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シーズン1/第一章

ロームルスの秘剣⑤(追う魔人)

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【マルス街道、剛太郎とミア】


「ところで『魔人』、って、どんなやつなんだ?」

 森の中の街道を歩くのは、布で包まれた剣を抱える少女と、青いスーツの男。

 剛太郎は、ミアを助けようと兵士に向かっていくときにローブとリュックを道端に脱ぎ捨てていた。それらを身に着けたままでは戦闘時、動くのに邪魔になってしまう。
 いつ追手が来て戦闘になるとも知れないので、今はそれらを手に持って歩いている。

 ミアは、転んで足を怪我している。ダフニスの町まで急ぎたいところだが、生憎走ることはできない。
 そんな少女に歩幅を合わせて歩きつつ、剛太郎は彼女に『魔人』について聞いたのだ。

 ミアの話にあった、屋敷に押し入って来たという魔人。それがどんなものなのか、気になった。


「魔人は……、遠くの氷の大陸に棲む種族よ」
「人間を襲って食べるみたいな、感じなのか?」

「そんなことないわ。人間を食べたりはしないよ。……すっごく昔、旧時代には、人間は魔人族に支配されていたり、何度も戦争が繰り返されたりしたって、学院で聞かされたけどね。でも、数十年前に休戦になって、今はもう人間も魔人も共存する時代よ」

 剛太郎には全く知り得ない、異世界の歴史だった。
 聞くに、どうやらファンタジーとしてよくある、『魔王が人間を支配している』みたいなことは、現代にはないらしい。
 共存している。ということは、両者の間にある程度共通の法が存在しているということか。いくらファンタジー的な異世界とはいえ、れっきとした社会文明が築かれているわけである。


「人間を食べたりは、しないけど、でも、人間よりは圧倒的に強いよ」
「強い?」
「ええ。普通の人間では、絶対に敵わないわ」

 突然、屋敷に魔人たちが押し入って来た時のことを思い出したのだろうか、ミアは我が身を抱くようにして言う。

「絶対に敵わない? なんだ、異形な化け物か何かなのか?」

「い、いいえ。体の形は同じよ。……でも、彼等の肉体は特別なの。魔人族はみんな生まれつき、とても強い『魔力』を持ってる。だから、同じく『魔力』を伴った攻撃でないと、彼等には傷をけられない。蹴っても殴ってもびくともしないどころか、剣で斬っても槍で刺しても……魔力による攻撃でない限り、通じない。傷をつけられても、すぐに治癒してしまうらしいわ」

「無敵じゃないか」
「ええ。無敵なの」
「…………」

 そんなものが、敵についているのか。剛太郎は絶句した。


「しかし。魔力、ねえ……」

 確かに、ファンタジーの世界らしい言葉だ。だが、どうにも漠然としたイメージだ。

「魔力を伴う攻撃って、なに。魔法とか?」

「ええ。魔法。でも、魔法なんて、もう今の時代に使える人は珍しいよ。あとは魔導武器を使えばいいけど、でも簡単に扱えるものではないし、どっちみちそれも希少なものだし」
「ふうん」

 実際に使用する場面は見ていないものの、エシリィが魔法を使えるということを剛太郎は知っている。魔法を使って黒熊の大群を眠らせてみせたのだ。ただし、彼女のように魔法を使える人間というのは希少らしい。

 魔法や、魔導武器……。
 さきほどの兵士たちとの戦闘ではそう感じることはなかったが、やはりここは異世界なので、そういった『ファンタジーな』戦いというものもあるのだ。
 ――とはいえ、今まで宇宙怪人と戦ってきた剛太郎だ、地球にない強力な武器や地球人の常識を逸脱した強靭な肉体、というものにはいっそ慣れているわけだが。


「魔導武器って、その剣はそうじゃないのか?」
 少女が抱える棒状の包み――敵が狙う魔剣に視線を向け、剛太郎が言う。

「そうよ。これも魔導武器になるわね。特に、旧時代のものだから、込められた魔力も相当なものよ」
「じゃあ、もし魔人族が追って来て戦闘になったら、その剣を使えばいいじゃないか」

「だ、だめよ! ちゃんと話聞いてたの? この剣は呪いの魔剣よ。直接触っては、たちどころに理性を失ってしまうわ。それだけは絶対にダメ!」

「理性を失う、ねえ……。本当か? 意外とイケるんじゃないか。どれ、触らせてみてくれよ」
「だ、だめ! 触らないで! 絶対にダメだよ! やだっ、……ち、近寄らないでッ」

 顔を青くして、ざざっ、と剛太郎から距離を取るミア。

「……いや、ごめん。大丈夫、冗談だから、そんな警戒しないでくれ。声だけ聞いたら俺が痴漢みたいになっちゃうだろ」


 この場には二人しかいないので、勘違いされる相手はいない。

 ――と、いうことはなく、姿は見えないが実際は剛太郎の頭の中にもう一人女性がいる。すでに彼女――ミュウが、ドン引きしながら彼に軽蔑の言葉を投げかけている。
 もちろん、剛太郎に痴漢しようという意思などないことは理解していながら、わざと罵っているわけだが。


