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シーズン1/第一章

■救いの戦士 アルトラセイバー■①

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 某県某市。大型遊園地『あるとランド』。
 その遊園地の最大の目玉は、県内最大規模のプールである。ウォータースライダーや流れるプールはもちろん、ショーを行う特設ステージが設けられたエリアもある。

 一般的な遊泳エリアで監視員をしている青年――百八十を超える長身に引き締まった肉体、しかし相手に威圧感を覚えさせない温和な雰囲気をまとった――、彼の名は今田剛太郎いまだごうたろう


 彼はとても厚い胸板を持つが、それ以上に熱い正義感を持っている。

 幼少の頃から、『人を助ける仕事に就きたい』、と思っていた。そういった職業は種々しゅじゅあるが、彼が選んだのは、ライフセーバー。収入は不安定で生活は苦しいが、人助けは彼にとってまさに生き甲斐である。


 したがって、例えばもし子供が赤信号を無視して車道に飛び出し、そこへ車が迫ってきているなんていう状況に出くわしたら、彼は危険をかえりみずにすぐに走り出して子供を助けようとするわけである。

「あぶないっっ」

 その日は監視員の仕事が休みで、隣町の激安スーパーへ当面の食料を買いに出かけていた。交通量の多い十字の交差点。甲高いクラクションの音に驚くあまり、道路の真ん中で身を固めてしまっている小さな男の子に向かって、剛太郎は大声でそう叫んでいた。叫びつつ、すでに勢いよく地面を蹴りつけて少年のもとへ駆け出している。

 危機的、且つ緊迫した状況の中で、頭の中では意外と冷静に思考が働いていた。
 ブレーキ音をけたたましく鳴らしながら、しかし減速しきれずに少年に迫るのは大型トラック。
 自分は少年のもとまではまだ遠い。
 少年のもとへたどり着くのは、自分よりもトラックの方が早い。
 懸命に走る剛太郎は、頭の中では既にそれを悟ってしまっていた。


(くそっ、くそ――っ)
 数秒後に広がるだろう凄惨な景色を予期し、ぎりり、と歯をくいしばる剛太郎。

 そんなとき、ふと、慌ただしげな女性の声が聞こえた。


《あ、あぶない! どいて、どいてーっ》


 ――と、そう聞こえた直後だった。

 ずん、と、重たい衝撃が剛太郎の頭に響いた。

 ぐらり、と脳が揺れ、視界がちかちかと瞬く。どくん、と心臓が大きく脈動した。
 途端に、景色がスローモーションのようになる。
 トラックが響かせるクラクション、周囲の人々の喧騒、それらの音がすとんと沈み込み、辺り一帯が静けさに包まれる。

 一体何が起こったのか。混乱し、戸惑った。ただ、その戸惑い以上に、自分の中に得も言われぬ強大なエネルギーが沸き上がるのを感じたのだ。

 不意に湧いた力感を、利き足に集中させるように意識する。まるで誰かから教わったかのように、自然とそう出来た。
 そしてそのエネルギーを以って、地面を強く蹴りつける。爆発が起こったかのような衝撃。その勢いに乗り、剛太郎の体はすさまじい速度で推進した。
 少年を抱え上げ、トラックのヘッドライトに肩をかすめつつも、そのままするりと突き抜ける。
 ――次の瞬間には、スローモーションに見えていた景色や不自然な静けさが戻っていた。剛太郎は少年を抱きかかえたまま、ごろごろと歩道まで転がりこむ。

 直後、わあ、と歓声が巻き起こった。剛太郎は見事、少年の命を救ったのだ。母親らしき女性が駆けてきて、少年を抱き上げる。
 トラックは数メートル先で停車。幸い、他の車などへの衝突もなかった。

 涙ながらに何度も剛太郎へ頭を下げる母親。まだ若いその母親に爽やかな笑顔で対応しつつも、剛太郎は内心、今さっきの体験は何だったのかと戸惑っていた。


        /


 不思議なことは、後日また起こった。

 監視員は交代制で行う。
 剛太郎と入れ替わりで高台に上ったのは、夏休みを利用してアルバイトに来ている男子大学生。少々チャラついた雰囲気の男であり、本気か冗談か、プールの監視員のバイトは楽だし水着の女性との出会いもある、などと不埒な思惑を抱いてこのバイトを始めたと言っていた。

