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第二章

4月17日(水):生物教師からの新聞部部長

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 【京一】

 朝。教室に入ってすぐ、宮本と目が合った。

「おはよう小智くん」
「お、おはよう」

 朝の気怠さなどあっさり吹き飛ばしてくれそうな爽やかな彼女の笑顔に、思わずたじろぎながら挨拶を返す。


「昨日はいきなり電話してごめんね。……でも、ふふ、小智くんと電話でお話しするのってなんだか新鮮でおもしろかったよ」

 宮本は周囲に聞こえないように少し声量を押さえてそう言ってきた。ドキリとした。


「……おはよ」
 自席につこうとしたところで、隣の席の凛が小さく挨拶をしてくる。

「おはよう」
 椅子に腰を下ろしつつ、挨拶を返す。


 一限目の授業は『生物』。
 授業内容は以前のカエルの解剖の復習だった。真田先生はわざわざ写真をA4の光沢紙にプリントアウトして、黒板に張り付けて解説をしていく。カエルの中身について語る彼は実に生き生きとしている。

 隣の席でどんよりとした表情で顔を伏せている凛。
 カエルの解剖なんて通常の授業カリキュラムにはない筈なのに、担当教諭のごく個人的な趣向によってしつこく見せつけられるなんて、彼女には堪ったものではないだろう。いや、凛でなくとも、おそらくクラスの全員が辟易している。

 しかし当の真田先生は他人の気などお構いなしというか、いっそ皆が解剖を楽しんでいるに違いないと思っている様子だ。
 自分の美学が他人にも同様に通じると信じて疑わない、まさしくマッドサイエンティスト的な気質と言える。よく彼が高校教師として問題なく勤め続けていられるものだと感心してしまうのだ。


      /


「へいへい、小智君! ちょっといいですか?」

 午前中の授業の合間、廊下でいきなり声をかけられた。誰だよふざけたテンションで声をかけてきやがって、と思って振り向いたらそこには遊免が立っていた。納得した。

「小智君。有紗のお返事、どうだったんですか?」

 派手な眼鏡をくい、と吊り上げる。
 なんだか彼女は、胡散臭い、という言葉がぴったり合う。挙動や話し方がどこか芝居がかっている感じなのだ。


「ふむふむ。それはそれは。まあ確かに有紗の言う通りですね」

 昨日の宮本との通話の内容を話すと、遊免は、宮本の配慮を理解してウンウンと頷く。それからふと考えるようにしてから言う。


「でも、有紗が入部しないとなると小智君は残念ですね」
「なんで?」
「だって、有紗のこと好きでしょ?」
「え」

 僕は硬直した。――なぜ知っている。

「なぜ知っている、て思ったでしょ。ふふん、そんなの分かりますよ。新聞部の情報力をなめないでいただきたいですね。割と最近に好きになったんでしょ? あ、そういえば二人は図書委員で一緒でしたよね。……ほほぉ、なるほどなるほど。
 まあ有紗はかわいいですしね。大方、小智君もあの天使の笑顔にやられたクチでしょ。……あ、言っときますけど、さすがに君の気持ちを言い触らしたりとかは絶対しないですからね。私、見ての通り口硬いですから」

「…………」

 飄々ひょうひょうとした様子で喋る遊免に僕はもう言葉もない。


「でも有紗は学年人気トップですよ? あの子のことを狙っている男子なんてたくさんいるみたいですからねえ。そのうち他の男に先を越されちゃうかも……小智君もおちおちしていられませんね」

 やかましいわ。


「いやでも、有紗は中学のときからモテモテなのに、ぜんぜん彼氏作らないんですよ。友達としてはここらで幸せになってほしいので、小智君にはぜひ頑張ってもらいたいものです。なんならこっそりあの子の情報、色々と教えてあげちゃいましょうか?」

「いや、いいよ、そんなの」


「有紗はね、高校に入ってからは部活は入ってないですけどー、お料理研究会には所属してます。趣味は割とインドア的で、漫画とかアニメとか結構好きらしいです。実は将来の夢は声優なのですよ。もともと演技力あるし、歌だってうまいし、何より可愛いし――あの子なら向いてると思いますよねー。
 あ、インドア趣味って言いましたけど、有紗、運動神経もいいんすよね。中学のときは陸上部でした。文武両道、しかも成績も良い! 確か、親が先生やっているんでしたっけね。ははっ、完璧かよ、ってね!
 うーん、あとはぁー、得意科目は日本史と英語と体育、苦手科目は強いてあげれば数学かな、犬より猫派、特技はピアノと実はモノマネ、意外と辛党、最近は海外ドラマにハマってて――」

「…………」

 なんだこいつ、聞いてもいないのにつらつらと……。

 彼女の口からこうも他人のプライベート情報が語られる様はなんともおそろしいものだ。というか宮本の情報をあっさり僕に話していながら、どこが『口硬い』というのか。


 そこで、予鈴が鳴る。

「おや、もう授業ですね。ちょっと話し過ぎちゃいましたか」

 やっと解放されると思い、ふう、と安堵の息を吐く。こいつと話しているとものすごく疲れるのだ。彼女と交際している山本は大変なのではないだろうか。


「あ、そういえば。指宿ちゃん、でしたっけ。あのハーフの子、大丈夫なんですか?」
 去り際、ふと思い出したように遊免が言った。

「……? 大丈夫って、なにが」

「なにが、って。彼女、今日風邪で休んでるんでしょ?」

「え?」
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