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シーズン1/第二章

□あくあついんず□⑬

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「今日はしっかり好調ですね。昨日は折り返しに失敗して頭をぶつけるなんて、とんでもない失態です。もう気を抜いてはだめですよ」
「は、はい……」

 特別顧問、上井戸に言われ、委縮した様子で返事をする水萌。


 放課後、部活動の時間。

 昨日、水萌は珍しくミスをした。なにやら力が沸き上がるような不思議な高まりがあり、そのせいで気を緩めてしまったのか、ぐんぐんと泳ぎ進むのを制御できず、折り返しの際に頭を壁に激突させてしまった。

 そんな恥ずかしい失態を晒してしまった翌日。今日は、好調な滑り出しだった。
 昨日のミスが嘘のように、またも、ぐんとタイムを伸ばしている。それを上井戸に褒められるが、水萌の顔は少し晴れない。


 昨日、彼に怒られたことがショックだった。

 怒鳴りつけられたわけではないが、落ち着いた声のまま長々と叱責されるのは少女には堪えた。
 何より、普段はとても優しく丁寧な指導をする彼が、頭をぶつけたのを心配もせずいきなり責めてきたものだから、怖かった。

 水萌だけでなく、それを見た他の部員もどこか彼への信頼を揺らがせている。……だが、当の本人はそんなことを知る由もないのか、あるいは察しながらも気にも留めていないのか、――実に平然とした様子で、本日の指導を行っている。それがまた、少々怖い。

 優しい笑顔の爽やかな青年、その裏の怖い部分が垣間見えたようで、少女はいささか緊張してしまっているのだ。


 ただ、水萌の姉である水帆は、部内に漂うその微妙な空気を感じられていなかった。

 水帆は昨日、部活を休んでいた。その日の体育で顔面にボールの直撃を受け、念のために休むよう保健の先生に言われたのだ。
 水萌が、部活でミスをして先生に怒られた、なんてわざわざ水帆に言うこともないので、水帆は昨日のことを知らない。

 水帆は、上井戸の笑顔を見て恐怖することもなく、ただとにかく水萌のことを見ていた。妹の泳ぐ姿を見るその顔は、なんとなく、嬉しそうであった。


「なんか嬉しそうだね、水帆」

 水帆の顔を見て、藤岡千里がそう言ってきた。
 藤岡は水泳部の仲間だ。特に、水萌と同じクラスであり、彼女と仲が良い。そして水萌の友人は往々にして水帆の友人にもなる。

「うん。水萌ちゃん、調子よさそうだもん」
「水萌が調子いいと嬉しいの? どうしたの。いつも、負けてらんない、って言って、悔しそうにするのに」
「あ、うん。まあね。前はそうだったけど」

 でも、今は違う。
 決めたからだ。

 水萌のことを応援する。

 ここ最近、水萌には何かと差を付けられていた。運動でも勉学でも。それが悔しかった。でも、そんな黒い感情は昨日吹っ切れた。
 双子の妹に対して、もう無為なライバル心を燃やすことはしない。
 潔く、彼女のことを応援しよう。そう決めた。

 上井戸に褒められている水萌を見て、まるで自分のことの様に嬉しくなってしまう。こんな気持ちは初めてだった。

 ……と、そんな爽やかな気持ちのところに、不意に尿意が訪れる。


「藤岡ちゃん。私、おトイレ行ってくる」
「あーはいはい。面倒なやつね」

 そう言ってひらひらと手を振る水帆。女子が水泳中にトイレに立つと手間がかかるものである。

 水帆がいない間。
 事件は再び起こった。

 水萌がまた一本泳いだ。スタートはとても好調である。その小さな体のどこにそんなパワーがあるのかと疑いたくなるほど、目を見張るスピードでぐんぐんと推進していく水萌。
 ……だが折り返しを迎えるところで、その速度を制御しきれず、そのまま勢い余って壁に激突してしまう。

