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シーズン1/第一章

旅のお供

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【エルディーン邸】
【剛太郎】


 キアルが着替えを持ってきてくれたので、俺はそれに着替えた。
 男物の服を手に入室してきた彼女は、さあ脱いでください、と言わんばかりに待ち構えている。

「いや、大丈夫だよ。一人で着替えられる。もう熱も引いてるし、病人ってわけじゃないから……」

 俺がそう言うと、ハッとして、且つ顔を赤くして、彼女は足早に部屋を出て行った。
 元々天使だとか、向こうの世界の人間だったとか聞いても、やはり彼女は最初の印象通り、少し天然っぽいメイドのキアルなのである。


「お似合いですね、剛太郎さん」

 着替え終えた俺を見て、彼女が言う。ワイシャツにデニム生地の黒ズボンというごく普通の格好なので、褒められるほどのものではないと思うが。

「この服は、この屋敷の誰かの物なのかな。誰かに貸してもらってるなら、一応ちゃんとお礼を言いたいんだけど」
「あ、その服ですか。それは、えっと……レオンさんの服です。よければ剛太郎さんに差し上げる、とのことです」
「くれるのか? じゃあ、ありがたくもらっておこうかな」

 なにせ、俺は服などほとんど所持していない。
 ダフニスの宿で一着もらったが、それ以外は、相変わらずあの青いスーツだけだ。……といっても、あのスーツはもう魔人や魔剣との戦闘を経てズタボロで、もうとても着られる状態ではないが。


「レオンっていうと……、始めにダフニスで君が俺の宿を訊ねてきてくれたときに、一緒にいた執事だよな。……確か、昨日も色々と動いてくれてたんだよな」

 聞くに、彼は囮となってキアルを屋敷から逃がした。そうしてキアルが魔人を味方にして連れてきてくれなければ、俺は騎士団を相手にあっさりやられていただろう。
 ということは、彼の活躍がなければ昨日の一件はあのように丸く収まることもなかっただろう。


「服をくれるっていうんだし、それに何より昨日のことも礼を言いたいな。そのレオンって執事は、今は屋敷にいるのか?」
「レオンさんは、今はお屋敷にいないです。急に、執事を辞められてしまって……」

「え? そうなのか? 昨日の事件で何かあったのか?」
「いえ、私にもよくは分からないですが……なにぶん突然だったので」

 そう言って、寂しげな顔をするキアル。
 屋敷の人間に怪我はなかったと聞いたので、彼も無事ではあったのだろうが、負傷したなどとは別の何か問題でもあったのだろうか。


「あ、剛太郎さん。あの……。ごめんなさい、お着替えが済んだら色々詳しくお話しするって言ったのですが、それより先に、まずご当主様のお部屋へ来てくださいませんか?」
「ご当主?」
「ええ。さきほど、剛太郎さんを呼んでくるようにと言われまして。どうやらお話しがあるそうで……」

 この屋敷の当主というと、すなわちミアの父親だ。


《あなたに話しって、なんでしょうね。今回の件のお礼を言いたいみたいなことかしら》
((そうかもな))
《ここって一応それなりのお屋敷なんでしょ? もしかしたらお礼にものすごい大金くれちゃうんじゃないかしら? やったわね》

 もちろん、そういう報酬であれば俺は受け取るつもりはない、とミュウも知っている。冗談で言っているのだろう。

《そんなこと冷静に言わないでよ。冗談って分かってるんならあえて悪ノリするとか、そういうことしてくれてもいいじゃない》
((ああ、すまんすまん。気遣いが足りんかったな))
《ホントよ。そんな鈍感野郎じゃ、せっかくのあのコの気持ちも冷められちゃうわよ? まったく》

 何の話だろうか。分からなかったが、あまり脳内の会話に集中しすぎていると周囲から不審に映ってしまいかねないので、目の前に意識を切り替える。


 俺は寝かされていたその部屋を出て、長い廊下を歩く。階段を降りたところで、二人の人物が立っていた。背の小さな少女と、逆にすらりと長身の男。

「ゴウタロウさん!」
 俺の名を呼んで駆け寄って来たのは、ミアだった。

「えっと、おはようって言うべきなのかしら。いえ、それともお礼が先かな。……昨日、私は眠らされてしまったけれど、あの後もあなたは懸命に戦ってくれたんでしょう。あなたのおかげで、事件は無事に収まったわ。ありがとう」

