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ⅱ
しおりを挟むあの日、シロがいつものように仕事から帰宅すると、部屋には何ともいいがたいケモノの匂いが立ち込めていた。それもいろいろなものがたくさん混ざり合っている。元・人間のサノにはわからないだろうが、髪や衣服を洗っても、空気中の残り香というのは日数が経たないと完全には消えないのだ。
ー「サノちゃん……お前、ここで乱交パーティーでもしやがったのか?」
「は?」
出迎えたサノが、怪訝な顔でシロを見やる。しかしその直後に、「あ・・・」という表情をしたため、シロはすぐさま靴を脱いでサノに迫り、肩をつかむと一気に首から股間、尻のあたりまでを一所懸命にフンフンと嗅いだ。
その中で、ひとつだけよく嗅ぎ慣れた匂いを見つけた。しかし自分が常からこの中に仕込んでいるモノの匂いはすれど、他のオスの精液の匂いや性交の痕跡たる匂いはせず、あくまでもただのケモノ臭だけである。そして下腹のあたりに鼻を近づけたまま、少し驚いて固まっているサノを見上げ、「たくさんのケモノと……黒シャムの匂いが……」と言うと、バツの悪そうな顔をしてコトの真相を話してくれた。
だがそれは今まさしくゲーテが言ったとおりのことだ。さらに付け加えると、サノは久々に仕事が休みなのに、シロは社長のところに仕事の用事で出かけて不在であり、あまりに退屈なのでシロから聞いていたゲーテの『新居』に遊びにいった。しかしそこでもさしてやることがなく、退屈に業を煮やして無理やりゲーテを連れ出し、かねてから見たかったパンダを見に行った……とのことであった。無論半信半疑である。その二人が、シロの目の届かぬところで会ったり遊んだりということは、今までなかったはずだ。それがなぜ突然?
そう恐るおそる尋ねると、「だから君がいないからヒマだったんだよ。やることないのにずっと家にいなきゃいけないの?僕の休日なのに誰とも遊んじゃいけないの?そんなに疑うならこの先一生死ぬまで疑ってればいいだろ。その代わりそんなヤツとはもう暮らしていけないけどな」と案の定怒り始めた。
だからシロはすぐさま「違うんだよ、わかった、ごめん、もう疑わない」と、怖くて思わず出てしまった耳としっぽを弱々しくしおれさせて、あわてて謝った。だからそれ以上サノには真相をせまれず、むしろそのあとはご機嫌をとるのに手一杯であった。サノは普段は優しいが、怒るとおっかないし、顔に似合わぬ厳然たる迫力があって、そうなるとシロはもう決して彼に逆らえなくなるのだ。
ー「シロ坊はハナがいいから、書き置きもせずとつぜん動物園なんぞに行ったら妙な勘ぐりをされてうるさく言われるぞ、と俺は忠告したんだ。だがウワキなどではないのだから、そりゃあくまでもゲスの勘ぐりよと返されて、俺も確かにその通りだと思って、サノ殿の仰せのとおりパンダの見物に同伴したわけさ。まあもちろん、それだけでなくいろんなケモノを見た。なんせ動物園だからな。それで、そのあとは不忍池近くの茶店で休憩し、俺はあんまりにも疲れて眠かったので、夜になる前に解散してまっすぐ帰った。それだけだ。なんともほほえましい休日だろう」
「…………」
シロはしばらく釈然としない顔をしていたが、確かにこの年寄りの化け猫には、もう『オスとしての危険性』などは無いように思い、顛末を聞き終えるとようやく疑いも晴れかけてきた。
「だいたいお前にゃ悪いが、俺がコネコだとしてもサノみたいな癇癪持ちなんかに手ぇ出すのは、絶対に御免だね。それになんかよぉ、あいつの愛は重そうだし、もう死んでるけど何かあったら死なれそうでおっかないもの。奴はちょっとしたヒステリーじゃないのかい」
「確かにカッとなるとキケンだが、怒らすようなことさえしなけりゃいいんだ。……まあいい。悪かったな、変なことのためにわざわざ」
「ったく、お前は図体ばかりでかくて相変わらずノミの心臓だな。だいたいな、もし万が一あいつがウワキをしたんだとしても、そんときゃ男らしく二、三発横っ面をひっぱたいてやるくらいの威勢を持たねばならんぞ。特にああいう気の強い手合いには尚更だ」
「………それが出来りゃこいつだってこんなにうじうじ悩まないさ」
社長がシロの背中をポンと叩いた。
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