上 下
124 / 154

123 出迎え

しおりを挟む
 ルーシェッツの町の北に延びる街道は、領都モルシェッツへ、そして首都ラシネへと続いている。

 宴の前日、この北街道をルーシェッツへ向かっていた侯爵家の最新の馬車は、町に入る直前で脇道に逸れ、森の小路へ入って行った。
 華が代官邸の居間でマールと共に大公国について学んでいる頃である。

 森からは侯爵家のルーシェッツ別邸の敷地になるため、町の北西を囲むこの森での狩りや採集は禁じられている。
 行き交う者のいない脇道のこの森に入るまで、すれ違う馬車の馭者や徒歩で街道を往く人々は、この幾分質素ではあるが明らかに貴人が乗っていると判る馬車の、その黒い異様な足回りに何度も振り返って見ていた。

 馬車に乗る貴人も、窓から見える人々の驚く様子を感じてはいたが、先導する護衛の騎士と馬車を操る馭者はやや居心地の悪い思いをしていた。
 もっとも、馭者の方は注目を浴びてきまりが悪い思いをしていたのは最初だけで、街道をいくらも進まないうちに誇らしげな顔つきになっていたが。

 森を抜け、別邸へ到着すると、玄関前に並ぶ使用人と共に、ルーシェッツの町の代官であるラインハルトと、その息子で町兵部隊長となったグレイルが出迎えた。
 使用人の多くは今回の宴を催すに当たって、侯爵家本邸から準備のために前以て来ていた者達であり、普段は警備の兵士を除くと邸を維持管理する数人のみが詰めている。

『皆ご苦労だったな。ラインハルト、グレイルも久しいな』

 4時間程馬車に乗っていたにも拘らず、御機嫌な様子で降りて来たのはモルメーツ侯爵ロットバルト。
 手紙や使者のやり取りは頻繁に行うものの、実際に会うのはグレイルが帝都から戻った時以来の事だった。

 侯爵一人降りてさっさと出迎えのラインハルト達に声を掛けるのに焦れたのか、馬車の中から降車を催促する声がする。

『お怒りのようですよ…』

『おお、すまぬ』

 しまった、という顔をした侯爵は慌てて降車の手助けをしようとしたが、ラインハルトの横を見る視線に気付き、即座に視線の先にいるグレイルを馬車に押しやった。

 グレイルが大人しく馬車の中の貴婦人に手を差し出す際、同乗者がまだいる事に気が付いて一瞬首を傾げたが、それが誰なのか分かって慌てて貴婦人を侯爵の元へとエスコートする。
 内心慌てはしたがそうは見せず丁寧に、しかし同乗者に気付きマシタヨ急げる範囲で急ぎマスヨと雰囲気で滲ませる技は、貴婦人を相手にすることも多かった近衛師団で培ったものである。

 事、対人において要領の良い方ではないグレイルは、ご婦人をエスコートする際にもひたすら真面目に丁寧にする。
 それがご婦人方には受けが良く、ご指名なるものまでされていた。ちょっと緊張を滲ませているのがまた良い、らしいのだがグレイルにはさっぱり分からない。いつまでたっても女性のエスコートが照れ臭くてどうして良いのか分からない、教科書通りのグレイルだった。

 その、女性受けが良い事が、宮中に出入りする帝国貴族子弟のやっかみを生産する原因だったという事にグレイルはまったく気が付いていない。

『まああっ!グレイル会いたかったわ!3か月ぶり?ちっとも顔を見せに来てくれないんだもの』

 このように女性に絡まれる事が多かったグレイルだが、困惑することの方が多いので羨まれる等とは思い付きもしない。
 しかし、この女性は侯爵夫人フラウベル。ラインハルトの姉である。
 大好きな甥っ子に手を取られて一気に盛り上がってしまったフラウベルだが、グレイルは続けて馬車の中の人物に降車を促した。

『どうぞ、お足元お気を付け下さい』

 まあ必要は無いが、馬車の扉を押さえて出迎え姿勢を取る。
 ゆっくりと降りて来るその人物にグレイルは何年も前、帝都に行く前に拝謁した事があった。

 前の大公ピエール。
 現大公ランスロットに大公位を譲り隠居をしてはいるが、現侯爵のロットバルトより何歳も若く、56才。

 こちらも馬車から降りる様子は至って元気、御機嫌であるが、ラインハルトもグレイルも、もっと言えば使用人達もこの老大公…御老公と呼ばれている人物がルーシェッツに来るなどという報せは受けていない。つまり、急な御忍びということか。

(御忍びか…それは楽しいだろうな~。御機嫌にもなるよな~)

 等と皆が思っている後ろの方では数人が邸の中へさっと滑り込んでいく。
 急なゲストの部屋や晩餐の準備の為である。

 当のピエールは、出迎えの面々からの畏まった挨拶を『よいよい』と受け流し、乗ってきた馬車の車輪をしげしげと見てつついたりしている。

『どうでした?』

 それを見守りつつラインハルトがロットバルトに感想を聞くと、ロットバルトだけでなくフラウベルや車輪をつついていたピエールまでが絶賛した。

『このゴムタイヤというのは凄いな』

『快適だったわ!』

『4時間程の馬車旅なら何て事はないな。今度は数日掛かる旅で試したいな』

 そしてフラウベルがグレイルに訊いた。

『このゴム?を考えたのがグレイルのお嫁さんって、本当?』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...