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37. 報告 3 ギデオン編
しおりを挟む朝露を含んだ花束を抱えたギデオンは帝都に戻ってから、毎日欠かさず奥宮殿へ向かう。
「あら、ギデオン今日も早いわね」
「母上、ソフィ嬢はいかがですか?」
ブロンドの艶やかな髪を軽く結い上げ、上品なタフタのドレスにしなやかな肢体を隠したこの宮殿の女主にギデオンは挨拶しつつ訊いた。
「挫いていた足も随分良くなって、不便さは無くなったようよ。ただ、やはり余り食事が進まないようね」
その言葉にぐっと体を強張らせギデオンは硬い声を出した。
「そうですか、今日も果物などをお届けできるようにしましょう。それよりも母上、じじぃが昨日皇都に入りました」
「あら、もう来たの? 相変わらずねぇ、お義父様ときたら」
「さすがに母上のところで無体なことはしないと思いますが、念には念を、と思いましてご報告に参りました」
「まぁ、ソフィ嬢に会いたいのでしょう? ほほほ、分かっているわ。警備は厳重にしておきますから、安心なさい。それに今日からルイと番殿もしばらくこちらで過ごすように計いました。丁度ソフィ嬢の手前のお部屋にね。帰りにルイの番殿にもご挨拶しておきなさいね」
「……はい、寄っていくようにします」
皇后ユディトは顔色の優れない様子から更に顔を強張らせる息子を労るように、もうすっかり大きくなった背中を撫でさすった。
ルイは9歳になったばかりの末弟であり、竜人のシャーリィという番がいる。ある日、王宮の中庭に飛来して以来、ルイの暮らす離宮に住み着いている。ギデオンはこの竜人たるドラゴニア(番以外無関心)であるシャーリィのことを苦手としていた。
このドラゴニアという種族上、シャーリィは番のルイに対してトップクラスの執着を見せるのだが、その反面、番以外には一貫して無関心であり、時折王宮内で揉め事をおこすのだ。
しかし、ギデオンが苦手としている理由はそれだけではない。決定打となったのはルイとシャーリィの婚約式を前に祝宴を行った時のことだ。弟(ギデオン)思いの長兄が、ギデオンの番が竜人の国にいる可能性を酒宴のノリで聞いたところ、
「は? ドラゴニアの番? ない、ない、ない。俺たちは世界のどこにいたって番を見つけられる。(こいつ)もういい歳だろ? まだ、生まれてないか、つーか、もう死んじゃってるんじゃねーの? はははっザンネーン」
楽しげにシャーリィは笑って答えたのだ。
それ以降も「病持ち」「伝染る」だの、「臭い」だの、と近寄らない。
竜人は生命力、免疫力がずば抜けて強く病などとは無縁であるのに、獣人以上に番至上主義であるため、種族として病自体を忌み嫌っているのだ。
「兄上は次のこーていなんだよ! 兄上エラいんだ。そんなひつれいなのはダメだよ。キライになるよ」
ルイが怒って注意をすると、こぼれんばかりに大きく目を見開き、叫ぶ。
「そ、そんな……、私に死ねと! 死ねと言うの? ルイを失うなど、耐えられない!」
お前のせいだ、どうしてくれる? と言わんばかりにルイに見えないように射殺さんばかりに睨み付けてくる。冷たい返答にも傷口がジクジクと痛んだが、何より番を持てない自分に気持ちは沈んでゆくのだった。
ソフィ嬢を皇都に連れてきてから、日に2度3度と様子を見に訪れているが、どういう訳だか出会ったときの心が逸るような気持ちが徐々にギデオンの中で焦る気持ちに変わっている気がするのだ。
それは、ソフィ嬢が余所余所しい態度を頑なに崩さず、使節団のことや自分に課せられた役目のことなどばかりを気にしており、大凡、自分に関心があるような素振りが全く見られないからか。
わからない。わからないのだ。
番だと思えるのに、心が落ち着かない。これが番を見つけたときの気持ちというものだろうか。
ソフィ嬢の元に向かう時の高揚する気持ちは、帰る時には、何とも表現し難い気持ちになり考え込んでしまう。
エドゥアの話によればソフィ嬢はセオドア王子とささやかながら交流を持っていた。
セオドア王子に心を残しているから、
可愛がっていた子猫が見つからないから、
じじぃの後宮へ入るつもりだから、
自分の気持ちが伝わらないから、
獣人殺しの後遺症だから、
だから、こんなに俺は釈然としない気持ちを抱えているのか?