「――――っ!?」
 がぼっ、と、あぶくを吐き出す水萌。

 頭頂部に鮮烈な痛みが走り、水中でもがく。だが溺れはしない。手で頭を押さえながら、すぐに顔を出した。

「ぷっは」

 顔を上げると、プールサイドに立った男がこちらを見下ろしていた。



        /


「まさか上井戸せんせーが怒るなんてね」
 帰路のバスの中、水帆が意外そうな顔で言った。

「……水帆は知らないだろうけどさ。二日連続なんだよ」
「昨日も?」
「うん。昨日も、おんなじように折り返しで見吸って頭ぶつけちゃってさ。……はあ、なあんでこんなミスしちゃうかなあ」

 自分でも不思議だった。

 こと『速く泳ぐ』に関しては、むしろ急激に力がついたような気がする。なにかこう、身の内から力が湧き出るのだ。それはやはり、『海龍シーロンのウロコ』の力が、より引き出せるようになったからか。

 だが、その制御がうまくいかない。

 湧き上がる『感覚』が自分の器に収まりきらず溢れ出てしまうような感じで、どうにも思ったようにできない。水を一掻きするたび、自分でも驚くほどの勢いで泳ぎ進む。それに驚いているうち、気付けば壁に激突している。


「私がトイレから帰ってきたら水萌ちゃんが上井戸せんせーに怒られてるんだもん、びっくりしたよ」
「いやもう、ホント、こわかったよ……」

 ふう、と息をつく水萌。
 激しく怒鳴られるのも怖いものだが、ああやって静かに起こられるのもかなり堪える。

 ただ、あのあと少し休憩を挟んでからもう一度泳いだときは、かなり調子が良かった。
 また頭をぶつけることはなくホッと安堵していたところ、上井戸が歩み寄ってきて、柔和な笑みで褒めてくれた。ついさきほどは叱責してきたのにコロリと態度を変えてくるあたり、余計に怖く感じるのだ。

 と言いつつ、そうやって泳ぎに極端にムラがある自分にも問題があるのは自覚している。おかしい。前まではこんなことにはならなかったのだが。


「まったく。しっかりしてよね。私、水萌ちゃんのこと応援してるんだからね」
「応援なんかいーよ。泳ぎ終わって、すっごい視線感じるなって思ったら水帆がこっち見てるんだもん。やりづらいわ」

「そりゃ見てるでしょ、せんせーも皆も、水萌が泳ぐの見てるよ」
「いやいや、水帆の視線だけなんか強いんだよ。いっそ泳いでる途中だって感じるモン」

「え、すごいね。泳ぎながら視線なんか感じられるの?」
「いや別にこの場合すごいとかじゃないでしょ」

「えー? そんなことないよ。水萌ちゃんはすごいよ」
「…………」

 何が嬉しいのか、えへへ、と笑う水帆。


 なんだか、保健室のとき以来、水帆の態度が一変したように感じる。
 姉の変わりように水萌は戸惑いが隠せない。

 部活では、調子が良いかと思いきや油断した途端にミスをする。そして上井戸先生に怒られる。そして、家ではまた別に心を摩耗する。

 そんな水萌の複雑な心境とは対照的に、水帆は実に爽やかなのである。つい先日までは逆だったのだが。妙なものである。


        /


 現在、水萌の生活は二面性を持っている。

 表として、今までと変わらない日常生活。この春から中学生となり、学校へ通い、部活に精を出し、そしてゲームなどに興じる生活だ。

 裏として、地上侵略を目論む海底人との戦いの宿命を負う少女としての生活。やがて攻め来る敵に対抗するため、『水精錬金アクアアルケミー』の完全習得を目標に、日々、特訓をしている。
 そんないまいち現実感のない生活の発端となったのは、ぬいぐるみ『ドラコ』の中に魂を宿した海底人オスティマが現れたことだ。


『まずいぜ、ミナモ。もう敵が来るのはついに明日に迫ってる。明日の夜、敵は生体兵器【海蟲シーワーム】を地上へ放つ……。【水精錬金アクアアルケミー】の神髄、水を媒介とした金属の精製術を操れなきゃ、あのバケモノには対抗できねえぞ』

