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手癖の悪い猫
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リグリアの街。大通りの沿いにある小さな酒場。
そのカウンターで、ベルは、頭を抱えていた……。
(俺はどうするべきだろうか――……)
シィナは、今、危機的状況の筈だ。盗んだ短剣に仕込まれた魔術術式のせいで、体は重くてまともに動けないし、術式が信号となっていて連中には居場所が筒抜け。
けっして、逃げられない。
少女はピンチだ。ベルはそれを知っている。
だから、本当なら助けてやるべきだろうかと思う。
あの猫娘は自分のことを知りもしないだろうが、自分にとってはそうではない。
″小説家″のスキルについては、自身でもよくは分からない。だが、状況から察するに、スキルによって書いた物語はフィクションではなく、現実に起こるモノ。未来の出来事を書き起こすモノなのだ。
ベルは、シィナとは面識がない。
だが、どうにも他人だとは思えない。
よく言う。物語などを書く者にとって、自分の手で生み出した登場人物はまるで我が子のように深い思い入れを抱くと。
……この場合、そういう感情に近いのだろうか。
とにかく、シィナのことは――――他人事だと、放ってはおけない。
……だが。
(いやでも、俺が助けに行くまでもなく――、シィナは、助かるんだよな……)
そう。
ベルは、彼女のここからの命運を知っている。
確かにひどい目には合う。実は裏の素性は非常にあくどいあの冒険者たちに追い詰められて、そのあと、とある地下施設に連れ去られてしまったりなんかする……。
でも、結果的には、助かるのだ。
ベルはそれを知っている。
だから、下手に自分がその状況に介入すると、むしろ良くないのではないか、と思えるのだ。
(俺が助けようとすることで、小説に書いたときのシナリオとずれてしまうかもしれないよな……)
自分がスキルによって書いた小説。
ここから、その筋書き通りの顛末になるとしたら、……それを、妨げることはできない。
単にシィナが助かるだけでなく、この街の行く末としても、その筋書き通りになるべきなのだ。
心配だが。
――だがまあ、捕まりはするものの、暴力を振るわれたりするわけではない。連れ去るときだって、『眠りの魔法』で眠らされるだけだ。手痛い仕打ちを受けるわけじゃない。
ベルは、シィナのことが気がかりで、このまま街を発つことはできない。
かといって、助けに行くべきか悩ましい。
酒場で一人、彼は、頭を抱えていた……。
/
「はあ、ふう、……っ」
頭がくらくらする。
足がおぼつかない。
でも、シィナは懸命に歩いた。
あのまま店にいたら、店の主人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。
共犯だなんて思われたらいけない。
店を離れ、スラム街の奥、人気のないところまで歩いて行った。
高熱で意識が朦朧とするうえ、魔術の紐できつく締め付けられる右手が痛い。いやもう、痺れて感覚がない。
「うぅっ、くそぅ……。あたしがこんな、ヘマするなんて――」
ぎり、と歯を噛みしめる。
だが悔やんでも、もう遅い。
「おぉー! いたいた、シィナちゃん」
後ろから調子の良い声が聞こえ、びく、と肩を震わせるシィナ。
すぐに、五人の男によって周囲を取り囲まれてしまう。
――――冒険者パーティ『蜘蛛のレグレッチ』である。
「追いついたぜェ~。手癖の悪い子猫ちゃん」
「俺の短剣、よくも盗んでくれやがったな。そいつは貴重なシロモノなんだぜ?」
「はは、とか言って、自分でダンジョン潜って手に入れたもんでもねえけどな!」
「まあそうだけどよ。でも、お前みたいなスラム育ちの小娘がくすねていいようなものじゃねえんだ」
「それにしても驚いたぜ。呪いを受けてるってのに、移動してるんだもんよ」
「本当なら全身が痺れて動けねえハズなんだが。……獣人の血かね」
「だが、半端な抗魔力のせいで、余計苦しい思いをしたかもな」
「はは、違えねえ。大人しく道端で転がって動けない方が、案外、楽だったかもな。その体で逃げ回るのは辛かったろ?」
「でももう大丈夫。――――俺たちが来たからな。もう、重い体を引きずって逃げ回らなくてもな!」
そう言って、ヘラヘラと笑い合う冒険者メンバーたち。
「……!」
シィナは、男たちをキッと睨む。
「オイオイ、なんだその目は! 卑しい盗人が、勇者サマにたてつく気か?」
そう言って、スラリ――と、剣を抜く勇者。
短剣は貴重なモノだと言いながら、……彼にとってはただの飾りだ。短剣を扱うスキルは所持していない。
「今すぐ跪いて、ゴメンナサイ、って謝るんなら、ケガはさせずに済ませてやるぜ?」
冷たい眼差しが、少女を刺す。
「――――っ」
シィナは、逡巡するも、しかし言うことを聞く以外に選択肢はない。
憎らしそうに男どもを睨みながらも、ゆっくり、地面に膝をついた。
「――――ホラ、言いな。『勇者サマのダイジな短剣を盗んでゴメンナサイ』ってな」
下卑た目で見下ろしてくる五人の男。
こんな悪趣味な野郎どもに、頭を下げるなんて……嫌だが、仕方がない。もう逃げられないのだから、言う通りにするしかなかった。
シィナは、ゆっくりと、口を開く。
言いつつ、頭を下げようとした、そのときだ。
冒険者の一人、黒い外套に身を包んだ男が、すっ、と、少女に向けて手をかざし――――、
「……嘘だよ。許してやるわけねえだろ」