「……ゴ、ゴホン。あー、なんだ。じゃあ、その魔人族のやつらが今にも追ってくるかもしれないよな」
 空気を改めるように、剛太郎は咳払いをしつつそう言った。

「もうずいぶん街道を進んでいるし、距離的にはすぐに追いつけることはない筈だから、大丈夫だと思うわ」

 ミアが屋敷を飛び出して街道に走り出たとき、それに気づいて追いかけてきたのは あの三人の兵士たちだけだ。
 仮に、剛太郎に返り討ちにされたあの兵士たちが屋敷へ戻ってから、次なる追手が仕掛けられたとしても、この距離差はすぐには埋められない。このままダフニスの町まで逃げ切れるだろう。――と、ミアは考えている。


《じゃあ、護衛だとか言っているけど、ただの女の子の付き添いとして終わるかしらね、剛太郎》

 侮蔑の言葉を放っていたミュウが、ころりと態度を変えて剛太郎にそう言った。

((……いや、そう安心もしていられない。ホラ、仮に俺の足だったら、これだけの差なんてすぐに埋めて追いつけるだろ))
《そりゃ、あなたならね。だって、あなたは私の力――ダークエネルギーを持っているんですもの。普通の人間とは比較にならないわ》

((相手側も、普通の人間じゃないやつがいるだろ。魔人ってのがさ))
《……そうね。確かに。警戒しないといけないわね》
((ああ、警戒しよう))

 剛太郎は、そうしてミュウと示し合わせ、気を抜かぬように意識を集中させた。

 ――意識を集中させた、まさにそのときだった。


《剛太郎っ!》

 咄嗟に、ミュウが叫んだ。頭の中で大きな声を出され、脳が揺れるかと思った。

 剛太郎自身も、ミュウと同じく『それ』を察知し、咄嗟に体を動かしていた。――隣を歩くミアをがばっと抱きしめ、勢いのまま地面に倒れ込んだのだ。


「――ふへっ!?」

 突然、抱きかかえられ、そのまま体を引かれたミアは驚いて間の抜けた声を出した。剛太郎が背中から地面に倒れ、その上にミアが抱きすくめられる形だ。

 一体何が起こったのか、ミアの理解が及ぶまでに数秒かかった。

 混乱のために身を硬直させたまま、ミアは気付いたのだ。
 自分たちが歩いていた進行方向の先に生えた、一本の木。その幹に、矢が突き刺さっている。
 矢は二本。ビイイイン……と矢羽が震えていることから、それがたった今どこかから飛来して突き刺さったのだと分かる。


 つまり、こういうことだ――あの二本の矢は自分たちを狙って背後から放たれたものであり、こうして剛太郎に抱かれて身を引かれなければ、間違いなくあの矢は自分たちに命中していた。

 頭か、首か、背か。果たしてどこを狙ったのか。剛太郎に庇われなければいずれかに矢が突き刺さっていたのだと思うと、ぞっ、と血の気が引いた。


「……危なかった」

 剛太郎が、ふう、と息をついて言う。ミュウと意識を通じ、気を引き締めた直後だったから何とか反応できたが、もし気を緩めていたら直撃していたかもしれない。
 ミュウのダークエネルギーの影響で強化された肉体とはいえ、頭に矢の刺突など受けては即死だったろう。

 ミアを放し、自らも立ち上がる剛太郎。身を翻し、今まで向かっていた方向とは逆――矢を放った何者かがいる方へと鋭い視線を向ける。


「おいおい、なんて反応速度だ、あいつ。俺の矢を躱したぜ」
 木の陰から、そいつは顔を出した。ネルゼル兄弟の弟・キシュである。

「むしろ躱されてよかっただろ。このバカ野郎、背中から不意打ちをかけるなんて、やめろと言ったのに。そんな姑息なやり方、戦士の理念に反する」
 さらにその後ろから、もう一人の男が現れる。兄・セドーだ。


「ひっ……」
 改めてその姿を間近で見て、ミアが小さな悲鳴を上げる。

 剛太郎は、すぐに察した。
 この男たちが『魔人』。
 アルベルトという男に雇われ、ミアの屋敷に突如押し入って来た二人だ。


 緑一杯の森の中でいて、その肌色はあまりにも浮いている。全身、紫色なのだ。肌の方が薄い紫で、髪はそれより濃い紫色。瞳は黄金色であり、鋭い輝きを放っている。

 軍服のようなカーキ色の長ズボンを履き、上半身はひじ当てや手甲をしている以外は裸だ。なんとも無防備な格好だが、――なにせ彼らにとって、鎧や防具などは身に着ける意味がないのだ。

 剛太郎は、さきほどミアが言っていたことを思い出す。

 やつら肉体は特別で、普通の攻撃は通用しない。殴っても蹴っても、それどころか剣でも槍でも、効かないらしい。


 矢の奇襲を躱せたのはいいものの、ここからどうすればよいのか。
 逃げ場などない、一本の街道で魔人二人と対峙している。
 ……かなりまずい状況なのではないか。剛太郎の頬に、つ、と冷や汗が垂れた。
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