 柔らかな素材の口をもぞもぞと動かして、彼は言うのだ。


 部活を終え、帰宅後。
 上井戸先生に怒られてあまり気分の晴れやかでない中、しかし休んでもいられない。そんなことは知ったことか、と言わんばかりに、帰宅して自室に入ったら早々にオスティマが術の練習を迫って来た。


「わかってるよお。……でも、できないものはできないんだもん。どうすればいいのか、あたしにもわかんないよ」

『お前が出来なけりゃ、誰がやるんだ。【大いなる海の力】を持つのはお前ら双子だけ。そんでもって、力を引き出せるのは、海底人を魂リンクをしたミナモだけなんだぞ。お前が戦えなけりゃ、【海蟲シーワーム】は海岸を越えて町まで攻め入る。地上人どもは喰い尽されるぞ』
「…………」

 一応、始めにオスティマから話を聞いた時点から分かっていたことではあるが、改めてその事実――自分の手に大勢の人間の命運がかかっているということを告げられると、さすがに水萌の表情も曇る。

 オスティマも、水萌にプレッシャーを与えてしまわないよう、あえてこういった言い方はしてこなかったのだろうが、ついに敵の侵攻が目前と迫った今、はっきりと行ってしまったのだろう。


「しーわーむが、海岸を越えて町に……」

 小さく、彼の言葉を反芻はんすうするように言う水萌。

 始めの日、夜の海岸に現れたあの奇怪な怪物、『海蟲シーワーム』。赤黒いような体表で、細長い胴体の左右から幾本もの足が生え並び、足には棘が連なる。頭部に目はなく、二本の触角が伸びていた。


「そっか、そうだよね。あたしが倒さないと、あのバケモノが地上に攻めて来るんだもんね……」

 この町に住む住人たち、いやそれだけでなく日本中、いっそ世界中の人間さえ、それによって危険が及んでしまうことだろう。
 だが、そんな大規模な話、少女の身に余る。それほどの人間たちの命運を自分が握っているなんて、到底、実感できるものではない。

 ただ、水萌が思うのは一つ。
 水帆のことだ。

 彼女は虫が苦手だ。
 巨大な足つき蠕虫とも見えるあのバケモノがもし水帆の目前に現れたら、彼女は一秒と数えないうちに卒倒してしまうのではないだろうか。逃げることもできず、……オスティマの言う通り、喰い尽されてしまうかもしれない。


「そうだね、また、つい弱音吐いちゃったや。……あのコのために、あたし、戦わなきゃなんないんだもんね」
 ふ、と息を整えるようにそう言って、水萌は正面に向き直った。

 水萌の部屋の中心に置かれた、小さな丸テーブル。その上に載った、水の入ったコップ。それに、じ、と視線を向ける。

 すぐに、くるくると水が渦巻き始める。
 そして、水はゆっくりとコップから離れていき、ふよふよと宙に浮いた。なおも渦巻きながら、丸い球体へと形を変える。


『よし。ここまでは序の口だ。さらに意識を集中して、水の【錬金】をするんだ。あのときみたいに、水から武器を造り出して見ろ』

 あのときみたいに。バケモノと戦ったときだ。あのときは力が活性化していて、『水精錬金アクアアルケミー』を自由に使えた。その力で、水萌はなんと短機関銃と対物ライフルを造り出したのだ。

「むう……っ」

 あのときのことを思い出す。
 その『感覚』が、胸の奥底にあるのを確かに感じる。その感覚が意識の表層部にまで上がって来れば術を自在に操れる。その確信がある。


 目を閉じ、意識を集中させる。

 頭の中がもやもやとする。その靄の中に、かつて術を操った『感覚』が眠っているような感じだ。それを必死に手繰り寄せようとするのだが、しかし一面のもやの中では当てもない。
 そんな彼女の心に呼応してか、宙に浮く水塊はぐにゃりぐにゃりと不規則に形を歪める。
 時折、硬質化したようにガチリと動きを固める。そして、一部、変質を始める。つややかな水から煌めく鉄へ、水塊の端からゆっくりと変化していくのだ。


