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シーズン1/第一章

追記②(レオンについて)

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【新暦3820年/第6の月/10日】
【レオン】


 首筋に、ひたり、と冷たい刃の感触を感じる。

 僕は地に膝をついた状態で、身動きを封じられてしまっている。
 もし僕が身じろぎ一つでもすれば、――あるいはアルベルトが剣を握るその手を少しでも捻れば、すぐさま、鋭い刃によって僕の首筋には赤い線が入るだろう。

 さらに容赦なく剣を捌かれれば、即座に、僕の首は刎ね落ちる。


「一介の執事が、よくもここまで奮闘したものだ。驚いたよ」
 僕の命運をその手に握っている男が、そう言った。

 ……なぜ、こんなことになったのだろうか。

 一か月前……執事としてエルディーンの屋敷に勤めることになったとき。これからは新たに平凡な人生を歩んでいけるだろうかと期待したものだったのだが――……。


        /


 ……
 …………

 (一か月前からの追想)


 ロームルス地区の魔獣の森。
 最近、魔獣の生息域が拡大していて、危険だとは聞いていた。

 それでも、運が悪い。
 魔獣の中でも特に凶暴性の高いブラックホーンベアに遭遇するなんて。


 そのとき僕には魔獣と戦うような装備はなく、荒れ狂う獣に対してただただ逃げ惑うことしかできなかった。
 決死の思いで走り続け、気付けば街道に出ていた。
 その森の地理など全く知らなかった。当てもなく走った先が街道であったのは偶然である。その点で言えば、運が良かった。

 さすがに街道まで出れば安全だろう。そこは生息域の範囲外のはずだ。
 でも、命からがら魔獣が闊歩かっぽする森を駆け抜けてきて、すでに体力は底をついていた。僕は地面に倒れ込んだまま、動けずにいた。

 そこへ、彼女が現れた。


「だだ、大丈夫ですかっ!? どうしたんですか!」

 肩を揺らされ、目を覚ました。……すると、僕の眼前には年若い女性がいた。

 青みがかった長い黒髪。それをうなじのあたりで一つ括りにしている。僕の肩を揺らす動きに合わせて、その髪束が左右に振れている。

 『まるで天使だ』。
 そう思った。

 そのあまりの可憐さに、僕は稲妻に浮かれたかのような衝撃を受けたのだ。

 キアル、と名乗った彼女はその近くの屋敷に仕えるメイドらしく、彼女に肩を借りてその屋敷まで連れてもらった。


 それから先は、早かった。
 エルディーンの当主はいたく用心深い男であり、始めはよそ者の僕を警戒していた……当然であろう。それに僕は、それまでの生活について聞かれてもあまり詳しく話さなかった。
 ただ、長く話すうち、ありがたいことに彼は僕の人柄を評価してくれ、さらに通信機器が扱える腕を高く買われ、なんと屋敷で雇ってもらえることとなった。
 そこまでに話すが進むとは僕自身にも予想外のことだったが、ちょうどよかった。

 そのとき僕には行く当てなどもなかったのだ。

 住み込みで使用人として雇ってもらえるなら、そんな良い話はない。……それに、彼女との出会いは運命だとも感じていた。彼女と同じ屋根の下、同じ使用人という立場で働ける、そんな良い暮らしはないと思ったのだ。


 しかし。事件は突如として起こった。

 僕が来るよりも以前からこの屋敷で警備兵長として勤めていた男・アルベルトが、魔剣を狙って屋敷を占拠したのだ。

 魔剣……。
 旧時代から遺される伝説の魔導武器の一つ、ディスコルディアだ。

 確かに、ロームルス地区内のどこかの一族が『ディスコルディア』を密かに管理しているという情報は、、知っていた。まさかそれが拾われたエルディーンの屋敷であったとは思わなかったが。

 それからは、さんざんだった。

 アルベルトに足を斬られてしまう。
 キアルちゃんに手当てをしてもらえたのは幸いだったが、もうこれが最期とみて、思い切って彼女の思いの丈をぶつけようとするも失敗に終わってしまう。

 屋敷から脱出しようとしたが、あっさり監視の兵に見つかってしまう。



「キアルちゃん! ここは俺が食い止めるから! 先を急いでくれ」

 僕は、彼女を先に行かせるために囮となる決意をした。
 このまま二人で逃げてもやがて捕まるだろう。どちらかが兵士たちを食い止めておく必要がある。まさかその役目を彼女に任せるわけにもいくまい。

