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一

「あー、ここダメっすわ。」

玄関を開ける前から嫌な予感はしてたが、開けてみたら案の定だ。

内見の担当のお兄さんが、何とも言えない表情で「どうかされました？」と尋ねてきた。
わかってんだろ？と思いながら、「あのカーテンレールんとこで、女の人が首吊って死んでますよね。」と答えたら、お兄さんは中に入らず、パタンと静かに玄関扉を閉めた。


こんな調子で、まわったアパート・マンションは１１軒目。不動産屋は３軒目。別に全部「いわくつき」って訳じゃない。内５軒は湿気とか日当たりとかで単に部屋が気に入らなかっただけ。残り６軒は全部面倒なタイプの幽霊付き。

都下の実家を出、２３区内に移ろうと思って、いろいろ探してるんだけど……都会ってのは「アタリ」の物件が実に多い。いや、ハズレと呼ぶべきか？
家賃の高い安いはあんまり関係ねーかな。いるところにはいるんだから。


でもいつまでも部屋探しに時間を費やしてる訳にもいかなくて……仕事もあるし、もういつ出てもいいように荷物もまとめちゃってるし。

「こないだ見させてもらった……あの杉並の古～い……ほら、門がついてるアパート。あそこ俺以外にも何人か見に来てるとか言ってましたけど、もう埋まりました？」

「ああ、あの洋館付きのところですね。いえいえ、まだです。」

「かなり古いけど……けっこー洒落てたし、中もそんなに悪くなかったし。あそこにしよっかな。」

「耐震にしてありますし、リフォームもできる限りは済んでますので、あの家賃ならかなり目玉ですよ。」

「ですよね。あそこでいいかな。お兄さんも忙しいのに、こんなに色々連れまわしちゃって、悪いしさ。」

「とんでもない。ご納得行くまでお付き合いさせていただくのが僕の役目です。あの、ときに……つかぬことを聞きますけど……」

「俺かなり霊感あるよ。」

「あ……ああ、ハハ、やっぱり……いえ、僕がそんなことを気にしてちゃダメなんですけどね……」

「不動産屋さんは、俺がなりたくない職業ナンバーワンかもな。」

「そんなに……」

「見えてなきゃヘーキだよ。俺は見えるからダメなんだ。」

斯くして俺は、冬の終わりかけ、かなり年季の入ったあるアパートの住人となった。


昔はこの辺りでいちばん大きな文化住宅だったそうだが、当時のご主人が高齢で手放したところを、せっかくいい建物だからと後から買った人がアパートに改築したそうだ。


使われていない小さな洋館がついていて、住人たちの部屋は瓦屋根の部分。和洋折衷の建物。全部で４室あるが、俺以外に一部屋だけ借り手があり、先住の人がいるらしい。


漆喰の壁の洋間に、古めかしいタイル貼りの共同トイレ。流し場も共同で、ガス台には見たこともない形の黒光りする重々しいコンロらしきものがふたつ置かれていた。風呂は無理やりシャワーが取り付けられてるが、近くには銭湯もあるから、寒い時期はそこに通うだろう。入湯料が思ったほど高かったが……冬場にシャワーだけはさすがにキツい。

で、そこに荷物を搬入し終えてから、俺はひたいに手を当て、壁に背中をなすりつけずるずるへたりこみ、唸った。


「俺、呼ばれてたんだな……」


俺はなぜ……こんな古臭い不便な部屋を借りたんだ？
冷静に考えるとありえない。１１軒も回って頭がのぼせてたんだ。

このご時世に共同トイレ、冬には銭湯通いだって？冗談じゃない！家賃は確かに安いが、わざわざこんな古めかしい物件を選んじまって……
この家、内覧じゃ決して気づかれないような、とんでもない悪霊でも住みついてるのかもしれない。俺は恐らく無意識に「ソレ」に引き寄せられたんだ。そうとしか思えない。


お兄さんだって「でもこれだけ見てきて、なぜここに？」と不思議がってた。あのときお兄さんがすぐにこの事態を察して、俺の肩をグラグラ揺らして目を覚まさせてくれりゃよかったんだ……