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145 転移

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 ロイは自分の目がおかしくなったのかと思った。
 世界の色が反転して稲妻が落ちたように空が、というよりもっと低い山頂付近の空間が割れたように見えたのだ。
 それも一瞬で、目を見張っている僅かなうちに陽炎のようになり、そして気が付くと何事もなかったかのような静謐さを取り戻していた。

『『『…………』』』

『っ!!戻るぞ!!』

 4騎で慌てて今下りて来たばかりの山を駈け登った。

 竹藪の道を抜け、川を渡ればすぐに竹垣が見える。
 つい先程は北斗が竹垣の外で華を待っていた。

『うそ……』

 何時も掘りの外で馬を降りるが、ロイとシアが開け放ったままの竹垣の門に騎馬のままで駆け込んだ。

『ハナっ!』

『ハナっ!どこ!?ハナーっ!!』

 マールとエドワードは竹垣の外で騎乗したまま警戒している。
 竹垣の中は4騎も入れないし、騎乗したままの高い視点からだと竹垣の外からでも分かった。

『まじかよ……』

 藤棚さんは半壊していた。
 屋根に葺いた茅はほとんど吹き飛ばされて、屋根の骨組みが一部壊れている。
 竹垣も畑側が壊れている。
 外からそれを確認したエドワードは畑を見て声を上げた。

『ロイ!シア!こっちだ!!』

 綿が綺麗に並んだ畑も一部潰れていて、その上。

 鬱蒼とした木々の上で、白く大きな鳥が低く羽ばたいている。
 その下にいる何かと戦っているようだった。

『ハナ!?』

 シアが騎馬でそこへ向かおうとしたとき、白い鳥がシア達に気付いた。

「ーーーー!!」

『ぐっ………』

 鳥から放たれたと思われる衝撃波で吹き飛ばされそうになるが、馬上で伏せて耐える。

「ギャーーッ!ギャーーッ!!」

 衝撃波が止んだと思ったら、鳥の下方から逆さまにした雨のように礫が鳥を攻撃していた。

 その隙に4騎で畑の上に駈け上がり、礫の下に向かった。

 しかし。

『……ホクト?』

 そこに華の姿は無く、いたのは亀の北斗。

 4騎がそこに辿り着いた時、北斗の周囲から打ち出される礫に追われ、鳥が飛び立って行くところだった。

『北斗…。幻獣だったのか…』

 神獣の眷属。知能が高く、魔法を使う事もあると云われている。
 マールとシアは初めて見る魔法だった。
 しかし、初めて見た魔法よりも今は優先することがある。
 サラから降りてシアは北斗の前にしゃがんだ。

 鳥が去った事で礫は止み、シューシューと息を荒く鳥のいた方を睨み付けていた北斗にシアが尋ねた。

『ホクト。ハナは?ハナはどこ?』



 答えは無く、その後の捜索でも華が見付かることはなかった。











 鬱蒼とした山の中にある藤棚さんにいたはずなのに、華はいつの間にか草叢に横たわっていた。

 何もない空間にぽいっと投げ出されたような感覚は覚えている。

(なんか…既視感………)

 転がったまま手や足首を動かしてみる。痛みや怪我などは無いようだ。
 キョロキョロと視線を動かしても見えるのは穏やかな空と膝丈くらいの草ばかり。

 華は状況が分からなくて起き上がれないでいた。

 周囲に人や動物…魔獣がいたら。
 起き上がって発見されてしまったら。

(でもずっとこのままでいるわけにもいかないし…。そっと起き上がってみる?)

 そう思った時、ガサガサと草を掻き分ける音がしてびくっとした。
 それは真っ直ぐに華のところへ向かって来る。

(あれ?でも…)

 その音がすぐそばまで来たとき、ガササッと黄色いふわふわが草叢から飛び出て来た。

「ことりさん…」

「ひよひよひよひよひよひよひよひよ」

 ひよこに似たフォルムの物体がすごい早さで華のところまで歩いて来たと思ったら、華のほっぺにすりすりしだした。

 まあるい体はひよこに似ているが、しっかりした羽もあるし先程はちゃんと飛んでいた。太った雀のような見た目の小鳥の目が黒曜石のようで華は親近感を覚えた。

「ひよひよひよひよ…」

「……ないてるの?」

 華はむくりと起き上がり、小鳥を大事に掌に抱き上げる。

 辺りは見渡す限りの草原。
 遠くに森が見え、その遠くの背景にうっすらと霞がかった大山脈が、万里の長城のように横たわり空と草原を隔てている。
 周囲に人はいないようだ。

「ふっ…うぅ~…っ。うっ……ーーっ」

 分かっていた。
 東京はきっと焼け野原でこんな草原などどこにも無い。
 それでも自分が草叢に転がっていると思った時、まず心配したのがB29スーパーフォートレス…敵機の存在だった。人や魔獣に発見されるよりも敵機からの攻撃をとっさに考えたのは、また異界の門を潜ることが出来た、帰って来たと思ったからだ。

 違うと。
 草原や大山脈、藤棚さんで会った小鳥を見て、東京に帰れた訳ではないと悟った華は、天を仰いだまま涙していた。

 華の慟哭を、掌に包まれて共に啼く小鳥だけが聞いていた。
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