「私からも、例を言わせてもらいますぞ。ゴウタロウ殿、ありがとう」

 ミアに続いてそう言ったのは、立派な白鬚を蓄えた老人だった。
 燕尾服を着ている、すなわち執事だ。

「私は当屋敷の執事長をしております、ミゲランと申します」


 ああ、ミアの話に聞いた老執事だ。元々、彼が魔剣をミアに持たせて彼女を屋敷から逃がしたのだ。
 彼のその機転がなければ俺がミアと出会うこともなかったし、魔剣はアルベルトの手に渡っていただろう。

 レオンだけでなく、彼の活躍もあってこそ皆が無事でいられる。
 というか、それを言うならミアやキアルだってそうだし、エシリィや魔人たちもそうなのだ。


《そうね。あなた一人の力では到底、事件解決には至ってないわよね》

((そりゃそうさ。みんなそれぞれ事件解決の立役者なんだよね。……だから、俺は別に自分がヒーローだなんて思わないよ。ていうか、むしろ誰だってヒーローになる得るわけだから、『自分こそがヒーローだ』なんて、そんなもんは傲慢だよ))

《ふうん。そういうもんなのね》

((そうだよ。ヒーローなんて世界中にいくらでもいるんだぜ))


「……どうかされたか、ゴウタロウ殿? なにやら急に黙ってしまわれて……」

 老執事が、怪しそうに俺を見てくる。
 しまった、さきほど気を付けようとしていたのに、やってしまった。

「ああ、ゴウタロウさんってこういう人なのよ。気にしないでミゲラン」

 慣れた様子で、ミアが言う。
 確かに、彼女には初めて会ったときから俺のそんな姿を見せている。


「さ、ゴウタロウさん。今からお父様に会うんでしょ? 私たちも一緒に行くわ」


        /


 階段を下りた先は玄関ホールだった。
 話に聞くには、昨日、屋敷の人たちはここで捕らえられていたわけだ。魔人たちが押し入る際に蹴破られたという玄関扉は直されていたが、急ごしらえなのか少々拙かった。

 玄関ホールから廊下に入る。
 長い廊下の奥、突き当りに南京錠がいくつもつけられた鉄扉が見える。あからさまに危険なものが納められていそうな、重厚な鉄の扉だ。

 その鉄扉の部屋まではいかず、少し手前の部屋の前でキアルが立ち止まった。コンコン、とノックし、「剛太郎さんをお連れしました」と、声をかける。ここが当主の私室らしい。


「どうぞ」
 そう返答があり、俺たちは入室する。


 広い部屋である。
 書斎も兼ねているようで、壁際に本棚が並び、多くの本が納められている。観葉植物が置かれたり絵画が飾られていたりと、豪奢ながら落ち着いた雰囲気もある、良い部屋だ。

 部屋の中心にガラステーブルと、それを挟むようにソファが対面で置かれている。ソファに腰かけていた男が、立ち上がり、挨拶をしてきた。


「当主のオズです。ゴウタロウ殿、昨日はミアを助けてくれてどうもありがとう」

 眼鏡をかけた落ちついた雰囲気の、五十手前程の男は、そう言って手を差し出してくる。
 俺も改めて名を名乗りながら、握手をする、なにやら気恥ずかしい。


「君にはいくらでも謝辞を並べたいところだが、聞けば君は急ぎの旅の途中らしいからな。さっそく、本題に移ろう。……さ、座り給え」

 促されるまま、ソファに腰かける。腰が深く沈む、座り心地のよいソファだ。


 当主は、壁に飾られている絵画の方へ歩み寄り、その淵に手をかける。
 ミゲランも手伝い、二人で大きな絵画をゆっくりと外した。
 絵画がかかっていた後ろの壁には窪みがあり、そこには窪みに合うよう設計されたらしい金庫がぴったりとはまっていた。

 当主がダイアルを回し、金庫を開ける。


 その中には、白い布で丁寧に包まれた棒状の物が入っていた。当主が、少し緊張した顔でそれを手に取る。
 俺の対面のソファに腰かけるとともに、テーブルの上にそれを置くのだ。

 聞くまでもなく分かる。これは、魔剣だ。


「教会で剛太郎さんが倒れられたあと……、あのまま置いていくわけにもいきませんので。私とお嬢様で再び布を巻いて封印して、お屋敷まで持ってきました。き、緊張しました」