「えっ!? そんな、レオンさん! 一人であの数の兵士を相手にするなんて……」

「大丈夫、殺されはしないさ。ちょっとした時間稼ぎぐらいならできる。……ここで二人まとめて捕まってしまっては意味がないんだ。行ってくれっ」

「――――っ」
 彼女は、僕の身を案じてくれているようだ。
 躊躇するが、しかし悩んでいる時間さえ今は惜しいと悟ったのか、すぐに街道へ向けて駆け出した。


「れ、レオンさん! 私行きますっ!」

「ああ! 俺のことは気にしなくていいから、急いでお嬢様のもとへ――!」

 自分のことは気にせずとも良い。
 そう思うも、しかし、もしかすればここで自分は兵士たちに敗北して殺されてしまうかもしれない、その可能性もある。
 当然、その覚悟の上で足止め役を買って出たわけだが、もしここで命尽きるとなると――心残りがある。やはり、彼女への想いを胸に秘めたままでは死ぬに死ねない。


「キアルちゃん! やはり最後に聞いてくれ! ……僕、君のことが――」

 そう言いながら、僕は振り返ったのだが、……視線の先には、街道を走り、森の中へ入っていく彼女の後ろ姿が見えた。以外にも足が速い。彼女の背はみるみる小さくなっていく。

「…………」

 やはり、うまくいかないものだ。
 虚しく思う中、兵士たちが斬りかかって来る気配を感じた。

 さんざんだ。
 僕は内心、がくりと気を落としながらも、―脱す兵士が振り下ろしてきた剣を躱した。

 空振った勢いで倒れ込んだそいつらを踏みつけ、あるいは突き出される切っ先をなし、カウンターで腹に蹴りを入れてやる。倒れた兵士の手から剣を奪う。細い剣を力いっぱい振り抜き、鎧を砕く。


 せいぜい生半可な訓練をしてきただけの兵士だ。
 攻撃は単純で、隙だらけ。


「ふうっ、……」

 だが、そんな立ち回りも長くは持たない。人数が多すぎる。
 我ながら善戦した方ではあると思うが、次第に息も上がり、動きが鈍くなってしまう。

 ずいぶん、健闘した方がとは自負する。二十人弱いた兵士の中で、半分以上は倒しただろうか。だが、もう長時間動きっぱなしで体力も限界だった。


「そこまでだ」

 隙を突かれ、ひたり、と、首筋に剣が宛がわれた。
 アルベルトだった。

 屋敷前で兵士たちが苦戦している様子を見かねて、玄関ホールから出てきたらしい。

 …………
 ……


        /

「一介の執事が、よくもここまで奮闘したものだ。驚いたよ。……お前、ただの執事ではないな。何者だ? 答えろ」

 アルベルトが、僕の首に剣を添えながら詰問する。

「…………」

 正直、何者だと言われても、困るのだ。
 すべてを明かすとなれば、それはもう長い話になってしまうし、……何より彼には理解できまい。


 いつまでも黙っていては、いつか彼はしびれを切らして僕を斬り捨ててしまうだろうか。
 ……まあ、それでもいいかもしれない。
 僕など、想い人へ気持ちを打ち明けることもできないヘタレである。いやそれ以前に、そもそも僕がのおうのうと生きている資格などなかったかもしれな。過去、問うとき命をみすみす救えなかった僕などは……いっそここで一思いに死んでしまった方がスッキリしていいのではないか。

 そんなことを、考えていた。
 だが、うまくはいかないものだ。


「そこまでだ、アルベルト」
 凛々しい女性の声がその場に響いた。

 何者かの制止により、僕は延命されることとなった。いっそ死んでも構わないと思っていただけに、肩透かしを食らったような気になった。

 アルベルトが振り向く。
 僕もそちらへ首を向けたかったが、そうしては自ら首を裂くことになる。いやまあ、つい今しがた死を覚悟したばかりでそれを躊躇うのも妙だが。


「エシリィ・モーカートン。ようやく到着したな。遅かったじゃないか」

 アルベルトの言葉で、そこに立つ人物を知った。ダフニス駐屯所の師団長、エシリィだ。

 なんということだ。
 彼女がここにいるということは、キアルちゃんがお嬢様を止めるのが間に合わず、魔剣が敵の手へ渡ったということだろうか。
 では二人はどうなった?
 騎士団に捕まったのか。
 怪我などさせられていないだろうか。キアルちゃんは無事なのか。お嬢様は無事なのか。……あ、あとついでにお嬢様の護衛に就いたという例の男も無事なのだろうか。


 僕は状況が最悪の方向に進んでしまったのだと内心嘆いていた。
 ……のだが、なにやら様子がおかしい。

「アルベルト。作戦は中止にすべきだ。……私は思い直したのだ。やはりあの魔剣は、世に出すべきシロモノではない。今すぐ屋敷の人間たちを解放し、引き上げるんだ」

 女騎士は、アルベルトにそんなことを言った。

 僕は耳を疑った。騎士団は敵ではなかったのか。
 思い直した? ということは、彼女は僕らの味方側に転じてくれたという事か?
 果たして一体何があってそんなことになるのか。意味が分からなかった。
 僕は困惑したが、しかし僕以上にアルベルトの方が戸惑っていた。


「何を言っているんだ、エシリィ・モーカートン!」

 アルベルトは僕から剣を放し、女騎士に食ってかかる。
 激昂した様子の彼に対して彼女は実に冷静だ。落ち着いたまま、静かに言う。


「悪いな、ここでお前と言い合うつもりはない。……【エシリィ・モーカートン】――我が名を以って命ずる。眠りの精よ、彼の者に息吹いぶれ」

 ――彼女は躊躇なく、魔法を使用した。
 うわさに聞く眠りの魔法。かなり高度な魔法であると聞くが、さすがはヴァルキリーに選出された魔法使いだ。

 魔法を受けたアルベルトは、抵抗する間もなく意識を失い、倒れてしまう。



「大丈夫ですか、レオンさん!」
 師団長エシリィに続いて、キアルちゃんが街道の方からやって来た。

「あ、ああ……。大丈夫だけど。どうしてキアルちゃんが、ダフニスの師団長と一緒に居るんだ……?」

 キアルちゃんに続いて、ミレアお嬢様も一緒だった。
 お嬢様が白い布に包まれた棒状のものを持っている。察するに、あれが魔剣だ。
 ……さらに、魔人の傭兵たちも一緒に居るではないか。彼らは男を抱え上げている。青い服……ダフニスでちらりと見かけた、ゴウタロウとかいう例の男か。


「ご当主さまやミゲランさん、他の皆さんも無事なのでしょうか?」
「ああ。捕まっていただけで、特に怪我はないはずだよ。……えっと、キアルちゃん、これは一体……」

 状況が分からず、僕は彼女に説明を求めた。しかし、彼女は言うのだ。


「ご、ごめんなさい、レオンさん! ご説明は後で……すぐに、剛太郎さんを寝かせてあげなくちゃならないんです。彼、すごい熱で……!」

 彼女は切羽詰まった様子でそう言って、魔人を連れて屋敷内へ入っていく。
 いきなり魔人たちを屋敷に入れては、まだ何も事情を知らない皆は腰を抜かすのではないかと思うが、彼女にそんなことを考える余裕はなさそうだった。


「レオン。私が説明してあげるわ」
「お嬢様……」

 何が何やらわからないまま呆然としていた僕のもとに、ミレアお嬢様が歩み寄って来て言った。

「まあ、まず言えることは、ともかく、万事解決、一件落着なのよ。見ての通り魔剣はここにあるわ。アルベルトの手に渡らずに済んだってわけ。色々あったの、エシリィ師団長さんがこっちの味方になってくれた経緯とかゆっくり話すけど、……まずあなたに言っておくべきことがあるかな」

「な、なんですか?」


「キアルのことよ。……レオン、あなた、彼女のこと好きなんでしょ?」
「えっ……?」

 どうやら、僕の秘めた恋心はお嬢様に筒抜けであったらしい。
 見抜かれていたことに僕がショックを受ける間もなく、少女は言葉を続ける。

「レオン、悪いことは言わないわ。あのコのことは諦めなさい。キアルはもう、ゴウタロウさんにだもん」
「…………、へっ?」

「色々あったの。まあ私も直接見ていたわけじゃないけどね。彼は私たちのために命がけで戦ってくれて、魔剣の暴走を止めてくれたの。私たちの恩人よ。しかもその後に、偶然の事故で……二人の唇が触れ合っちゃってね。いわゆるキス。たぶんキアルはハジメテ。しかも、まんざらでもなさそう。……ごめん、もうね、言っちゃ悪いけど、レオンに勝ち目ないと思うよ」
「…………」

