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「ううむ……さすがにライトなしだとキツイな……」

ゴーっという地鳴りのような音、ヒタヒタと響くサンダルの足音、山鳥かコウモリが棲息しているのか、何かがキーキーと声をあげバサバサと羽ばたく音が不気味に響く。だがここは、それを上回る静寂に満ちていた。

「おーーいガラパゴスくーーん!!とはやしだーーー!!どこにいるーー?」

声がわんわんと反響するが、肝心の彼らの声はまったく返ってこない。

「童貞の中の童貞ども!!出てこいやああぁぁぁあ!!」

声色を変え、ひとりで反り返って古いモノマネをしてみる。だが声はやはり虚しく闇の中にかき消えていくだけであった。

「妙だな……なぜ懐中電灯の光すら見えんのだ?」

とぼとぼと歩き出し、「おーい星崎天音、林田、お前ら何かたくらんでるのかー?」とやや弱々しい声で呼びかける。

「お前らがその気なら、今すぐ出てこないと、先に車でダムに行っちまうぞ。そしたら迎えになど来てやらんぞーー」

ぴちょん、と水滴の音が近くなる。もう半分の距離を歩いたはずだ。これほど短いトンネルの中で、ふたりはいったいどこに消えてしまったのか。だが暗闇だから姿が見えないだけで、いま真後ろに息を潜めていてもわからないだろう。……それがたとえば、彼ら以外の別のものであったとしても。

「……む?」

顔を突き出し、目をこらす。入り口の方に、ぼんやりと白い何かが見える。懐中電灯の光ではない。もやもやとした煙のような何かだ。しかしなぜこんな暗闇で煙が見えるのだろう。ここに光源などはない。あの煙自体が発光しているのだろうか?

「星崎天音?」

「……助けて」

声が返ってきた。か細く弱々しい声だ。

「おい!お前か?」

「……動けない」

ひどくかすれているが、確かに天音の声だ。いっこうに目が慣れぬが、ハルヒコはつまずきながらも駆け寄った。

「どうした?お前、怪我したのか?」

近寄ってみると、そこには確かに人らしきものがうずくまっている。姿はまったく見えないが、そっと手を伸ばすと髪に触れた。

「足をやったか?」

「閉じ込められてるんだ……」

「閉じ込められてる?大丈夫だ、出口はちゃんとあるぞ。車も外に停めてある。お前まさかこんな一本道で迷ったのか?ライトはどうした?」

「うっ……うぅ……」

すすり泣く声。ハルヒコは困惑した。

「おい、どっか痛むのか?」

「うっ、うっ……くっ……」

「泣いてちゃわからんだろ。ガキじゃないんだからちゃんと状況を説明しろ。それと林田はどうした?合流できたのか?」

「どこにも……誰もいない……僕はひとりで、ずっとここに……」

「くそう、困ったな。あのバカどこに行っちまったんだ。はーあ……とりあえずお前も車で待ってろ。立てるか?」

「動けない……動けないんだ……」

「軟弱な男だ。仕方ない」

ハルヒコは暗闇で彼の背中と膝裏を探り抱きかかえると、そのままぐっと力を込めて持ち上げた。

「お前、ひょろいくせに意外とずっしりしてるな。密かにプロテインでもやってるのか?」

「………」

「……なあ、痛くないか?」

「………」

「まったく、よりによってこんな病院もないド田舎で怪我しやがって」

文句を言いつつ、どうにか天音を見つけられた安堵で足取りは先よりも軽かった。あとは林田だが、車に戻ったら今度は池田を連れてふたりで探そうと考えた。









池田は携帯を握ったまま、極力窓の外を見ぬようにじっと座席に視線を落としていた。だがこんなときに限って、ネットで目にしたありきたりなオカルト話が次々に浮かんでくる。その中でもやはり心霊スポットでのオカルトは特に多いが、こういう展開だとパターンはだいたい決まっている。