勇者がそう言うと、どっ、と、他の男たちが笑った。
そのカウンターで、ベルは、頭を抱えていた……。
(俺はどうするべきだろうか――……)
シィナは、今、危機的状況の筈だ。盗んだ短剣に仕込まれた魔術術式のせいで、体は重くてまともに動けないし、術式が信号となっていて連中には居場所が筒抜け。
けっして、逃げられない。
少女はピンチだ。ベルはそれを知っている。
だから、本当なら助けてやるべきだろうかと思う。
あの猫娘は自分のことを知りもしないだろうが、自分にとってはそうではない。
″小説家″のスキルについては、自身でもよくは分からない。だが、状況から察するに、スキルによって書いた物語はフィクションではなく、現実に起こるモノ。未来の出来事を書き起こすモノなのだ。
ベルは、シィナとは面識がない。
だが、どうにも他人だとは思えない。
よく言う。物語などを書く者にとって、自分の手で生み出した登場人物はまるで我が子のように深い思い入れを抱くと。
……この場合、そういう感情に近いのだろうか。
とにかく、シィナのことは――――他人事だと、放ってはおけない。
……だが。
(いやでも、俺が助けに行くまでもなく――、シィナは、助かるんだよな……)
そう。
ベルは、彼女のここからの命運を知っている。
確かにひどい目には合う。実は裏の素性は非常にあくどいあの冒険者たちに追い詰められて、そのあと、とある地下施設に連れ去られてしまったりなんかする……。
でも、結果的には、助かるのだ。
ベルはそれを知っている。
だから、下手に自分がその状況に介入すると、むしろ良くないのではないか、と思えるのだ。
(俺が助けようとすることで、小説に書いたときのシナリオとずれてしまうかもしれないよな……)
自分がスキルによって書いた小説。
ここから、その筋書き通りの顛末になるとしたら、……それを、妨げることはできない。
単にシィナが助かるだけでなく、この街の行く末としても、その筋書き通りになるべきなのだ。
心配だが。
――だがまあ、捕まりはするものの、暴力を振るわれたりするわけではない。連れ去るときだって、『眠りの魔法』で眠らされるだけだ。手痛い仕打ちを受けるわけじゃない。
ベルは、シィナのことが気がかりで、このまま街を発つことはできない。
かといって、助けに行くべきか悩ましい。
酒場で一人、彼は、頭を抱えていた……。
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「はあ、ふう、……っ」
頭がくらくらする。
足がおぼつかない。
でも、シィナは懸命に歩いた。
あのまま店にいたら、店の主人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。
共犯だなんて思われたらいけない。
店を離れ、スラム街の奥、人気のないところまで歩いて行った。
高熱で意識が朦朧とするうえ、魔術の紐できつく締め付けられる右手が痛い。いやもう、痺れて感覚がない。
「うぅっ、くそぅ……。あたしがこんな、ヘマするなんて――」
ぎり、と歯を噛みしめる。
だが悔やんでも、もう遅い。
「おぉー! いたいた、シィナちゃん」
後ろから調子の良い声が聞こえ、びく、と肩を震わせるシィナ。
すぐに、五人の男によって周囲を取り囲まれてしまう。
――――冒険者パーティ『蜘蛛のレグレッチ』である。
「追いついたぜェ~。手癖の悪い子猫ちゃん」
「俺の短剣、よくも盗んでくれやがったな。そいつは貴重なシロモノなんだぜ?」
「はは、とか言って、自分でダンジョン潜って手に入れたもんでもねえけどな!」
「まあそうだけどよ。でも、お前みたいなスラム育ちの小娘がくすねていいようなものじゃねえんだ」
「それにしても驚いたぜ。呪いを受けてるってのに、移動してるんだもんよ」
「本当なら全身が痺れて動けねえハズなんだが。……獣人の血かね」
「だが、半端な抗魔力のせいで、余計苦しい思いをしたかもな」
「はは、違えねえ。大人しく道端で転がって動けない方が、案外、楽だったかもな。その体で逃げ回るのは辛かったろ?」
「でももう大丈夫。――――俺たちが来たからな。もう、重い体を引きずって逃げ回らなくてもな!」
そう言って、ヘラヘラと笑い合う冒険者メンバーたち。
「……!」
シィナは、男たちをキッと睨む。
「オイオイ、なんだその目は! 卑しい盗人が、勇者サマにたてつく気か?」
そう言って、スラリ――と、剣を抜く勇者。
短剣は貴重なモノだと言いながら、……彼にとってはただの飾りだ。短剣を扱うスキルは所持していない。
「今すぐ跪いて、ゴメンナサイ、って謝るんなら、ケガはさせずに済ませてやるぜ?」
冷たい眼差しが、少女を刺す。
「――――っ」
シィナは、逡巡するも、しかし言うことを聞く以外に選択肢はない。
憎らしそうに男どもを睨みながらも、ゆっくり、地面に膝をついた。
「――――ホラ、言いな。『勇者サマのダイジな短剣を盗んでゴメンナサイ』ってな」
下卑た目で見下ろしてくる五人の男。
こんな悪趣味な野郎どもに、頭を下げるなんて……嫌だが、仕方がない。もう逃げられないのだから、言う通りにするしかなかった。
シィナは、ゆっくりと、口を開く。
言いつつ、頭を下げようとした、そのときだ。
冒険者の一人、黒い外套に身を包んだ男が、すっ、と、少女に向けて手をかざし――――、
「……嘘だよ。許してやるわけねえだろ」
勇者がそう言うと、どっ、と、他の男たちが笑った。
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