つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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「先々のことを考えろ」という言葉が、さっきからずっと頭の中でぐるぐるまわっている。ずいぶんそっけなく感じるこのセリフは、熱くなってそれこそのぼせていた自分には、冷水を浴びせられるがごとく効いた。

平八が頑なに、中で出すことを拒む理由。……梅岡がしつこく忠告してくる理由。男たちが何かを"避けたがっている"のがよくわかる。はっきり言わないくせに、もう明かしているも同然だ。

自分はやはり奇形などではない。おそらく母は陰花の人間なのだろう。だから、あまり『危ないやり方』をすれば、子供を宿してしまう恐れがある。梅岡と平八はそのことに注意を払っている。平八はきっと、陰で梅岡に『真相』を迫ったに違いない。そして梅岡は、自分たちがこのような間柄となり、なおかつ自分の身が『年ごろ』に差しかかったから、種となりうる平八にすべてを打ち明けたのだろう。

男二人のひそやかな秘めごととその取り決めなど、勘の鋭い蓮太郎には見抜かれていたも同然であったが、「先々のことを」というあの言葉で、平八もまたそのことをハッキリと伝えてきたのだ。何より、自分自身の身体である。この身に起こる変化などごまかしようがない。ただ性的快楽を覚えたから平八と乳繰り合いたいのではない。平八という男に心から惚れて、この男の種を欲しがっているから、会うたびに激しく肉体を求めてしまうのだ。違う男に対する性的な興味などカケラもない。

かと言って存外にも淫らな肉体をしていたから、むらむらとしているときならば、違うマラでも女のように善がるのだろう。けれど、平八以外の手に触られたくないし、平八以外の子など欲しくない。これは肉体に付随する野性的な欲求ではなく、人間としての理性的な心の領域でそう思っている。

「……平八さんは、この先にいったいどんなことを描いているのですか」

ぼんやりと川面を眺めながら、魚が跳ねたのと同時に尋ねた。

「この先?」

「先々のことを考えているのでしょう?」

「何だい急に」

「急じゃないです。私はずっとそのことを考えていました」

「言い方が気に食わんかったか」

「別に」

「……俺の先は、まあ、それなりよ」

「何ですそれ。ごまかして」

「なるようになるということだ」

てんで覇気のない答えに、蓮太郎がフウとため息をつく。だが平八は続ける。

「だがお前は違う、放蕩な生き方など出来まい。半分は神の使いとして生まれた身よ。慎重に生きていけ。今は柿本さんのところで世話になってる身だ。だからそのあいだはしっかりと主人に仕えることだけを考えておれ。………男は一生手に職を持ってなきゃならん。ひとときの楽しみに耽って、今を棒に振るようなことはするな」

「…………」

あの日、橋の前でこの男に泣きながら制裁を加えたときの気持ちがよみがえる。しかしよみがえるだけで、もうこの男に対する怒りなどは沸かない。当然のことを言われているとよくわかるし、確かに自分は少し熱に浮かされやすいところがある。

「でも平八さん」

腕を取って、寄り添う。

「私のことを捨てないでください」

いまはそれしか言えなかった。そして、自分の肉体の秘密には迫らないままにしておいた。もうほとんど分かっているから聞く必要もない。お互いの暗黙の中にしまいこんで、この先あまり平八にわがままを言わないようにしようと決めた。
それでも、いつか本当に結ばれたいと思っている。どうしてこれほど好きなのかわからない。いつかこの男を上回る人間など現れるだろうか。現れたとしても、愛の重さを比較することはできない。

「……俺がお前に不義理をはたらいたら、そのときこそは本当に殺せ」

「………」

「殺されても殺されずとも、俺の死に目を見るのはお前であってほしい」

平八の横顔を見上げる。

「………だが今は待て。俺たちはまだハナタレの砂利共に過ぎん。とっつぁんに通すべきスジが俺にもお前にもまだ無いのだ。いまどき駆け落ちや心中など流行ってねえしな」

冗談めかして言うが、しかし蓮太郎を見下ろす眼差しは本気である。いつもこの妖しい眼つきにゾクリとなる。この男こそ本当に人間なのかと問いたくなる。しかし蓮太郎は嬉しかった。腰に抱きついて、胸に顔をうずめた。このままネコにでもなって、ふところに入りこんでしまいたい。そうだ、もしもネコだったなら、このまま部屋に連れ帰ってもらって、ずっと一緒に暮らせるのになあ。そんな馬鹿げたことを、半分本気で考えた。

「ちゃんと立派な大人になります」

「偉いぞ」

背中をポンと叩かれる。

「ああ、ネコになりたい」

「ネコ?」

「ゲーテさんが少しうらやましい」

「ははは、あいつはなんにも考えとらんからな。俺も少しうらやましい」

欄干でクスクス笑い合いながら、平八の体温を感じている。今日はじめて『絶頂めいたもの』を得た瞬間のことを、またぼんやりと思い起こした。
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