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日曜日の杉崎医院は午後の数時間だけ開院しており、どうにかギリギリで間に合ったため、担当医に診てもらうことができた。だが昨夜のハルヒコ同様、天音にも特に異常は見当たらず、疲れか貧血によるめまいだろうと診断されただけであった。

病院のベッドで目覚めたのでそのまま寮に連れ帰ったが、まだぼんやりしていたのでベッドに横たえると、彼はすぐに眠りについた。

ー「明らかに呪われてるな。だって心霊スポット行ったあとに体調崩すって、それしかねえだろ」

210号室のベッドに寝かされる天音を、高鷹と珠希、サラ、大吾郎、同室の秋山が心配そうに見ている。耀介は野球部の練習で不在であった。

「変なこと言わないでよ」

「でもコイツ、また地蔵かなんかに悪さでもしたんじゃねえのか?なあカイザー」

「い、いや……」

「珠希ぃどーする?天音に悪霊が乗り移ってたら」

「やめて」

「……ハルヒコ、天音の昨日の様子は?」

サラが尋ねる。ちなみにハルヒコは、怪現象も自身が病院送りにされたことも、寮の仲間には誰ひとりとして明かしていない。

「いつもどおり文化レベルの低い野蛮な原人そのものだったぞ」

「ふたりともさっきまで川に行ってたんでしょ?熱中症とかじゃなくて?」

「では無いようだと言われた」

「杉崎はヤブだからなあ。わかんねえぞ」

「明日べつの病院行かせる?」

「どーするかなあ。ま、たまにはおとなしくていいけどな」

「確かに」

「アイス食おうぜ」

「食べる」

顔色も悪くはなく、すやすやと眠る天音の寝顔に安堵したのか、珠希は高鷹に手を引かれるとさっさと行ってしまった。しかし直後に天音が、まぶたを閉じたまま突如苦悶の表情を浮かべ、小さく呻いてつぶやいた。

「……アイス……」

「む?」「あ」「天音」「天音!」

4人が同時にのぞき込むと、天音は「僕も……アイス」と続けた。

「天音、起きてるの?」

ゆっくりと薄くまぶたが開かれる。そして瞳がサラの顔をとらえるなり、彼はかすれた声で尋ねた。

「……君は誰?」

「え……?サラだよ」

「サラ……君はサラ。僕はアマネ……」

「?」

「サラ、僕もアイス食べたい」

「わかった。……天音、平気なの?ここがどこかわかる?」

「……」

サラが少し困惑した顔で、天音の頬にそっと触れる。

「君、さっき河原で倒れたんだよ。一応病院にはかかって、異常はないって言われたみたいだけど……どこか痛いところある?頭とか痛くない?」

「どこも痛くない。サラ、君は優しい子だね」

サラはその口ぶりと瞳に、何か違和感を感じた。よく知った天音のはずなのに、別人にすり替わったかのようで少しゾッとする。しかし恐らく失神したことにより、彼もまだ混乱しているのだろう。

「……アイス持ってくる」

「ありがとう」

サラが出て行くのを、大吾郎が目で追う。天音のぼんやりとした瞳はそれを見逃さなかった。

「君は?」

「え?」

「君の名前は?」

「天音……お前……」

「ああごめん、君のこと忘れたわけじゃないよ。でもちょっと、頭の中がごちゃごちゃしてて……」

大吾郎と秋山が不安げに顔を見合わせ、ハルヒコもその様子に渋い顔をして黙りこくった。天音はようやくゆっくりと起き上がったが、どこかごまかすような笑みを浮かべている。