 そんな若者と監視役を交代し、剛太郎は休憩室へ向かって歩き始めた。歩きつつ、ずっと同じ姿勢だったために凝り固まった体を、ぐっと伸びをしてほぐす。
 ――そのとき、ふと、あわただしげな女性の声が聞こえた。


《たいへんっ、子供が溺れているわ!》


 剛太郎は、緩め始めていた気を即座に引き締めた。急いで辺りを見回す。
 近くにその声の主らしき女性は見当たらなかったが、それよりもまずは溺れているという子供を探す。――いた。大きなプールの角の方で、手足をばたつかせている子供の姿があった。その周囲に人がおらず、誰にも気付かれていない。
 剛太郎はすぐさまプールに飛び込み、力強いクロールで一直線に子供のもとへ向かう。

 幸い、重大な溺水の状態にはなっておらず、子供は無事に助かった。

 ちなみに、監視を交代した例の男子大学生はそのとき水着女性に思わず声をかけているところで、子供が溺れていることに全く気が付かなかったという。

 うっかり目を離していたという母親にぺこぺこと頭を下げられながら、剛太郎はまた不思議に思っていた。
 ……今さっきの、女性の声。
 思い返せば、先日、トラックに轢かれそうになった少年を助けたときに聞こえた声と同じだったように感じた。あのときも、今も、すぐ近くに声の主らしき女性などはいなかったが。

 そしてまた不思議に思えるのは、あの声の聞こえ方。あの女性の声は、何というか、鼓膜が捉えた音ではないように感じた。まるで、直接脳内で響くように聞こえたのだ。


        /


「…………」
 狭い部屋の中で、一人、剛太郎は考えていた。
 先日から立て続いて起こった、不思議な出来事についてである。

 頭の中で女性の声がした。それだけならば、ただの気のせいだとか、空耳だとか、独り身が長いせいで架空の女性を脳内で造りだしてしまっただとか、いくつか原因は考えられる。……だが、ただ聞こえただけではない。

 初めの交差点のとき。あのときは、景色がスローモーションのように見える鮮烈な感覚を覚え、そして体にものすごいエネルギーが沸き上がるのを感じた。事実、あの状況で子供を助けられたのはそのおかげだ。

 先日のプールのときは、自分の目では全く確認をしていないのに、子供が溺れていることをその声が教えてくれた。自分の視界には子供の姿は入っておらず、且つ、子供自身の助けを求める声が聞こえたわけではない。それなのに、溺れる子供に気付けた。

 どちらも、ただの気のせいとか自分が頭の中で造ってしまった妄想だとか、そういった理屈では片付かない出来事である。


「…………」
 剛太郎は黙し、考えていた。

 ――そのとき。

《……あのー、もしもし……?》

「はっ」
 また、例の女性の声だ。剛太郎は、ばっ、と俯かせていた頭を起こし、周囲を見回した。

 ……だが、当然、室内には自分以外に人影はない。


《あ、そんなにきょろきょろしても、私の姿はあなたには見えないわよ》
 女性の声が続く。
 その声は今までの二度とは違い、ゆっくりと、確かに剛太郎に向けて話しかけてきている。


「な、なんなんだ、君は? 姿が見えない、って、まさか俺に憑りついた幽霊、なのか?」

 考えていたことだった。脳内で響く女性の声――気のせいや妄想などでないならば、その正体はもしかすれば幽霊なのではないか。非現実的ではあるが、思い当たる可能性の中でそれが最も現実的だった。

 しかし、女性は言う。


《幽霊……、では、ないわ。
 私はミュウ。宇宙の果てからやってきた、あなたたちとは全く異なる存在……。よ》


「――――、……は?」

 考えもしなかった、非現実極まるその回答に、剛太郎はあんぐりと口を開けて言葉を失った。
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