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「……実際来てみると、けっこーヤバそうな感じするな」

林田の言葉で、天音以外のふたりはゴクリと生唾を飲んだ。池田はすでに蒼白でガタガタと肩を震わせている。入り口の周りには行く手を阻むように背の高い草が生い茂るが、立ち入り禁止の看板などもなく、ただひたすらに暗闇が続くだけの空洞であった。おあつらえ向きに生ぬるい風がぼわりと吹き抜け、反響音にまじって水の滴る音も聞こえる。

「星崎くん、マジで行ける?」

「うん、行けるよ」

「じゃー車で先に抜けて、俺が向こうから行くから、途中で合流ね。たぶん5分くらい歩けば真ん中で会うと思う」

「オッケー」

「先輩、ホントに行くんですか?やめましょうよ」

「短いし平気でしょ。ユーレイ出たら電話するから君らも見に来なよ」

「お前、ホラー映画で序盤に死ぬ奴とおんなじ性格してるな」

「それ高鷹にも言われたことある」

「なに言ってんだ。これが映画なら、肝試しに来てる俺ら全員このあとガケから落ちて死ぬだろ。呪われて」

「確かに!」

「もーやめてよお!」

「じゃー星崎くん、動画よろしく」

「はいよ」

天音は積まれていた懐中電灯を持つとさっさと後部座席から降りていき、ハルヒコたちは天音を置いて先に車でトンネルの出口まで向かった。

「ねえ、ホントに先輩ひとりにして平気なの?」

「なんだお前、本気でユーレイなんか出ると思ってるのか?」

「いや、それは……」

「え、俺は出ると思ってるけど」

「バカらしい」

「渦川は信じてねえくせにビビリだな」

「先に奴を行かせたお前の方がよっぽど意気地がないだろ」

「ああ?ならお前もここで降りてみろよ。俺が出口まで運転してってやるからよ」

「動かせるもんなら動かしてみやがれ。貴様のような原人にハンドルを握らせたって、どーせド真ん中で立ち往生だ」

「やめなよ、なんでこういうとこに来てまで言い合いなんかするんだ」

はるか後方に天音の持つ懐中電灯の灯りが見えるが、それがもうどれほどの距離なのかはわからない。だが林田の言ったとおり、1分ほどで早くもぼんやりとトンネルの出口が浮かび上がってきた。

「……なんか結局、暗いだけで特に何もなさそうだな。ふつーに抜けられちまった」

「よし林田、それじゃあさっそくお前はひとりでUターンだ。しっかりネタを撮って、イグアナもちゃんと連れ帰ってこいよ。」

「お前、ビビらせようとして先にどっか行ったりすんなよ?クラクション鳴らすとかもな。もしやったらマジでボッコボコにしてやるから」

「ふん、やっぱり怖くて仕方ないんだな」

「よけいなことするなよっつってんだ」

「わかったからとっとと行け。このあとのダムもあるんだから、チンタラすんなよ」

「うい、そんじゃー池田、ちゃんと周りを見張ってろよ」

「気をつけてね」

林田もペンライトを持って車を降り、ホタルのような光をちらつかせながらあっという間に闇に溶けていった。

「あのバカ、後にひけなくて強がってるが、本当はションベンちびってるはずだぞ」

「それにしたってよくこんなとこ入っていけるな。信じられない」

「死体でも見つかるんじゃねえか?それより、ダムまでずいぶん遠いなあ。飛ばしてもこっから1時間近くかかるぞ。もっと近いと思っていた」

「運転係がひとりしかいないってのも、ちょっと酷だね」

「ドライブは嫌いじゃないが、こんなシケた場所ってのはなあ。おまけに山メインだ。高速にのって横浜とか行きたいなあ」

「君がそんなベタなドライブをしたがるとは思わなかったよ」

「オレは山道と田舎道なんかもーこりごりなんだ」

座席を倒し、ハルヒコがごろりと寝転がった。

「おい、さっきコンビニで買ったやつ、なんでもいいからテキトーにくれ」

「うん……えっと、冷やし中華と冷たいラーメン、あと焼きそばパンとお好み焼きパンとコロッケパン……おにぎりは梅しらすと……」

「コロッケパンとコーラだ。あと昆布の握り飯」

池田から手渡され、袋を破りパンをほおばる。するとそのタイミングで、ハルヒコの携帯に着信が入った。池田が「うわっ」と肩をすくめたが、静かな山道の車内で、着信音は大音量のアラームのように鳴り響いた。

「なんだ?これ……」

ハルヒコが首をかしげる。着信を知らせる画面には、名前はおろか番号も表示されていなかった。
「どうしたの?」

「番号も名前も出てないんだ。どうなってんだ」

「え……なにそれ」

「ちょっと出てみるか」

「怖いからやめなよ」

池田は不安そうな顔をするが、ハルヒコは躊躇せず電話口に出た。

「俺だ」

「俺だ、って……」

「……ん?なんだお前、イグアナか?」

ハルヒコが電話をしながら池田の方を見やり、池田も不思議な顔をして見つめあった。

「お前、携帯なんか変じゃないか?……え?」

ハルヒコが倒していた座席からおもむろに起き上がると、「まだトンネルの中にいるのか?」と尋ねた。

「林田はどうした?……おい、もっとでかい声で話せ。……だめだ、電波が悪いな……なあ、お前、動かないでそこにいろ。いいな、その場から動くなよ」

「……ハルヒコくん?」

「トンネルに戻るぞ」

「え?……な、なんで?」

「俺にもよくわからんが、イグアナが動けないと言っている」

「そんな!どうして?」

「さあ。動けないから助けてくれとしか言わないんだ」

「怪我したのかな?……救急車呼ぶ?」

「林田が言ってたが、この山道で事故っても救急車が来るまで2時間かかるそうだ」

「2時間?!」

「この市内に病院と警察署がないらしい。東京とは思えんクソ田舎だ」

「先輩たちが大怪我してたらどうするの?動けないってよっぽどじゃないか……?」

「そう言われてもどうすることもできん」

苦い顔でキーを回す。しかしエンジンは一瞬だけかかり、なぜかすぐに止まってしまった。

「……おう?何だ急に?おいしっかりしろ、このクソオンボロ林田号!イグアナんちのスクラップ工場に持ってっちまうぞ!」

だがそれから何度キーを回してもエンジンはかからず、やがて車はうんともすんとも言わなくなってしまった。ハルヒコが、むふーと鼻から大きく息を吐き出す。

「池田くうん……こりゃいったいどういうことかね?」

問いかけても、池田はこの「お約束」のような現状に言葉を失いガタガタとふるえている。

「こんなベタな展開あるか?……くそ、仕方あるまい。おい池田、お前はとりあえず待機だ。」

「待機?」

「俺がトンネルに奴らを探しに行くから、お前はすぐに携帯に出られるようにしてここで待ってろ」

「ひ、ひとりでこんなところにいるのなんか嫌だよお!」

「なら一緒に来るか?」

「それも嫌だ……」

「イグアナか林田を見つけたら連絡する。だがもし俺から30分電話が無かったら……それかそれ以上の時間戻らなかったら、警察呼べ」

池田は今にも泣き出しそうに眉を八の字にして顔を歪めていたが、それが最善だと理解したのか弱々しくコクリと頷いた。ハルヒコはすぐに車を降りていき、トンネルへと駆けていく。池田は携帯を握りしめ、ひとり助手席で膝を抱えた。
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