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ⅳ
しおりを挟むー「お前ら、自分たちが何をしたのか分かっているな?」
梅水神社の裏手で、梅岡は眠る赤ん坊の入ったカゴを抱く佐野に聞いた。子のカラダはすでに違う魂のものとなっている。自分がこの小さな命を見失い、さまよわせてしまったことには違いないが、この二人は死者の魂を死にかけの人間のカラダに封じ込め、禁術としてはもっとも罪の重い死者蘇生に手を出したのだ。それも身体の持ち主とは違う別の魂である。
佐野は「もしも裁きを受けることになれば、証言台にてすべて俺の独断であり凶行であると告げる」と言った。すべての罪をこの身一つにひっ被るということである。
「梅岡も小乃も、何かあったときには、この赤子の素性を知らぬとつらぬきとおせ。だがこの三人の内に秘めておればその心配もない」
「まったく。陰花の呪いというのは、このように綿毛のごとくわざわいを運んでくるのだな。それも同族の俺にまで」
「申し訳ございませんでした」
小乃が肩を震わせ、涙ながらに頭を下げた。しかし梅岡は、この青年の生まれながらの不幸を知り、その結末もよく知っている。だからどうしても強く責めることはできなかった。
「まあいい。引き受けたからには、この子は俺の養子として、俺の方針のもと育てていく。間違った育て方はしないよう気をつけるが、お前らの意向にそぐわぬ大人になったとしてもケチをつけるなよ」
「はい。どうかよろしくお願いします」
地面に涙がポタポタと落ちる。そのとなりで佐野も深く頭を下げた。
普段は冥界にいる小乃と、陰花に住まう佐野では、赤子をまともに育てられない。二人に頼れるのは、東京という豊かな環境に暮らし、経済力もあり、小乃の過去を知っており、なおかつ妖狐として佐野と同格の梅岡だけであった。格下のキツネでは、佐野が吹き込んだ狐火の威力に耐えられない。何よりしがらみもないので、密告される恐れもある。
「……小乃、またここに来られることがあれば、この子の顔を見に来なさい。つらいだろうが、お前はこの子を決して忘れてはならぬ。俺はいつかお前らが親子として笑い合える日を待っているからな。百年でも二百年でも、ずっと信じて待っているからな」
梅岡の力強い眼差しに、涙で濡れた小乃の瞳も光を宿した。
「必ずや……」
「うむ」
梅岡がようやく微笑んだ。
「それから佐野、お前は遠い陰花に帰れど、一応は現世で暮らす身だ。……この赤ん坊の"一人目の友達"はお前だ。カラダが空いたら、たびたびここへ来い。そしてこの子の成長のサマをきちんと見てやれ。東京に来れるときには連絡しろ。かかる金は俺がもってやるから、ともかくお前こそが真の父親となったつもりで、この子を見守ってやれ」
「梅岡………」
「梅岡さん、本当にありがとう」
「生まれちまったもんは仕方ねえ。めでたいことと思おう。さて、それじゃあお前らはそろそろ戻れ。シロの奴がまもなく起き出してくる。気配で気付かれると厄介だ」
小乃は眠る赤子に頬を寄せ、佐野もその小さな手を指先で握った。
「お前は俺たちの子だ。いい子に育てよ」
「かわいいしっぽだね。佐野とおんなじだ。……ごめんね、クロ」
「ホントにクロでいいのかい?」
「いいよ。キツネらしいじゃないか」
「カンタンすぎやしねえか?」
「僕なんて佐野からとったそのまんまの名前さ」
「……確かにそうだけどよ」
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