「俺は大吾郎だ。こっちは秋山で、こっちは渦川くん」

「ハルヒコは知ってる。何度も名前を聞いたから」

「お前、明日学校休んで大きい病院行ったほうがいい。付き添いが必要なら俺も行くから」

「んーん、大丈夫」

「でも……」

「ダイゴローは、サラが好き」

「……え?」

「ハルヒコはアマネが好き。ダイゴローはサラが好き。さっきのふたりは、お互いのことが好き」

「……」

「おい!お前突然どーした?!しゃべり方もなんか変だ!本気でヤバイぞ!死ぬのか?!」

ハルヒコが肩をグラグラ揺らすと、秋山がそれを制した。しかし大吾郎は硬直して目を丸くさせ黙り込んでいる。

「ハルヒコ、言ったでしょう?僕には人の心がわかるって」

いたずらに笑うその表情に、昨夜の白装束の少年が重なる。

「ま、まさかお前……」

「今日だけは、この子の身体で、楽しいこといーっぱいさせてあげるね」

緩慢だがからかうような口ぶりでクスクスと笑うと、秋山が「やっぱ変だ」と顔を曇らせた。するとサラが天音の好きなぶどう味のアイスキャンディーと、いつも飲んでいるあたたかい紅茶を食堂のティーポットに淹れ、トレーに載せて戻ってきた。秋山が助けを求めるような顔で訴える。

「サラ、どーしよ。天音なんか人格が変わってる気がする」

「人格?」

「変なことばっかり言ってるんだ。いつもの天音じゃない」

「そう。やっぱり頭打ってるのかも……」

ひとまず落ち着かせようと、ベッドの前にトレーを置き「紅茶飲む?」と尋ねる。すると天音はしばらくその顔をじっと見つめ、先までとは違う少し冷たい眼をして、尖った声でこう言った。

「サラはハルヒコに近づいたらだめ」

「え?」

「ハルヒコはアマネが好きだから。ああ、僕のことね。でもサラのことは弟みたいにしか思ってないよ。だから好きになるだけムダ」

「……」

その突拍子もない発言に、ハルヒコは大吾郎と同じように硬直してとうとう表情を失くした。秋山も同様だ。情けない3人の男たちは言葉を失い、サラの顔も見ることができず、このままこのおかしな空間から走り出したい衝動に駆られた。

人の心がわかると言ったくせに、そんな男たちの心情など意にも介さぬ様子で、天音が嬉しそうな顔でアイスキャンディーの袋を開ける。だがかぷりと咥えて「ふあ、つめたっ」とすぐに唇から離した。どうやら前歯が痛かったらしいが、まるで生まれてはじめてアイスを口にした赤ん坊のようであった。

言葉や仕草のひとつひとつが、何もかも今までの天音とは違う。何者かが彼の脳をジャックして、彼の本来の意思を封じ込め勝手に操作しているかのように。
しかし不気味な光景だと思いつつも、サラは至って冷静に返した。

「知ってるよ。だから僕たちはもう変な恋人ごっこはやめたんだ」

「あっそ、それなら別にいいけど。でももう近寄らないで」

舌先でアイスを恐るおそる舐め、端っこをかりかりとかじる。

「おんなじ部屋だから、近寄らないのは無理かな」

「じゃあ僕と君のお部屋を交換して?今夜だけでいいから」

「今夜……だけ?」

「一晩でいい。それが限界だから」

「どういうこと?」

「お願い」

手首をぎゅっと握られる。その手は驚くほど冷たくて、サラは思わず振り払うように手を引っ込めた。するとあっさりと冷たい手はほどけ、天音がぐらりとバランスを崩した。

「あ……おい、天音……」

大吾郎がようやく声を発して天音の身体を支え、右手から落ちそうになるアイスキャンディーをそっと取り上げた。彼は河原で倒れたときと同じく、脱力したかのようにベッドに臥せると、ゆっくりとまぶたを閉じた。

「時間がないの……力が……もう……」

「天音?天音、どうしたの?平気?」

天音と呼ぶことさえ不自然な気もするが、目をつむりながら話す彼の頬を、サラが指先でぺちぺちとはたく。

「アイスありがと……お供えされたことないから、食べてみたかった……」

寝言のようにつぶやくと、彼はそのまま寝息を立てて再び眠ってしまった。
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