 まあ、元々思っていたさ。
 高嶺の花だ、僕には脈なんてないって。


 お嬢様が言うのも分かる。
 今さっきの様子を見ていてもそうだし、思い返せばダフニスで彼の宿部屋を訪ねてローブをプレゼントした時点からも察せられる、……キアルちゃんはあの男のことを特別に思っているのだ。

 僕に勝ち目はない。

 少なくとも、ただの雑魚兵士たちにさえ手こずり、せいぜい囮になることでしか彼女のためになれなかったような、そんな弱い僕ではだめだ。あの男への嫉妬心さえ湧かない。
 彼の存在以前に、僕自身に彼女を振り向かせられるだけの魅力が――強さがないのだ。


 師団長エシリィがアルベルトを連れて行って、魔剣も屋敷に戻されて、誰も重傷を負うようなこともなく、今回の騒ぎは何事もなかったかのように無事に収束した。
 ……だが、僕の心には大きな穴が開いた。自分の無力さを、まざまざと痛感したのだ。


        /


 荒らされた玄関ホールなどの片づけも完了して、ようやく落ち着いた頃。
 僕はすぐに、ご当主様にお話しをした。

「な、なに? 執事を辞めたい?」

 突然の申し出に、当主は驚いていた。
 拾ってもらった恩があるだけに、僕としても心苦しい。しかし、一度心に決めたことは曲げられない。


「今日の事件が堪えたか? すまぬな、我が一族の問題に君を巻き込んでしまって。……だが、何もそんな突然出ていくなど……」

「いえ。そういうことじゃないんです。今日、僕は何もお役に立てませんでした。それが歯がゆくて……。執事としてここで働かせていただいたこの一か月間は充実したものでしたが……、自分はこのままではだめだと思ったのです。また以前の環境に戻り、鍛え直さねばと……」

「以前の? ……レオン、君はここへ来る前のことはあまり詳しく話さなかったが。君は、以前は何をしていたのだ? 前の職業は?」

 当主は、少し遠慮がちな態度で僕に聞いてきた。


「ええ。今まではなさなくてすみませんでした。……僕は、『トレジャーハンター』をしていたのです」
「と、トレジャーハンター?」

 驚いた顔で復唱する当主。
 まあ、驚かれて当然だろう。そんな仕事で生活をしている人間などそうそういないし、そもそも真っ当な仕事とも言えない。


「あ、誤解しないでください。魔剣を狙ってこの屋敷に来たわけでは決してありません。――僕は一か月前、魔獣の森にある、とある遺跡へ行っていたのです。しかしそこでしくじってしまい、大切な装備も失い、なんとか街道まで逃げおおせたところで……キアルちゃんに助けてもらったのです。
 そこでもう、危険な仕事からは足を洗って、ずっとこの屋敷で働かせてもらえれば、と思っていたのですが……だめですね。今回の事件で何のお役にも立てなかったのが悔しくて。だからまた、過酷な環境へ自分の身を置いて、鍛え直すべきだと感じた次第です」

「あ、ああ……」

 いまいち僕の話が分からないといったように、困惑した顔をする当主。
 構わない。すべてを理解してもらうには、あまりに長い話をしなければならないし。悪いがこの場では、割愛させていただく。


「今夜中に、このお屋敷を出ようと思っています。急で申し訳ないのですが、もう心に決めたことですので」
「そんな、危険だ。一人で魔獣の森に入るなど……」

 当主は心配してくれたが、僕の意思は変わらない。


 僕は、夜のうちに屋敷を出た。

 別に、もはやキアルちゃんを振りかせたいだとかそういう問題じゃないのだ。
 弱いままの自分ではいられないという、自分への嫌悪感だ。

 ていうかぶっちゃけ、僕が強くなったからといって今更キアルちゃんの気持ちが僕へ向くなんてあり得ない。彼女はそんな移り気性な女性ではないし、あのゴウタロウという男だって僕が適うような男ではなさそうだ。

 話に聞いただけでも分かる。

 部外者であるはずなのに、ミアお嬢様の護衛を引き受け、魔人と戦い、魔剣に支配された師団長のことも命がけで救ってみせた。
 まるでのような、勇敢な男ではないか。

 そういえば、チラリと見ただけだが、よくよく思えば外見すらも似ているような気がする。あの勇敢な男――『』に。


        /


 ライトで足元を照らしながら、街道を歩く。
 辺りはほとんど暗闇に包まれていて、何も見えやしない。夜中にマルス街道を歩くなんて、危険なことをしている自覚はある。

 だが、思い立った以上、すぐにでも屋敷を出るしかなかった。気が逸り、夜明けを待つことすらはばかられたのだ。
 ……何より、今はもう彼女のそばにいるべきではない。こんなに弱い僕では、彼女のそばにいる資格はないのだ。


