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88 神獣

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 華がカバンから出した本を受け取ると、ファーナは懐かしそうに深い緑の表紙を撫でた。
 そして華に見えるように人差し指で題字の周りをなぞるとゆっくり話し出した。

『ハナ、この本のタイトルは<神獣の大陸>。このアゼリアル大陸とシリア聖王国に存在する神様の本なの』

 ファーナの予想通り、華は大陸の名前にも聖王国にも反応しない。
 ただファーナの話す、恐らく聞いたことがないであろう言葉の数々に耳を傾けながら、ファーナの指先の文字を目で追っている。

 ホーソンが出してきたこの本は、ファーナの母ルシェラがローレンス商会の創業者でもあるローレンスと結婚する際に実家から持ってきたものだと聞いている。
 ルシェラの母、ファーナの祖母は大公家の姫だったので、もしかしたら元々この本は大公家の物だったのかもしれない。
 ファーナも弟たちに読んでやったのを覚えている。

 その上の弟がローレンス商会を継ぎ、更にその息子のホーソンが継いで現在は三代目となるが、ホーソンとその妻ナナリーの間には子がいない。
 ホーソンがこの本を華にと出してきたのであれば、ファーナにとってそれは喜ばしいことだった。
 華が祖母のこの本を受け継いでくれるのであれば、きっときっと大事に扱ってくれることだろうと思ったのだが…。何と華は写本をするという。

 写本されたものが世に出るのであれば、それも喜ばしい事ではあるのだが、ファーナはその“華が写本した祖母の本”をどうしても手に入れたくなってしまった。
 孫と争う事になるやもしれないが、明日にでもホーソンに購入予約をしておこうと心に決めていた。
 …まだ一文字も書かれていない本ではあるが。

 ファーナにとっては思い出深い本であり、ホーソンも華がこの大陸の事を知るのに良かれとこの本を出してきたのであろうが、華が無からこの本を理解するのは難しいだろう。
 そこで屋敷に帰る道すがらこの神殿に寄ったのだ。

 この神獣神殿は、ここルーシェッツの町を造る時に大公であったルシェラの祖父によって建てられた。ファーナは会ったことが無かったが、曾祖父の建てたというこの神殿も思い入れ深いものがある。
 この神殿にいる神獣の眷属である幻獣の像の内のいくつかは、ファーナとアルベルトの名で寄進したものだった。

『ここ大公国…というよりアーシュリーア神獣帝国を守護する神様は“龍”なの。ほら、正面の大きな彫り物。あれが龍神様よ』

『りゅうじんさま』

『そう、龍神』

 華が本のスペルを確認して正面の壁を見ると、壁一面に長い体躯の龍が立体的に彫られている。まさしく東洋の龍がそこにいた。
 しかし、神殿内には西洋のドラゴンの石像もある。

『あれは?』

『あれは龍神様の眷属たる幻獣で“竜”よ。えっと、ここね。これで“竜”と書くの。大公国の北にある霊峰でよく見られるわ』

(…見れる?見れるって言ったの!?)

 お伽噺や神話とかの話をしているのではなかったのか。ここが天狗の世界なら本当に龍がいる…?

 本と石像でスペルと姿は分かったものの、この世界について謎が増えた華だった。
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