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53. 夜会 1-8
しおりを挟む英雄王、その名に相応しく多くの貴族出の側室や、愛人がおり、多数の庶子がいた。
そこからもそれを許容した正妻として、賢妻としても国民からの尊敬を今でも集めている。が、しかし、どうやらそれはオーガスタの計画の一つであったようだ。
王位継承権争いの激化で、国の存亡さえ危ぶまれた中、国内の貴族をまとめ上げる戦略。
側室や愛人に子供ができるとその子をすぐ庶子と認め、破格の恩賞を与え、そしてその子をその一族の跡取りにする。そうしてジークベルト派を着々と増やす。
貴族としても教育を受けた女性であったとしても、側室や、愛人がいることに良い思いを持つことはないだろう。かくいう母アンナマリア・ルイーザもその一人である。
ロレンツォはまだ年若いとはいえ、知識の一つとして知っている。
王立アルケイディア学院でも、王宮内でも、魔術院ですら、愛だの、恋だの、浮気しただの、されただの、聞きたくなくても入ってくる。
そんな中に身を置くなど、自尊心の強い母には許せないに違いない。
では、オーガスタはどうだったのだろう?
剣のようなマーク『†』が主語になっている文がある。これは騎士であったジークベルトではないのか? 側室を意味しそうな花のようなマーク『🌺』に矢印が向けられており『もっと上手くやれ!』と書かれてあったり、『!』のついた『🌺』の前後の文が大きく崩れ、「❌」がつけられていたりする。
戦略とはいえ第二王妃みならず、側室、愛人さえおり、対抗心に満ちた態度や嫌がらせがあったと想像するのは簡単だ。
完璧な賢王妃の文字の乱れにロレンツォはそこはかとない可愛らしさも感じたのだった。
アデライト第二王妃の望み(唯一の王妃になること)は叶うことがなかったが、最終的に息子二人を公爵にすることに成功している。
それがトレアール公職家とグーゼンバウワ公爵家であるが、そこへカシュパルの皇族に近い血筋の令嬢が嫁している。そしてそれ以降も続々とカシュパルの血が入り続けている。
ノイベルト王も王子時代になかなか妃が決まらなかったと聞いたが、セオドアの婚約者も決まっていない。
このアデライトの『聖血』信仰とも言える思いが子を通して濃度を上げて受け継がれ、ティルドルフ王国をカシュパル神皇国へ奉納せんとしているのではないかと危ぶむのである。
トレアール侯爵の尊大な態度を見れば、カシュパルの聖血を持つ自分こそが王に相応しいと考えても可笑しくない。
王直属のはずの陰の一族の記録にはトレアール公爵らしい王族からのオーダーを匂わせるものもあった。
ロレンツォは宮廷夜会のおり、トレアール公爵がセオドアにコレクション自慢をした話を聞き、先手必勝、まずは相手を知るべしとその翌朝、その日夕刻に訪問する旨の連絡を入れたのだった。
その時はまだ主賓となるセオドアと護衛のマークと自分だけで行くつもりであったが、この話にコンラート殿下が乗り気になり、また、母のアンナマリアが面白がって、プリシラを誘い、少々派手なことになってしまった。
トレアール公爵に最初に案内されたのは公爵が招いているものたちの集うサロンであった。
短い滞在であることは連絡してあったが、トレアール公爵の余りにもあっさりとした人物紹介に、後で館に張り付かせている密偵に本日の参加者リストを提出させなければとロレンツォは思った。
その後、あちこちの豪華な部屋を経由して、漸くご自慢のコレクションルームへ案内された。
そこは広いホールになっており、一代で集めたものとは言えないほど多くの美術品が並んでいた。
壁には様々な絵画がかけられており、中には英雄叙事詩のシーンが描かれたものから、ご先祖様たちといった個人的なものまである。
また、ブロンズや大理石でできた剣を持つ騎士像や神話の女神たちの優美なポーズの美しさが目を惹く。
陽の差し込む窓の反対側にある飾り棚の中には古めかしいな宝飾品や伝説の聖剣を模したもの、馴染みのない小ぶりの武器類、コンパスや望遠鏡、そして魔道具などが並べられている。
その中には用途が分からないものもあり、セオドアとアンナマリアは熱心に公爵の説明を聞いていた。
飾り棚ごとにコレクションはまとめられているようだったが、コンラートがとある飾り棚の前に立ち止まっているのをロレンツォは不思議に思い近寄った。
エスコートしていたカルロッタ嬢がここぞとばかりに、進み出てコンラートにその棚のコレクションの説明をし始める。
「この棚にあるものは、カシュパルに受継がれている神話をモチーフにしたものですの。
なんと言いましても3千年の歴史がございますので、その時代ごとの、特色が大変興味深いのです……」
ロレンツォはコンラートが一心に見つめているものを見ると、それは水晶を模したようないびつなガラスの中に浮かびあがる少女像であった。
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