6 / 40
三(ニ)
しおりを挟む
顔色悪いな、と同僚に言われることが増えた。仕事が忙しいのもあるが、俺の肉体は順調に、あの怪奇アパートに暮らすことによるストレスにむしばまれている。
山蕗さんの部屋に行くという習慣がなけりゃ、とっくに引き払っているところだ。あのアパートは実質2人暮らしのようなもの。これまで何軒か新たに入居があったらしいが、やっぱ長くは居着かないらしい。霊感体質じゃなくとも、あそこのヤバさは分かるだろう。
何より古いし、耐震もホントにちゃんとされてるのかかなり怪しい、昭和初期の洋館付き文化住宅だ。
まあだからこそ、あの建物の外観自体は古いものが好きなヤツにはかなりウケるデザインだ。
通りがかりに写真を撮ってく人もたまに見かける。細長くとがった三角屋根は珍しいし、門にはそれっぽくツタまでからまってて、写真もいい感じで加工すればかなり味のある雰囲気になる。それに加え家賃も安いし、JRの駅まで徒歩7分、新宿に出るのも電車で10分とかからない。すなわち立地は最高と言える。
それでも、窓ガラスや鏡に見知らぬ奴が映り込んだり、半開きのドアの隙間からのぞいてる奴と目が合ったり、とつぜん壁から手が生えてきたりしてみろ。本当にまったく見えないヤツはいいが、これらすべてが見える俺みたいなヤツなんか、1日だって保つわけない。
俺はもう半分マヒしてるんだろう。それかもはや、とり憑かれてるのかもしれない。そもそもフラフラと引き寄せられるかのようにあの家を選んだんだ。ともすりゃこの地に降り立った瞬間から、この家の見えざる何かに呼び寄せられていたのかもしれない。
ー「やべ、来る……」
ある夜。思わず声に出しちまった。ものすごく嫌なモンが俺の部屋に近づいてる。
いつものように山蕗さんの部屋から戻って、さあ寝ようと思ったところでこれだ。もはや最近は、うめき声だの異音だのときどき勝手に血のシャワーが出ることなどには慣れて(というか麻痺して)いて、多少の魑魅魍魎の気配には、さほどたじろがなくなった矢先のことだった。
ふと机上のカップに、強烈な敵意を感じた。俺が敵意を向けているのではない、カップからものすごく「嫌なカンジ」がするのだ。嫌なのに、俺の目はカップから離せない。そしてよせばいいのに、中を覗き込んだ。
「………っ」
心臓がどくどくと脈打つ。残ったコーヒーに、うつむいている男の頭が映り込んでいた。
これはまずい……そう思いながらも目が離せない。というか、動けない。カラダが動かない。まずい、まずい。男はゆっくりゆっくり、顔を上げている。見たくない!
すると突然、ドアをノックされた。もしかしたら山蕗さん?俺のピンチを察してきてくれたのかも……。カラダもどうにか動くようになった。俺はヨタヨタと玄関に向かう。
ー「染谷さん、出たらダメ!」
すると今度は反対側のベランダの窓がドンドンと激しく鳴らされ、俺はまたもや心臓が止まりそうになった。玄関は一定間隔で、ノックされたまま。
けど今の声は、山蕗さん?山蕗さんは玄関にいるのでは……?
恐る恐るカーテンを開けると、そこにはたしかに山蕗さんが険しい顔で立っていた。窓が閉まってるのにずいぶん間近で声が聞こえたが、ともかく俺は掛け金をおろして彼にすがった。山蕗さんは俺の部屋に入るなり、まるですべて承知しているかのように庭先にカップを叩きつけて割り、急いで窓の鍵を閉めた。玄関のノックがやみ、気配もフッと消え、身体が軽くなった。
山蕗さんの部屋に行くという習慣がなけりゃ、とっくに引き払っているところだ。あのアパートは実質2人暮らしのようなもの。これまで何軒か新たに入居があったらしいが、やっぱ長くは居着かないらしい。霊感体質じゃなくとも、あそこのヤバさは分かるだろう。
何より古いし、耐震もホントにちゃんとされてるのかかなり怪しい、昭和初期の洋館付き文化住宅だ。
まあだからこそ、あの建物の外観自体は古いものが好きなヤツにはかなりウケるデザインだ。
通りがかりに写真を撮ってく人もたまに見かける。細長くとがった三角屋根は珍しいし、門にはそれっぽくツタまでからまってて、写真もいい感じで加工すればかなり味のある雰囲気になる。それに加え家賃も安いし、JRの駅まで徒歩7分、新宿に出るのも電車で10分とかからない。すなわち立地は最高と言える。
それでも、窓ガラスや鏡に見知らぬ奴が映り込んだり、半開きのドアの隙間からのぞいてる奴と目が合ったり、とつぜん壁から手が生えてきたりしてみろ。本当にまったく見えないヤツはいいが、これらすべてが見える俺みたいなヤツなんか、1日だって保つわけない。
俺はもう半分マヒしてるんだろう。それかもはや、とり憑かれてるのかもしれない。そもそもフラフラと引き寄せられるかのようにあの家を選んだんだ。ともすりゃこの地に降り立った瞬間から、この家の見えざる何かに呼び寄せられていたのかもしれない。
ー「やべ、来る……」
ある夜。思わず声に出しちまった。ものすごく嫌なモンが俺の部屋に近づいてる。
いつものように山蕗さんの部屋から戻って、さあ寝ようと思ったところでこれだ。もはや最近は、うめき声だの異音だのときどき勝手に血のシャワーが出ることなどには慣れて(というか麻痺して)いて、多少の魑魅魍魎の気配には、さほどたじろがなくなった矢先のことだった。
ふと机上のカップに、強烈な敵意を感じた。俺が敵意を向けているのではない、カップからものすごく「嫌なカンジ」がするのだ。嫌なのに、俺の目はカップから離せない。そしてよせばいいのに、中を覗き込んだ。
「………っ」
心臓がどくどくと脈打つ。残ったコーヒーに、うつむいている男の頭が映り込んでいた。
これはまずい……そう思いながらも目が離せない。というか、動けない。カラダが動かない。まずい、まずい。男はゆっくりゆっくり、顔を上げている。見たくない!
すると突然、ドアをノックされた。もしかしたら山蕗さん?俺のピンチを察してきてくれたのかも……。カラダもどうにか動くようになった。俺はヨタヨタと玄関に向かう。
ー「染谷さん、出たらダメ!」
すると今度は反対側のベランダの窓がドンドンと激しく鳴らされ、俺はまたもや心臓が止まりそうになった。玄関は一定間隔で、ノックされたまま。
けど今の声は、山蕗さん?山蕗さんは玄関にいるのでは……?
恐る恐るカーテンを開けると、そこにはたしかに山蕗さんが険しい顔で立っていた。窓が閉まってるのにずいぶん間近で声が聞こえたが、ともかく俺は掛け金をおろして彼にすがった。山蕗さんは俺の部屋に入るなり、まるですべて承知しているかのように庭先にカップを叩きつけて割り、急いで窓の鍵を閉めた。玄関のノックがやみ、気配もフッと消え、身体が軽くなった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる