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35. 報告 1 ヴィズ編
しおりを挟むカシュパル皇国皇都カシュルへの外遊に行かれるセオドア殿下の随行員として選ばれた俺は殿下の護衛と特務部隊として皇都の情報収集を行うつもりできていた。
しかし、外遊の主目的であるカシュパルの国事として催された皇太子殿下のご成婚式も終わり、後は招待を受けた茶会と視察、そしてティルドルフ大使館主催の夜会が残るのみとなった夜のことだった。
突然、セオドア殿下からのお呼び出しがあり、王族専用の部屋へマーク様、ミラン様と一緒に馳せ参じることになった。
冷えた空気が充満している部屋には獣の臭いが残っており、すわ、暗殺者かと殿下にお怪我はないかと目を走らせるも、特段変わった様子は見られず、一息着く。しかし、かなりお心を乱しておられたご様子であった。マーク様はすぐに気付かれて、慣れた手つきでカップボードからブランディを取り出し、殿下に勧めておられた。
そして、殿下に所属とその経験とそして俺の能力を問われた。
軍に属する獣の臭いを相手に知られずに追えるか? と。
俺は迷わず、ここに残っている猫臭さとその者の動揺した気配を感じ取り、まだそれほど遠くへ行っていないと判断して、諾と答える。
その後だ! あれほど驚いたことはない。
なぜ、セオドア殿下がソフィ様の匂いのするハンカチを手にしておられる?
なぜ、恩人であり敬慕して止まないソフィ様の手紙をセオドア殿下がお持ちなのか?
思わず「誘拐事件ですか?」と聞いてしまった。
俺は表情を押し殺せていただろうか。実際は疑問と不安で混乱していた。
そして詳細を伺えば、王国からの人質として帝国に向かっているというのだ。
ソフィ様の窮状は知っていたが、いずれあの屋敷を出て、どこか別の貴族屋敷で働くのだ、と明るくおっしゃっていたことを思い出した。
特務部隊の給料は良い。危険な実戦に就くことも多いが、その分、破格の手当も付く。救護院への仕送りを別にしても小さな家の一つは買えるぐらいの蓄えはできている。その時がきたら、俺たちはソフィ様をバカな貴族の屋敷で働かせるつもりなど毛頭ない。弟を筆頭に救護院育ちの娘たちに世話をさせて、趣味の範囲で救護院の子供達に読み書きを教えるような、そんな穏やかな生活をしていただこうと考えていたのに、起きてはいけないことが起きている!?
しかし、どういうことだ? ソフィ様とセオドア殿下が知り合い? であるなら、マーク様の伝手か? いやいや、そんなことはどうでもいい! まずはこの猫に知られずに後を追い、ソフィ様の安全を確認しなければ。
波立つ不安を押しやり猫を追尾し、襲撃を受けているソフィ様のところまで辿り着いた。何とかお助けせねば! 高まる気持ちを殺して偵察任務に集中する。戦いが激しさを増した、その時、襲歩で駆け抜ける騎乗の男にソフィ様が攫われてしまった。居ても立ってもいられず追いかける。すると、なぜか、そいつは帝国兵と思われる奴らと戦うそぶりもなく、早々にソフィ様を解放して去って行った。
『ヤツは? 帝国のものだったのか? それにしては……』
兎に角、手出しをしなくて良かった。帝国のソフィ様に対する扱いは遠くから見ていても十分丁寧であった上、何といっても凄いオーラを持った獣人、あれは軍、いや、軍集団を率いるに相応しいものだった。大柄、グレーより白みがかった髪、皇族か。あれが相手では、ソフィ様を連れて逃げ切れる自信がない。あれが直々に迎えにきているならばソフィ様の安全は確保されたということだ、と心を引き千切られる思いでその場を後にした。
魔森林からは襲撃した者たちの臭いを追跡し王都へ戻ってきた。アジトらしきものを見つけ張り込んだ。
ご帰国なされたセオドア殿下にご報告に上がった際に、帝国の武将がモアリナ魔森林まで出迎えに来ていたところまでご説明すると、急激に室内の温度が下がって、驚いた。セオドア殿下の強い感情に魔素が反応したのだろうか。人族は魔術を使うが、あれは魔族の魔法にも似たものだった。貴族、王族は魔力が高いことは知ってはいたが、あれほど自然に発生させたものを初めて見た。
殿下からは襲撃者についてご下問があり、第三部隊の隊長に話を通し、俺の下に数名つけてもらい、その者たちでアジトを見張らせていること、また、その対象者の多くは傭兵をしていたり、冒険者などを主な生業としていること、また、その他に女子供らもおり、中には王宮内で働いている者もいることを申し上げると、殿下は大変満足気であられた。
セオドア殿下直々にその者たちが噂に聞く陰の一族であり、ラウレリア子爵はその傍系であること、その嫡流がスライゴー伯爵家であることまでお話くだされ、俺は歓喜した! 軍を辞めてでもソフィ様の救出を考えていたが、俺はこの時点で新たな任務に就いたことを理解したからだ。
加えて、張り込み中にソフィ様の護衛をしていたパーティ「赤い大地」を見つけ、あの女護衛ルビアのことも併せてご報告できた。
帝国の猫が冒険者のリーダーらしい獣人をシルビアと呼び、そのシルビアが猫をエドゥア准将と呼んだことも、そのシルビアが王都に戻り「運命の女神」クランに登録のあるA級冒険者であること。現在、王都の長期滞在者用の宿「エーデルワイス」に滞在しており、見張りをつけてあることをお伝えすると、殿下は口角を上げて頷かれた。
一方、セオドア殿下からのお話ではソフィ様は帝国の前皇帝、80を超えたじじぃの後宮に送られることになっていると知り、怒りに手が震えてしまいそうになった。
そんなことは断じてあってはならない! 聖女のように慈悲深いソフィ様が他の側女たちとエロ大公の寵を競い合うだと、考えるだけでも悍ましい。俺は自分の感情にとらわれていたが、ふと見ればセオドア殿下の拳も震えていることに気が付いた。
セオドア殿下のお心がソフィ様に向いているのは明らかだが、身分違いも甚だしく、殿下もソフィ様をお母上同様に日陰の身に落とすおつもりなのか、と息苦しさを感じてしまった。
そうなるならば、ソフィ様のご希望があるならば、他国への逃げ延びていただくことも考えねばならない。亡命者、逃亡者などというものもソフィ様に相応しいものではない。しかし、どの場合に備えても動けるように手を尽くさねばならない。
そして、時間を置かず、呼び出しがあり、セオドア殿下から天才と名高い4大侯爵ランペドゥーサのロレンツォ様を紹介された。
このロレンツォ様が主となり作戦を練っておられるというが、いくら神童であろうが、まだ、14歳の子供にどれだけのことができるというのだ。いざとなった場合は、単身乗り込んでも、お救いせねばならん、と覚悟した。
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