ルイを見つけたときの、竜人シャーリィの喜悦に綻ぶ艶めかしい微笑みが思い出される。扉の前で考え込んでしまっていると、いきなり扉が開き、小さなルイが現れた。
「兄上、どうされたのですか?」
「……いや、少しばかり考え事があってな」
「ソフィ嬢のこと?」
「まぁな」
ルイは大好きな兄が部屋を訪ねて来てくれたことが嬉しいようでいそいそと部屋に招き入れてくれる。視線を上げれば、そこには不愉快そうなシャーリィがソファにどっかり座り込んで美しい顔で睨みつけている。シャーリィは視線をルイに戻すと、途端に惚けた表情を見せて、それを隠すことなく甘える。
「ルイィ♡ こっちに来て♡」
「しゃーりー、兄上と少しは話をさせてください」
ルイが、ぷーっと頬を膨らませる。
それを見て、シャーリィは耳まで朱色に染めて悶ている。
「あっ♡ (ほっぺがほっぺがぷっくり……吸い付きたい~♡)
ルイが、ルイが、私の膝に座ってくれたら、我慢するぅ♡」
「仕方ないなぁ、少しだけだよ」
そう言って、ちょこんとシャーリィの膝に座る。シャーリィは満面の笑みを浮かべ恍惚とした表情で、もうギデオンなど目に入らないようだ。気がつくとルイの匂いを嗅ぎ、ふわふわの髪にちゅっちゅっと口付けている。
とにもかくにも、竜人の番への思いは群を抜いて重い。
4年前に竜人のシャーリィがルイを見つけて以降片時もルイの側を離れない。雌雄同体とはいえ、基本、竜人は行動が雄なのである。5歳男児に普通の教育もこれからならば閨教育だってまだまだ先で良いはずなのに、見つかってしまったのだ、もう力ずくでは動かせない。
この国に最高の守りができたのだと家族一同諦めて、ルイとシャーリィの婚約を許した経緯がある。もちろん、結婚は成人する16歳まで待つように説得(脅迫)してある。番を害する気か、と。
このドラゴニアはひたすらルイの気を惹くことのみに生き、ルイの成人を待っているのだ。救いは幼いながらも、ルイがシャーリィを番と認め、この重ーい愛情表現を受け止めていることだ。
ドラゴニアの熱情を止めることは番以外、誰にも、それこそ本人にもできはしない。ルイの誕生日が来る度に、あと何年と指折り数えているのだ。先日、あと7年♡、あと7年♡、とはしゃいでいたのをギデオンは羨ましくも呆れてみていたのだ。
「母上様に聞きました。僕たちはソフィ様をお祖父様から守ればいいんですよね?」
ルイがギデオンに話しかけると、一気に殺気が飛んでくる。
『殺されたいか? は、や、く、出、て、い、け!』
シャーリィの口が動く。
敵ならば、最強種族と言われようがギデオン自身戦うことに躊躇も恐れもないが、ルイの番なのだ。
望み通り、早々に挨拶も碌に出来ぬまま、ギデオンは暇を告げた。
* ** * ** * ** * ** * ** * **
あ・と7年♡ ホレ! あ・と7年♡
7年音頭だよ~ん^^; イメージは、パ○リ○ クッ○ロ○ン音頭です♬
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