たとえばこんな状況なら、車の中にいたとしても決して安全ではない。ふと気づくと窓にびっしりと手形がつけられ、座席の下から血まみれの手が伸びてきて、自分の足をつかんで引っ張ってくる。あるいは気がつくと幽霊の集団がぐるりと車を囲み、窓をバンバンと叩きながらゾンビのように無理やり車内に入り込もうとしてくる。そんなことを想像し、耐えきれずにとうとう目をつぶった。……そのときだ。

ー「ねえ、開けて」

「ひいっ!!」

背後で何者かの声が確かに聞こえ、窓をコンコンと叩かれた。池田は飛び上がるほど驚き、持っていた携帯を座席の下に落とした。そのままガバリと頭をかかえてうずくまり、マヒを起こしそうなほど心臓をドクドクと鳴らした。

「ハルヒコくん……ハルヒコくん……早く帰ってきて……」

口の中が渇き手足が冷たくなっていくが、背中からは汗が吹き出している。ガタガタと震えすぎて、このまま過呼吸を起こしそうだった。ここに来たことを心の底から後悔する。月曜日から仲間はずれにされてもいいから、ハルヒコと林田の誘いなど断固として断るべきであった。もう2度と遊び半分でこんなところに来てはいけない。きっとこれは天罰に違いない。池田は心の中で何度も何度も霊に謝った。だが、声の主は言った。

「池田くん、僕だよ」

「……え?」

そろりと背後の窓外に目をやる。

「開けてってば。どうして鍵閉めてるの?」

窓の外でくぐもった声で呼びかけるのは、天音であった。そのとなりには林田が腕を組んで立っている。

「う……うわ……うわああぁぁぁぁああ~~~!!」

池田は半泣きでドアを開けると、一も二もなく天音に抱きついた。林田が「うおっ」と低い声で驚き、天音はその予想外の衝突を受け止めきれず、尻餅をついて倒れてしまった。

「ちょ……っと、なに?どうしたの?」

「ふたりとも、う、うう、動けないって連絡してきたの、あれ、嘘だったんですか?」

「へ?」

「何言ってんだおめー」

「トンネルの中で動けないから、助けてくれって……さっき電話してきたでしょ?だから僕ら、先輩が大怪我でもしたのかと思って、それで、それで……」

両腕をがっしりと掴まれながら池田に必死の形相で迫られ、天音は少したじろいだ。

「待って池田くん、電話ってなに?僕、君に電話なんてしてないよ」

「僕じゃなくて、ハルヒコくんの携帯ですよ」

「いや、してない。林田くん電話した?」

「んーん、してねえよ」

「でも車の中で待ってたら、急に電話が鳴って……それでハルヒコくんが、先輩が動けないって言ってるって……」

「それ違う人じゃないの?だって……」

天音が自分の携帯をポケットから取り出し、履歴を開いて見せた。

「ほら、かけてないもん。ていうかあいつに電話したこと1回もないし」

「そんな……」

「その人が、動けないから助けてって連絡してきたの?」

「はい。でもハルヒコくんは先輩だって言ってて……」

「ていうか池田、渦川どーした?」

「いや、だから、トンネルの中まで助けに行くってさっき入って行ったんだよ」

「は?」

「池田くん、それいつごろ?」

「もう10分くらい前ですけど……」

「人違いだよ……でもおかしい、だって僕らハルヒコと会わなかったよ?10分前なら確実にすれ違うはずだけど……」

「ホントにあのトンネルの中に入っていったのか?」

「うん、ちゃんと見てたもん」

天音と林田は顔を見合わせ、眉根を寄せて首をひねった。

「あ、でもそういえば……」

「なに?」

「ハルヒコくん、なんにも表示されない相手から電話が掛かってきたって言ってました」

トンネルから風が吹き抜け、3人の頬に生ぬるく湿った空気が当たる。唯一の頼りであった月明かりは雲によってさえぎられ、木々がザワザワと葉を揺らした。
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