『お、おお……。いいぞ、ミナモ』
「ん、むぅ、ふっ……」

 な頭の中で何かと格闘しているかのように、目を閉じながら妙な声を出す水萌。

 イメージするのは、FPSゲームで見る銃器だ。
 室内で造形するには小さいものがよいだろうと、拳銃を思い描く。現実の重火器について詳しいわけではないが、昔からFPSのゲームをよくやるので、ゲームに登場するものに関しては良く知っている。


 次第に、彼女の目の前に浮かぶ水の塊は、拳銃の形へと変わっていく。

 細長い銃身と、そこから屈折して銃把部分、引き金と、その周りを囲う用心金、安全器や撃鉄など、拳銃の細かな造形が象られていく。
 形が出来上がった端から、透明な水から重厚感のある鉄へと変化していくのだ。
 非常にゆっくりとした速度だが、水が変形と変質を経て、拳銃が出来上がっていった。


『おお……っ。やったぜミナモ!』
 『水精錬金アクアアルケミー』による武器の精製。ようやくその再現が出来、歓喜するぬいぐるみ。

「ふうっ、はあ……」
 ものすごい集中力を費やしたためか、水萌は息を荒くしている。

『この調子だぜ! さあ、なにか他のものも造れないか。あのときの、【さぶましんがん】っての、もう一度見せてくれよ』
「うう、ん……。あっ、だめ」
『ん?』
「や、やだっ、……もう、だめぇ」
『は? おいミナモ、急に何を変な声出して……』

 と、オスティマが怪訝そうに水萌の顔を覗き込んだとき。


 ばしゃあああああああん、と、水が炸裂した。


『おわっ!?』
「わぷっ」

 コップ一杯分よりも明らかに質量の増した水が、室内に広がった。

 拳銃の形となり、鉄へと変質していた水。それを造形させたままとどめておくことができず、たちまち鉄から水へ戻って勢いよく爆発してしまったのだ。


「うう……。びしょ濡れになっちゃった」
『まだ完全には使いこなせてはいねえみたいだな……』
「うん……」

 力なく、頷く水萌。

『だが、形にはなってる。きっと大丈夫だ、やれる』

 明日の夜、海底から生体兵器『海蟲シーワーム』がやってくる。術を完全に使いこなせていない現状では心もとないが、きっとなんとかなる。オスティマは水萌を励ますように、あるいは自身にも言い聞かせるように、そう言った。


「濡れちゃったし、このままお風呂入ってくる」
『おう』
「ドラコ、悪いけど床拭いといてくんない?」
『しかたねえ、それぐらいなら、やっといてやるよ』

 水萌は着替えを持って部屋を出た。
 ぱたん、と扉が閉まると、ぬいぐるみは棚に入っていたタオルを短い両手で挟んで取り出し、せっせと床拭きを始めた。


        /


「ふう……」

 風呂の湯に肩まで浸かりながら、水萌は息をついた。
 まだ実感がないのだ。

 オスティマと会った初日の夜、海から現れたバケモノと戦った。つい二十数日前のことなのに、その記憶は夢の中の出来事だったかのように希薄だ。自分の記憶と思えない。それほど現実離れした状況だったからか。

 あれがまた、明日の夜には再来する。
 実感が、湧かない。

 怖いとか不安だとか、そういうことだけではない。
 明日の戦いへの実感がないせいか、それらあやふやとした感情を確と囲う枠がなく、どろりと胸の内から溶け出して全身に重たくのしかかってくる。
 温かな湯に優しく抱かれて、ほっと安らぐのは表面ばかり。その安らぎは体の内側まで浸透してくれない。