 キアルが、俺が気を失ってしまった後の経緯を話してくれた。

「魔剣は無事にこの家のもとに戻って来たんすね。……えっと、俺にそれを確認させるために、わざわざ出してくれたんですか。どうも」

「いや、そうではない」

 当主がそう言って、コホン、と小さく咳払いをする。まさにこれから本題だぞと言わんばかりの所作である。


「キアルから聞いている。君は一度、この剣に触れたということだが……?」
「え? ……ああ、ええ。触りましたね」

 あのとき。エシリィに魔剣を突き刺されたが、俺はそのまま強引に身を引いて彼女から剣を放した。自分の腹に突き立つその剣に手をかけて、引き抜いたのだ。
 ――その際、魔剣の意思が俺の中に流れ込んできたのだが、ミュウによってヤツは呑み込まれ、消え去った。
 確かに俺はあのとき魔剣に直接触れている。


「本来、この剣に少しでも触れれば、たちまちその邪悪な魔力に呑まれ、正気を失うはずだ。君はそのとき瀕死の重傷であったということだが、それだけ弱っていながらそのまま剣を手にし、自らの意思で投げ捨てたということは……君は、魔剣の支配に抗えたということかね?」

 当主は、至極真剣な表情で俺に問う。

「抗えた、っていうと、まあ……そうっすね。確かに魔剣の意思が流れ込んできたけど、返り討ちにした感じ、ですかね」
「なんと……! まさかそんなことが可能だとは。一体、どうやって……」
「どう、と言われても……」

 答えることは難しい。
 宇宙から飛来したエネルギー生命体が頭の中にいて、それはその気になれば宇宙を支配できるほどの規模の力・ダークエネルギーであるから、魔剣の意思など容易に押し潰せたのだ――なんて、異世界人に言ったところで伝わらない。


「剛太郎さんは、普通の人間ではないのですよ。特別な人なんです、魔剣にも負けないような、すごい力を持っているんです」

 俺が答えに窮していると、キアルが当主にそう言ってくれた。確かにまあ、普通の人間ではない。


「ふむ。そうか……」
 彼女の言葉に具体性は皆無だったが、でもなんとなく説得力はあったようで、当主は納得していた。



「そうそう、お父様。ゴウタロウさん、魔人にも勝っちゃうぐらいだから。すごく強いから。ね、キアル」

「ええ。お嬢様の言う通りですよ、ご当主様。魔法も魔導武器も使わずに、その身一つで魔人に勝利する人なんて、剛太郎さんぐらいです」

「強いだけじゃないわ。人を助けようっていう正義感も、人一倍強いもの。邪悪な魔剣になんて支配されないわ。ね、キアル」

「ええ。お嬢様の言う通りです。実際、私たちは彼に助けていただいたのですから」

「それに、カッコイイもんね、キアル?」

「ええ。お嬢様の言う通りです。背が高くて力強い体つきですが、でも心はとってもお優しくって。とっても格好いいんですよ」

「惚れちゃうわよね、キアル?」

「ええ。お嬢様の言う通りです――って、あ……」


 そこまで言って、キアルは途端に顔を赤くし出した。
 耳の先まで瞬時に茹で上がり、「あ、ちょ、今のは流れで言っちゃっただけで、あの、深い意味は……いえ確かにカッコイイんですけど、って、あぁ……」と、慌てふためいている。

 意図的な誘導であったのだろう、そんなメイドを見てミアはにやにやと笑っていた。


《なーに照れてんのよ》
((いや別に照れてるわけじゃ……))

《うん、まあ、メイドちゃんが言うのも分かるわよ。剛太郎って割とイケてるわ。見た目の割にあんまりガツガツしてなくて、でもここぞと言うときにはすごく頼もしくってね、それに――》
((な、なんだよ、お前まで急にそんなことっ、やめろよ照れるだろ))

《やっぱ照れてんじゃん》
((…………))



 コホン、と。
 なにやらむず痒い空気が部屋に漂い始めていたところ、当主がまた咳払いをする。


「ともかく、君は魔剣に支配されることはない。――ならばここで今、この剣を手に取ってみてくれないか」
「え?」

 突然の振りに、思わず聞き返してしまう。
 だが、俺を見る当主の目、あるいは当主の後ろに控える老執事の目も、至極真剣なものであり、俺もすぐに気を引き締めて言う通りにした。


 もとより、逡巡しゅんじゅんする必要はない。

 魔剣によって惨劇が繰り広げられるというのは、まさにあの意識体のせいだ。アイツはもうこの剣の中にはいないことを俺は知っている。この剣に触れるのを躊躇することはない。



