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めめくらげ

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四(二)

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あいつに鉢合わせぬよう、来た道を引き返さず、遠回りしてアパートに戻った。せっかくの散歩も台無しだ。商店街を軽く眺めて、コーヒーを半分飲んだだけで終わった。それなのに、山蕗さんは少しだけくだけた顔で「楽しかったです。」と言ってくれた。

この人なりに気を使ってくれてるのか?と思い、「お、俺も……」と一応同意しておいた。

「けど、短いデートになっちまった。俺、山蕗さんに洋服買いたかったんですけど。」

「洋服?なぜ僕に?」

「いつも白いシャツか和服だから。」

「いけませんか。」

「もっとオシャレして、いつかは俺と夜の渋谷でも行きましょうよ。」

「渋谷……って、あんなところに何があるんです?」

「へ?なんでもあるじゃないですか。まさか行ったことない?」

「住宅地と野原しかありませんから……特に降り立ったことは……」

「どこの話ですか?渋谷ですよ、シブヤ。」

「……ああ、今の渋谷は、ちょっと……」

「マジで言ってます?山蕗さん、ほんとーに徹底して昔の人みたいな感覚なんですね。」

俺は、山蕗さんの部屋に置きっ放しになっているパソコンで、「渋谷駅前」と検索して出た画像を開いて見せた。道玄坂やスクランブル交差点の、人でごった返している日常の風景だ。

「これが渋谷ですか……?」

「本気で知らないんですか?これは?マルキュー。」

「まるきゅう?……ずいぶん前衛的な建築ですね……どなたの作品です?」

山蕗さんは冗談を言うタイプではない。そして画像をまじまじと見つめるその顔にも、ふざけている様子はない。これは渋谷に限らず、何とかヒルズとか何とかタウンとか何とかツリーとかを見せても、きっと同じような反応をするのだろう。

「俺には、山蕗さんに見せてやらなきゃならないところがたくさんあるな。」

「すみません……無知なもので。」

「いや。むしろかわいいっす。」

「かわいいって……」

そのとき、俺の部屋の前の廊下から、子供が走っているような足音がパタパタと聞こえた。
ふたりでその音のする方を見やって、俺は思わず山蕗さんの腕をつかんだ。

「……ついてきちゃったんですね。」

「ど、どなたが……」

「さっき、女の子が染谷さんのソデとかスソを引っ張ってたの、気がつきませんでした?」

「え、あれ山蕗さんじゃなかったの?!」

「道にうずくまってた子ですよ。血まみれでしたけど。」

「何だそりゃ……マジかよ……ていうか教えてくださいよ……」

「彼女が楽しそうだったから、何となく言いづらかったんです。」

そう言うと山蕗さんは立ち上がり、玄関を開けた。

「何してんすか!開けないでくださいよ!!」

俺は怖くて思わずテーブルの陰に隠れ、うずくまった。情けないだろうが、ついてくるような幽霊なんて、いくら見えまくりの俺だって怖いのだ。

「君、お母さんは?」

しかし山蕗さんは、至って普通に女の子に話しかけていた。彼女の声は聞こえないが……きちんと問答があるようだ。ごにょごにょと会話がなされている。

「昼はここで遊んでもいいけど、暗くなったらおかえり。」

「ここはね、暗くなると時々おっかないおじさんが出るから、危ないんだ。」

「あのピアノ?うん、明るいうちなら使ってもいいよ。」

「暗くなるとね、ここの坊ちゃんが弾きにくるから。」

「帰り道はわかる?……そう、賢い子だね。」

すると山蕗さんが俺のサンダルを履いて、外に出て行った。取り残された俺の頭にはたくさんのハテナが浮かぶ。ゆっくり立ち上がり、ドキドキしながら恐る恐る扉を開けて外をのぞくと、山蕗さんは門扉を開けて手を振っていた。


「あ……」


彼の手を振る方角、はるか前方には、たしかにブラウスを着た女の子……
肩から膝下まで、真っ赤な血で汚れている。その子が駆けて行き、角の手前で空に吸い上げられるようにフッと消えた。

俺には直感的にわかった。あの子はまた同じ場所に戻って、また誰かに同じことをして、それを繰り返して過ごしているのだと。……そういうのは街中にも、あらゆる物件にも潜んでいるんだ。気づかないふりでいくらでも目にしてきた。ついてこられたのも、別にこれが初めてじゃない。だいたいは真夜中に絶叫するハメになるのだが。

しかし山蕗さん……いろいろ気になることを女の子に告げてたな。
そう、今みたいにここに迷い込んだり、ついてきたりする様々の霊魂とは違う。……ここに「棲んで」いるもの。

俺はそれをはっきりと分かってないけど、彼はどうやら知っているらしい。おそらく越してきた初日に言ってた奴だろう。「門に立っている奴が、いちばん危ない。」と。
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