上 下
80 / 128

2

しおりを挟む


ー「お前、ずっとどこ行ってたの?」

昼休みが終わるとようやく林田に問われた。ハルヒコは月曜から昨日の木曜までゆくえをくらましており、今朝になってしれっとした顔で登校してきたのだ。

「メキシコに里帰りだ。エル・サウサルで金脈を探していてな」

「池田から聞いたけど、今日帰らなかったら捜索願い出すとこだったらしいぞ。星崎くんたちが」

「……むしろ丸4日音信不通なのに、先生に風邪としか報告してない先輩たちに驚きだよ」

「仕方ねーべ、こいつの日頃の行いのせいだ」

「俺が裏庭で縛られて放置されてもシカトしてる連中だぞ。ほんの数日消えたくらいで騒ぐわけがなかろう」

「そうならないように、もう少しふだんの態度を改めるべきだと思う」

池田が言うと、「さすが池田くん、いいこと言うなあ」と、汗だくのTシャツを脱いだ天音が背後からやってきた。

「お前少しは見習え」

左手に持ったTシャツでハルヒコの頭をばさりとはたくと、水道でタオルを濡らして身体を拭いた。ハルヒコは何かを言いたげな顔でその背中を見つめていたが、そっと背後に忍び寄ると、おもむろに天音の身体に腕をまわして両方の乳首をつねった。天音は「ひいぃぃ!!」と奇声をあげ咄嗟のまわし蹴りをしたが、ハルヒコはそれを回避してそこから走り去っていった。天音は「一生帰ってくんなクソガキ!!」と叫び、こめかみをピクピクと痙攣させながら「くっそ……あいつ本気でムカつく……」と恨めしそうにつぶやいた。

日曜日、ハルヒコは川から上がって一旦は寮に帰ったが、いつものジャージに着替えるとサラに「しばらく出かけてくる」と言い残し、ギターケースにしまってあった金を持ってそのままあてもなく電車に乗った。そのうちなんとなく海を見たくなったので、いちばん近場の海に出てボーッと海を眺めて過ごしていた。そのまま近くの安い民宿に部屋を取り、翌日は道具を借りて釣りやサーフィンをして1日をだらだらと過ごし、気がつくと木曜の夜になっていたので、今朝の始発の電車で帰ってきたのだ。

「あの光景」を海に捨ててくることはできなかった。魚を釣り、ボードから落下して波にのまれながら、何度も何度も電柱から目撃したモノについて考えた。天音といっしょにサッカーはできても、もうあの日のことに触れることはできない。ただでさえ普段から犬猿状態のふたりのあいだに、決して乗り越えることのできない大きな壁が隔たったのを強く感じている。

ひとりきりの宿で試しにオナニーをしてみたが、あの光景がよぎるせいで気分が萎えて、結局4日間1度も抜けなかった。長い脚が三国の両脇から伸び、細い腕がたくましい肩に絡みついている、あの光景。水曜には夢にも出たが、夢の中の天音は現実のように驚愕せず、三国の肩越しにこちらを見てニヤリと笑っていた。サラに似た魔性の笑みだった。

つくりものの成人誌やアダルト動画は観られても、生のセックスにはアレルギーに近い感情がある。クラスメイトたちが語る、各々の彼女との生々しい経験談などもってのほかだ。サラが吹いていたシャボン玉のように、都合よくいらない記憶が消えればいいのだが、脳というのは嫌なことほど強く繰り返しその光景を映し出してくる。幼いころの母親の像が、いつまでも茶渋のようにこびりつく。あの女はまちがいなく淫魔にとりつかれていたし、引き込まれる男たちも理性などハナからもたないケダモノとなんら変わらなかった。

だが、親を愛することがなかったのは幸いだ。もしも母親を親として慕っていたのなら、きっと壊れていた。母親を親と思わず、彼女も自分を子供と思わなかったから、彼女が何をしていようとも心を痛めることはなかった。だからセックスに対してはまだ嫌悪感を抱く程度で済んだのだ。

しかしハルヒコは、もしも欲望に従いサラを抱いたら、彼が自分の母親のようになってしまうのではないかと恐怖していた。サラのことは嫌いになりたくないが、自分の中で母親と重なってしまえば、きっと彼のことをまともには見られなくなる。あるいは、もしも自分の中に淫魔に引き寄せられる汚い男どもの気持ちが乗り移ったら、きっとこれまで保ってきた大事な何かが死に絶えてしまう。

彼らと自分たちが同じなわけがないのに、「もしもそうなってしまったら」という漠然としたドス黒い恐怖の渦に、いつまでも支配されているのだ。サラは元来の勘の良さか、そういうところを無意識に掬い取ったから、自分に対して「弱い」などと言ってきたのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

家族連れ、犯された父親 第二巻「男の性活」  ~40代ガチムチお父さんが、様々な男と交わり本当の自分に目覚めていく物語~

くまみ
BL
ジャンヌ ゲイ小説 ガチムチ 太め 親父系 家族連れ、犯された父親 「交差する野郎たち」の続編、3年後が舞台 <あらすじ>  相模和也は3年前に大学時代の先輩で二つ歳上の槙田准一と20年振りの偶然の再会を果たした。大学時代の和也と准一は性処理と言う名目の性的関係を持っていた!時を経て再開をし、性的関係は恋愛関係へと発展した。高校教師をしていた、准一の教え子たち。鴨居茂、中山智成を交えて、男(ゲイ)の付き合いに目覚めていく和也だった。  あれから3年が経ち、和也も周囲の状況には新たなる男たちが登場。更なる男の深みにはまりゲイであることを自覚していく和也であった。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

【R-18】僕は堕ちていく

奏鈴
BL
R-18です。エロオンリーにつき苦手な方はご遠慮ください。 卑猥な描写が多々あります。 未成年に対する性的行為が多いですが、フィクションとしてお楽しみください。 初投稿につき読みづらい点もあるかと思いますがご了承ください。 時代設定が90年代後半なので人によっては分かりにくい箇所もあるかもしれません。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 僕、ユウはどこにでもいるような普通の小学生だった。 いつもと変わらないはずだった日常、ある日を堺に僕は堕ちていく。 ただ…後悔はしていないし、愉しかったんだ。 友人たちに躰をいいように弄ばれ、調教・開発されていく少年のお話です。 エロ全開で恋愛要素は無いです。

おとなのための保育所

あーる
BL
逆トイレトレーニングをしながらそこの先生になるために学ぶところ。 見た目はおとな 排泄は赤ちゃん(お漏らししたら泣いちゃう)

処理中です...