 魔剣を包む白い布を解いていく。すぐに、金色と黒色の混ざった重々しい雰囲気の剣が姿を見せた。ごくり、と、当主が緊張のために喉を鳴らす。

 俺は躊躇なく、ひょい、とその剣を手に取った。

 あまりに気軽に触れたものだから、当主や老執事、ミアは驚いた顔をする。キアルだけは、落ち着いた顔で魔剣を持つ俺を見ていた。


「大丈夫っすよ。正気を失ったりは……、って、ん?」

 緊張した様子で俺を見る彼らを安心させようと、俺は平常心であることを伝えようと思った。――だが、わずかに違和感を覚えた。


《これは……》

 重々しく、大きなエネルギー。
 魔剣には今なお、膨大な魔力が込められている。持っただけで、物理的なものとは違う『重さ』を感じる。

 それに、渦巻くそのエネルギーの中から、ふつふつと、なにか怪しい気配が沸き上がって来るのを感じた。背筋に冷たい物を宛がわれたような不快感。これは――……。



【くくくく、あっはっはっは! また目覚めた!】

 低い声でありながら、高笑いをする。
 男か女か判別し難い、煩わしい声が脳内で響いた。


 あのとき感じたものよりは、ずっと小さい。
 だが確実にアイツだ。
 魔剣の中に眠る意思。――エシリィを操り、望まぬまま彼女に他人を傷付けさせた、あの邪悪な意思……。


【私を殺したつもりか! くく、そう簡単に消えてたまるものか! 私は不死身だ。……ふん、なんだ、ちょうどあのとき殺し損ねたメイドや小娘もいるじゃないか、さっそくお前の体を使って――、】

《うっさい!》
 ミュウが、一喝する。

 途端に、頭の中で宇宙のエネルギーが渦巻くのを感じる。


【え、いや、ちょっと待て、今また目覚めたばかりだ……お、あ、くそおおおおおおおおおおおおっ、――――】

 またも汚い断末魔を残しつつ、魔剣はミュウによって押し潰されて消えた。



「ふう……」
 邪悪な意志が消え去ったのを感じ、俺が息を吐く。

「ど、どうしたのだねっ? ゴウタロウ殿」
「また魔剣の中の意識が俺の中に入ってきました。……けど、大丈夫っす。また返り討ちにしましたから」
「……ふむ? そ、そうか」

 他人から見れば魔剣を持って少しの間黙っていただけだろう。


 一度潰した相手だし、昨日よりもなんとなく小さかったように感じたので、正直言って何のことはない。
 だが、驚きはした。
 完全に消えたと思っていた魔剣の意思が、また復活して来るとは。

 小さいとはいえ、俺の頭の中にはミュウがいて、彼女のおかげで俺の肉体自体も強化されているからこそ支配されずに済んだ。
 だが他の人間ではそうはいかないかもしれない。
 少なくとも全く魔力を持っていないような一般人なら、容易に支配されてしまうだろう。



「魔剣を手にしていても、何ともないのか。――やはり、魔剣は君にしか扱えないということだな」
 そう言って、当主は立ち上がった。


「その剣……君が持って行ってくれ」


「えっ?」
 突然の申し出に驚いて思わず聞き返す。

「いや、この剣はこの家の一族が代々管理してきたモノでしょう。呪いの剣って言ってもぶっちゃけ歴史的な価値とかありそうだし。そんな、俺なんかが貰うわけには……」

「いや。君が持つべきだ。……昨日の件で、我々ではこの剣を守り切れないということはすでに露呈している。――ならば、君に託したい。魔剣に支配されることもなく、そして何より正義の心を持つ君こそ、この剣を持つにふさわしいに違いない。……頼む」

 そう言って、当主は頭を下げた。

 後ろで控えていた老執事が慌てて制止しようとするが、それこそ当主の誠意だと思ったのか、主人に倣って自身も頭を下げた。


「分かった、これは俺が受け取りますから。頭上げてください」
 誠意を以って頭を下げられて、それで断るなんてできるわけがない。

「ありがとう、ゴウタロウ殿。厄介を押し付けているようでたいへん申し訳ないのだが」

「いやそんな。実際、この剣があればこれから心強いんで」

 今更あげつらうのもはばかられるほど馴染んでしまってはいるが、ここは、ファンタジーの世界なのだ。
 まだここへ来て三日目だが、すでに魔獣、魔人、魔剣――と、魔のつくものとの戦闘をなんと三つも経験している。武器はあった方が心強いし、それが伝説の魔剣ともあれば尚のことだ。



《ふうん。これは思いがけず賜った『旅のお供』ね》
((ああ))