「水萌ちゃーん?」
 不意に、浴室扉の向こうから声がかけられた。

「な、なにっ? 水帆?」
「私も、入っていーい?」
「え? また?」

 先日と同じく、突然、水帆が一緒に入浴したいと言ってきた。

 断る理由はないので、水萌は姉の申し出を受け入れる。水帆は「ありがと」と短く言うと、すぐに服を脱ぎ始める。
 しゅるり、ぱさり、と衣服を脱ぎ、脱衣所にある洗濯カゴに投げ入れられていく音が浴室扉越しに聞こえて来る。

 そして、扉を開けて浴室に入って来る水帆。

 ここ最近、彼女と一緒に風呂に入るのが多いし、共に水泳部に所属しているので、水帆の体はすっかり見慣れている。
 身長はほとんど変わらないのに、胸だけは水萌より少し大きい。
 見慣れているのに、それを目の当たりにして悔しさが込み上げてくるのにはまったく慣れない。


「水帆、なんで最近、一緒にお風呂入りたがるのよ」
 体を洗い終え、湯船に入って来た水帆。狭い浴槽の中で並んで浸かる彼女に対し、水萌は尋ねた。

「なんでって。いいじゃない、別に」
「まあ、いいけど」
「昔はいつも一緒に入ってたもんね」
「そうだね……」

 確かに昔はそうだった。……昔、とはいっても、せいぜい数年前の話だが。


「水萌ちゃん、やっぱり最近ちょっと変わったよね」
 ふと、水帆が言う。

「運動も勉強も、急にぐんと成績伸ばしてさ。……かと思えば、今度は急にブレ始めたじゃない。部活でミスするなんて、今までなかったのに」
「う、うん。まあ……」

 すべて、かつて触れた『海龍シーロンのウロコ』の力によるもの。
 『水精錬金アクアアルケミー』の特訓を始めて、その力が引き出せるようになった。それによって色々な能力が跳ね上がった。
 ……だが、ついに神髄たる錬金の術へと至ったところ、大きくなったその力の制御をうまく制御しきれなくなり、結果として水泳の技術に関してはかなり不安定になってしまっている。
 基本的にはかなり良い記録を出せるが、つい気を抜くと勢い余って壁に激突してしまう。水萌自身にも、調子の良いときと悪いときの差が把握できない。


「でも、私は水萌ちゃんのこと応援してるからね。部活だけじゃなくって、色々と。そう決めたからね。自分のことをみんなに見てもらうことよりも、水萌ちゃんと一緒にいることをいっぱい自慢できる方が嬉しいもの」
「なにそれ」

 そんなことを面と向かって言われると恥ずかしい。当の水帆はまったく恥じらいなどない様子だが。

 でも、水帆がいくら応援してくれていようとも、しかし明日のことには関係がない……と水萌は思う。
 彼女の声援はあくまで部活とか日常生活におけることであって、海底帝国から攻め込んで来る生体兵器のことなど水帆は知らない。

 水帆のために、戦わなくては。
 それは、あくまで水萌の一方的な意思。

 水萌は、ふ、と短く息を吐いて勇み立つ。どんよりと沈んでいた気持ちを、気合で持ち上げる。


「あたし、頑張るわ」
 それだけ言えば、水帆は『水泳に向けて』と思うだろう。だが、水萌の気持ちは来る戦いに向いている。

「うん。頑張ってね」
 水帆は、穏やかな表情で言う。そのエールは『水泳に向けて』言っているのだろう。見ている先は違えども、それでも水帆の言葉は励みにはなるのだ。


 風呂から上がれば、またきっと『特訓』をさせられる。戦いは明日なのだ。
 今夜こそは、いつも以上にみっちりと……それこそいっそ徹夜までさせられてしまうかもしれない。
 ドラコは、上井戸先生とはまた違ってスパルタなのである。それでも、なんとか頑張ろうと思えた。

 浴室内にふと訪れた沈黙。会話の切れ目のようなもので、別に気にするようなことはない。
 ちゃぽん、と滴が湯に落ち、波紋が広がる中、水萌と水帆は目を合わせた。

 そして、示し合わせたようにお互いに顔を寄せていく。


 ぴと、と。

 水萌は左目、水帆は右目――それぞれの目じりを、触れ合わせた。
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