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56. 夜会 2-2
しおりを挟む母は進まぬギデオンとソフィの仲を取り持とうというのだろう。
「いや、俺は、これだから」
三角巾で吊られている腕を見せるが、母、姉、妹、弟に囲まれてしまった。
「お、俺は政務に戻る」
慌てて逃げ出そうとするも、ユディトは厳しい口調でギデオンに命令する。
「そんなことを言わないのよ。もうしばらくここに居なさい」
「そうよ、お兄様、ソフィ様は何でもおできになるし、とってもお上手なのよ。見ていくべきよ」
「そうなのです。兄上、僕の髪も編んでいただく約束なんですよ」
「番殿は、シャーリィはどうした?」
片時も番の側を離れないはずのシャーリィが見当たらず、ギデオンは不思議に思った。
「シャーリィはねぇ、果物を取ってきてくれるんです」
「ソフィ様が食欲がなくていらして、滋養に良い食べ物がないかと話をしてましたの。そうしたら栄養価の高いとても美味しい果物があると、シャーリィがね。それをまた、ルイが美味しいの? なんて聞いたりしたものだから、それはそれはもう張り切って出かけたようですよ」
「南の島にしかないドラゴンの、何だったかな? ドラゴンの……」
「宝玉と言ってたわね」
「ああ、そうでした。ドラゴンの宝玉でした。シャーリィの色なんですって、皮が緑で、実はオレンジでほっぺが落ちるぐらい美味しいんだって、おやつの時間に間に合うといいなぁ」
「では、ルイ様の御髪から結いましょうか? シャーリィ様に喜んでいただけるように」
「うん、お願い!」
ソフィはルイのあどけなさを微笑ましげに見つめ、慣れた手つきで器用に結い始めた。
ギデオンの姉妹たちが用意してきた沢山のリボンや髪飾りの中からシャーリィの色である翡翠色のリボンを選び、ルイのセミロングの金髪の柔らかい巻き毛とそのリボンを編みこんでいく。
ボルストラップ侯爵家にいたときは、アレクサンドラの難しい要求に散々応えてきただけあって、お手の物である。
しかも、こちらの方々はそれはもう喜んでくださるのでやり甲斐もある。このまま侍女として雇ってはもらえないものだろうか? などと思わず考えてしまう。
何より、日々世話をしてくれるこの離宮の侍女たちは小柄で細っこいソフィよりよっぽど美しく女性らしい立派な体躯であり、女性から見ても羨ましいほどなのだ。
これからソフィの身を置くはずの後宮という美姫だらけの場所に、その中の一人として収まるなどとても想像できない。
もしかしたら、全く誰の目に留まらず、捨て置かれるかもしれない。
そうならばどんなに良いだろう。
それに齢80を超えていらっしゃるならば、身の回りのお世話をするだけなのかもしれない。王都で親切にしてくれたお爺さんを思い出す。痛いという膝や腰などに手を当てて回復魔術を唱えると楽になると、大層喜ばれたものだ。
何年か務めてからお暇を願い出れば、それもすんなり通るかもしれない。
もし、そうなるればルーと一緒にバーサの元へ帰れるかもしれない。私も教会で神様に、あの天使様にお仕えることができるなら、と想像すると少しばかりの希望にほんのり心が温かくなる。
「はい、できましたよ。いかがですか?」
そこにはリボンをふんだんに使いながらも、少年らしさが活かされていてカッコ良く仕上がっている。
「兄上、どうですか? 僕カッコイイですか?」
「ああ、かっこいいぞ」
「ああ、素敵! 次は私の髪をお願い! 夜に相応しく、それでいてカジュアルなスタイルってあるかしら?」
「ええ、いくつか案がありますから、試して見てはいかがでしょう? ドレスの色に合わせた髪飾りをお付けしましょうね」
ソフィは仲の良い家族の楽しげな様子に微笑ましく、さらに喜んでもらえるように腕によりをかけたのだった。
その夕刻に行なわれるはずの小さな舞踏会はギデオンの姉妹やルイ、そしてルイと踊れると知ったシャーリィによって、あっという間に知れ渡りみるみる参加人数が増えてしまっていた。
しかしそこは手慣れた執事や侍女たちである。小さな、家族だけの、と言いつつ立派に本格的な舞踏会の準備が着々となされる。
それを傍目に見ながらのアフタヌーンティを頂くというのは、働き慣れたソフィにとっては些か居心地の悪いものであったが、ルイを喜ばせようと大急ぎで帰ってきたシャーリィがルイのめかし込んだカッコ可愛い姿に悶絶しているのを見てソフィも嬉しくなる。
幸せが伝染するというのは本当なのかもしれない。
さらに、頑張ったシャーリィによってアフタヌーンティに間に合ったドラゴンの宝玉にルイは大喜びであった。
その果物は濃い緑色で、まるで鱗に覆われたような荒々しい外見なのに、ナイフで割ると綺麗なオレンジ色をしていてスプーンで掬えるほど柔らかく、果汁がふんだんで甘みが強くその味にルイだけでなく皆に大評判となった。
シャーリィはドラゴンの宝玉がルイの口に入っていくのを頬を染めてうっとりと見つめていた。
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