《それにしても、確かに『魔』のつくものとばっかり戦っているわね。ほかに『魔』のつくものって何かあるかしら》
((別にたまたま『魔』が続いただけで、次もそうだとは限らんけどな))

《ああ、あったわ。『魔王』とか》
((さすがにそこまではいかんだろ……))

 というかこの世界には魔王っているのだろうか。



「ゴウタロウ殿。確か、パンドラへ向かわれる旅の途中だと聞いているが」

「ええ。悪いんすけど、急ぎの旅で。一晩泊めてもらって、どうもありがとう。……もうじきに、ここを発とうと思います」

「行っちゃうの、ゴウタロウさん?」
 ミアが寂しそうに言う。

 俺が彼女と始めに会ったのは、兵士に追われながらも、皆を守ろうと懸命に走っていたところだった。
 少女ながらに、とても健気でしっかりしたお嬢様なのだ。
 ただし、寂しそうに別れを惜しむその様子はまさに子供らしい。


「本音を言えば、君のような逞しい青年が屋敷の警備に就いてほしいくらいだよ」

「そうですな、ご当主様」

「とはいえ、魔剣を隠し持つこともないのであれば、過剰な警備態勢を敷くこともないのだが。これを機に、もう少し町の近くに居を移すことも考えてみようか」

「そうですな。こうして僻地に暮らすのは、魔剣を秘する使命があればこそ。……町に別宅をご用意為されるのも良いお考えかと存じますぞ」

「ほんとっ? お父様!」

 親子と執事が、和気あいあいと話しをしている。


 代々、密かに魔剣を管理する……その使命を背負うがゆえに、苦労もあったのだろうか。


 そういえば、一度エシリィに言われていた。エルディーンの屋敷の当主はいたく用心深い男で、何か困ったことがあっても助けは期待するなとかなんとか……。
 一族の使命のために、致し方なく他人と距離を取っていて、そのような印象を受けてしまっていたのだろう。俺が魔剣を引き取って行くことで彼らが一族の使命から解放されて幸せになるのなら、俺としても嬉しいことである。

「ねっ、キアル。あなたも、買い出しの度に長い街道を歩くの、たいへんだって言ってたじゃない。町の近くに住めば、それも必要なくなるわ。よかったね」

「え、っと……」

 ミアに笑顔で向けられたキアルだが、なにやら気まずそうに言葉を詰まらせる。


「どうしたの、キアル?」



「いえ、あの……。お嬢様、ご当主様。突然このようなことを申し上げて、たいへん恐縮なのですが、その、私……、お暇をいただきたく存じまして……」

 おずおずとそう言った彼女に、当主やミア、ミゲランも、驚いた顔をする。


《暇をいただくって、この場合アレよね……。休暇を取りたいってことじゃなく、お仕事を辞めたいってことよね。あのコ、メイドを辞めるの?》

((そうみたいだな……))


 まあ、彼女にとってここが転機となり得るのは十分理解できる。
 なにせ彼女は、前世の記憶を思い出して、『天使の力』を覚醒させたのだ。それがどういう心境なのかまでは察せられないが、色々と思うところはあるだろう。


「そんな、キアル。ここを辞めるなんて……。そんな急に」

「うむ。……まあ、こちらから強引に引き留めることはできないが。しかしキアル、そのように唐突にここを離れて、これからどうするつもりなのかね?」

「それは……」

 ミアと当主にそう言われ、彼女は少し考え込むように俯き、……そして意を決したように顔を上げると、俺の方に視線を向けて、言うのだ。



「――あのっ、剛太郎さん!」
「な、なんだ?」

 ぎゅっ、と、胸の前で拳を握りつつ、彼女は俺をまっすぐ見る。
 澄んだ目で見据えられ、俺は思わず居直り、彼女の言葉を聞く。


「いきなりで、不躾なお願いなのは重々承知しているのですがっ! わ、わた、私を、……一緒に連れて行ってくれませんか!?」


「へっ?」

 思いがけない言葉に、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。そんな俺に、彼女は容赦なく歩み寄って来て言うのだ。


「私、――あなたのおそばにいたいんです。お願いします!」
 そう言って彼女は、頭を下げる。

「わ、分かったよ。一緒に行こう。だから頭上げてくれ、キアル」

 誠意を以って頭を下げられて、それで断るなんてできるはずがない。


「ほんとですかっ? あ、ありがとうございます!」

 嬉しそうに笑顔を咲かせるキアル。
 まさに天使のように純真なその笑顔を間近に見せられて、思わず心臓がどきりと鳴る。


《ふふ。これは……思いがけず賜った旅のお供、ね》
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