 エルディーンの屋敷を出て、街道を北へ向かって歩き続ける。
 木々が道に沿って所狭しに生え並ぶ中、途中、人一人分ほどの幅の道が森の中へ伸びていた。周辺の木々の幹には所々鋭利な刃で刻まれた跡があり、なるほどまさにここで魔剣が解き放たれたのだろうと察した。

 僕は、その獣道に入っていった。
 魔獣の生息域の範囲外だった街道から、危険な森に侵入していく。心細くはあるが、しかしこんな程度で弱気になっていてはいけない。


 街道から細い道に入り、しばらく歩くと、途端に開けた場所に出た。
 広場のようになっていて、その中にぽつんと、小さな教会堂が建っている。ホーリーベル教会堂だ。月明りで教会の白い壁が照らされて、周囲の暗闇の中でそこだけが浮き彫りになっていた。

 教会のステンドグラスがことごとく割れているのが、外から見ても分かる。
 枠だけになった窓から、光が漏れている。
 廃棄された教会の中に誰かがいるのだ。

 こんな夜中に教会に、一体誰が……?

 まっすぐ遺跡へ向かうつもりだったが、しかし教会の明かりが気になったもので、僕はゆっくりと中を窺った。おそらく魔剣の仕業だろう、扉は壊されていた。



「誰か、いるのか……?」

 控えめに、声をかけた。

 すると、奥の方でガタン、と音がした。同時に小さな悲鳴もあった。どうやら突然声をかけられて、驚いてどこかに体をぶつけたのだろう。

 一瞬聞こえた声は、少女のものだった。


「あなたは……だ、だれ?」

 教会の奥の部屋から、誰かが出てきた。……奥の方は暗がりになっていて、その姿がはっきりと見えない。しかし、シルエットからしてやはり少女であることは確かなようだ。


「僕は、レオン。エルディーンの屋敷で執事をやって……いたけど、ついさっきもう辞めてしまったんだけどね」

「エルディーンの? ということは、ミアちゃんの……」

 ミアお嬢様を知っているらしい。
 いや、待てよ、この教会堂にいるということは、この少女はもしかして……。


「私は、レミナ、です」

「ああ! この教会堂で暮らしていたっていう、孤児の子か。ここが魔獣の生息域になってしまって、ダフニスの町に移り住んだんだよな。お嬢様から聞いていたよ、よく一緒に遊んでいたって」

 確か、年齢もお嬢様とちょうど同じ十三歳で、昔から仲良くしていたと。僕は会うのは初めてだ。



「……で、君は教会で何をしてるのかな? 確かにここは元々君が暮らしていた教会堂だろうけど、何もこんな夜中に来なくても……。危ないよ」

「だって、誰にも見られたくなかったから。……このコ、見つかったら、きっと捕まえられちゃう……」

 そう言って、少女は静かに前へ出た。
 明るみの中に入り、ようやくその姿が窺えた。……といっても、外套を羽織って、フードを深くかぶっているので、まだその顔は見えない。


 しかし、少女が腕に抱きかかえる『それ』は、しっかりとその姿を露にしている。

 ――ドラゴンだ。

 体長は一メートルに満たない。ただし、翼の生えたトカゲのような体で、体表は鮮やかな赤色――小さくとも、確かにその姿は紛うことなきドラゴンである。


「え? え? えぇっ?」

 ドラゴンが、なぜ、こんなところにいるんだ?

 まだほんの子供だろうが、しかし竜種には違いない。
 それが、少女に抱きかかえられて、大人しくしている。
 見れば、胴体部にぐるぐると包帯が巻かれている。怪我をしているのか。察するに、この少女がその手当てをしたのか。なぜ?

 分からない。
 なぜこの少女がこんな夜中に教会堂にいるのか、
 なぜドラゴンがいるのか、
 なぜ少女はドラゴンの手当てをしているのか。

 少女はフードを深くかぶっていて、その顔は窺えない。
 フードの端からちらと覗くのは、淡い水色の髪。
 ……その鮮やかな髪色には、見覚えがあった。


 破壊の後が目まぐるしい教会堂にて、僕と少女は対面する。
 この状況でひとまず思うのは、なんだか、これから自分の身には今まで以上に大変なことが待っているのではないか、という予感だ。
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