもお礼を言うと、「仕事ですから」と淡々と資料を片付けていく。
そういえば彼はどこか艶っぽいところがあるなあ。とユウはトイを見ながらぼんやりと考えていた。被写体になったらすごくよく映えそうだ、勝手に撮ったら怒られるだろうか、とか、長いまつ毛によく通った鼻筋やたまにマスクを外した時に見える形のいい唇を思い出しながら(思っているよりずっと美人なんじゃないか)とか妄想に耽る。さっきまで心を奪っていたあの紅葉のことも忘れるくらい、彼に魅入っていた。
その時、下を向いて作業をしていた彼の制服の襟の隙間にひかりが差し込んで、細くて白い首筋が顕になった。普段なら何も思わないのだがその時ばかりはまるでありえないものを目にしたかのようにそこだけを凝視してしまう。そこにはおびただしい数の痣のようなものや歯型と思しきものがびっしりと着いていた。真面目な彼のことだから、こんなことあるはずがないと2度見も3度見もしたがやはり事実は変わらず、赤い痕跡が何度も顔を見せていたのだ。
やがて、ユウがこちらを見つめていることに気がついたトイは、首筋の跡を見られたことに大きく目を見開いて制服の襟を左手でぎゅっと当てる。気まずそうに目の前の相手を見上げてどこか違う方をむく。

「…見ましたか、今の」

「なんのこと」

生徒会長が知らないフリをしていることに、副会長は気づいていた。一瞬の硬い表情も、はっと気がついたような息遣いも感じた。嫌な脂汗がだらりと背中を伝って、ざわざわした胸騒ぎで胸が苦しい。

「い……」

「言わないよ、誰にも。メリットがない」

トイが言いかけた言葉をユウが遮って冷静に回答した。ユウの否定にトイは安心しかけたものの、会長がもし有事の際に先生に告げ口したら………と考えると気が気じゃ無かった。

「でも…でも、秘密……知っていれば、先輩は、僕を脅せる」

「かもしれないけど、僕はそんな卑怯なことはしない。特別支配しようとは思わない。だって、馬鹿馬鹿しいじゃないか、そんなの」

これにはユウのセンに対しての皮肉も含まれていたが、このことを知らないトイに通じるはずもなく、ただ言葉として受け入れただけだった。
でも、と副会長は食い下がる。

「秘密を、教えて下さい。そしたら、それで対等だ」

ユウは少し考えなければいけなかったが、残り少ない彼との時間を考慮すれば上手くやっていくことは必須だと思い、承諾する。まさかこんなにあっさり了解してくれると思っていなくて、トイは驚いていた。

「僕は喫煙者だよ。去年からタバコを吸ってる」

「……ほんと、だったんだ」    

トイは考え込む仕草を見せた。ユウが右眉を上げて怪訝な顔をする中、トイは経緯を語る。

この男子中の掲示板には生徒のみが閲覧出来る秘密の掲示板にアクセスできるポイントが存在し、そこにはこの学校のありとあらゆる生徒が書き込みをする。下らないもの、暴力的なもの、根も葉もない噂、テストのカンニングのようなものもあるらしい。大半の不適切なものはいつの間にか削除されているらしいが、その中には必ず「佐々木 優」と名前があるもの、「生徒会長」と名指しされているものが含まれている。何度か「煙草を吸っているのを見た」とか書き込まれたことがあったらしいが、極わずかな人間が見たあとすぐ消されているそうだ。けれど人の口に戸は立てられず、信憑性は低いものの一部の人間は知っているということだ。最も、本当か分からないから噂を広める人間も少ないが。
それが管理人の仕業なのかなんなのか、知るものは誰もいない。

「……と、言われてるけど、噂では書記の寺井くんが管理人で、会長に関わる悪い噂を消してるとか消してないとか」

「なんで寺井くんなの?」

「これは、風の噂で…。代々、情報局に所属している生徒でパソコンに詳しい人に裏サイトの管理権が与えられていると。…あくまで噂なので、僕の推測の範囲ですけど」

「ふうん」

なんともそういう類のものに疎く興味が無いユウからしたら驚きな内容ではあったが、適当に相槌を打って落ち着いた。まさか自分の知らないところで自分の地位を守ってくれていたのがセンだったなんて、情けないとか恥ずかしいとか、今までかなり邪険に扱っていた自分の態度が悔やまれる。
彼を好きという気持ちを押し殺して嫌々抱かれる演技をしていたはずなのに、彼はそれ以上のことを今までしてくれていたなんて、なんだかんだ一途に尽くしてくれる辺り優しいのだ。けれど、ユウの悪い癖は頭の中で『こうやって褒美を与えて言うことをきかせているうちは、所詮使い勝手の良い駒に過ぎない』と片隅に考えを作っていた。

「ありがとう、それじゃ………僕帰らなきゃ」

ちら、と時計を見上げてそう告げると、トイも我に返ったように時刻を確認して慌ただしく鞄にものを詰め始めた。

「…僕も、夕飯の準備があって。………内緒、ですからね」

念を押すように、懇願するように強く言葉を発してから、トイは頭を下げて生徒会室を出ていった。
あとに残されたユウはカメラを持ち上げて心を奪った紅葉の景色がもう暮れてしまったことに溜息をつき、窓の外に見えるトイの寂しげな後ろ姿を見てまた溜息をついた。

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