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ー「あれ、珍しいな。出かけてたの?」
大会に向けての厳しい練習の最中だが、耀介は昼食をとりに寮の食堂に戻っていた。
「うん。ちょっとね」
サラが冷凍庫から桃味のアイスキャンディーを取り出すと、耀介の斜め前に掛けて咥え、冷たさでくちびるの薄い皮がアイスに張り付いた。
「校庭の外、今年もすごいね。近所の人たくさん練習見に来てる」
「そー、この時期は周りのほうが熱すぎてイヤになる。たまに野次飛ばしてくるおっさんいるし」
「しょーがないよ、うちの学校野球部がいちばん強いんだもん。この市はそれだけが誇りだから、住んでる人たちみんなが期待してるんだ」
「もし甲子園決まったら夏休みは学校の周りが人だかりんなるぞ」
「決めてね」
「……おう」
「テレビで応援するから」
「なんだよ、球場まで来てくれよお」
「やだよ、暑いもん」
「……まーサラは死ぬかもな」
「でしょ」
薄桃の棒を舐める赤い舌先と、細くなった先端を包み込む冷たく柔らかなくちびるを、耀介は数秒ほどじっと見てから、ハッと目を逸らした。男子校の中でもことさら男臭くむさ苦しい連中と毎日群れているせいか、サラの涼やかな存在感はこの時期は特に際立つのだ。まるで、真夏の丑三つ時にあらわれる幽霊のように。だが「それだけ」ではない。男たちはそれだけではない何かを、サラから感じ取っている。
ここが男しかいない空間だからなのか、あるいは女といてもそれが変わらぬのかはわからない。サラには妙な引力がある。砂地から砂鉄を引き寄せる磁石か、あるいは心の奥底をざわめかせる魔力のようだ。耀介は、天音と珠希にもそれと同じものを感じている。だがその中でも、サラがいちばん「強い」ように思える。この効力は女にも発揮されるのだろうか?女に好かれるには申し分ない顔立ちだが、「これ」は男にしか分からぬ気持ちのような気もする。
……しかし耀介は、サラの魔力には取り憑かれていない。独特の魅力に満ち溢れた不思議な男だとは思うが、彼に焦がれているわけではない。取り憑かれているのは、大吾郎だ。わざわざ確かめなくとも実にわかりやすくサラに落ちている。その沈黙は物静かなりにもうずいぶん長いあいだ守られているが、隠しきれていない。
「……話変わっていい?」
「なに?」
「サラ、恋人作んないの?」
「……恋人?」
「なぜか渦川といちゃついてるけど、もったいねえよ、お前すげーいい男なのに。もっと外に出て出会い探せば、ソッコー見つかるよ、かわいい子」
「女の子ねえ……別に興味ない」
「……だよなあ、そんな感じするわ。わかってたけど言ってみた。お前はある意味ここに来て正解だったかもな。ひそかにすげえモテてるもん、嬉しくないだろうけど」
「うん、嬉しくない。でもここに来て正解だったと思ってる。耀介も天音もみんないい人だし、好きになれたから」
「そっか、ならよかった」
去年からは想像もつかないほど、こうしてサラと会話をできるようになったことは、耀介にも喜ばしいことであった。心を閉ざしたまま、天音以外との誰とも打ち解けることなく3年間を過ごすだなんて、あまりにも寂しいことだ。だがここまでサラを導いたのは、他の誰でもない天音の力である。ハルヒコと閉じこもった世界の中にいても、サラには天音がいなければダメなのだと、耀介にはわかっていた。
「あのさ、何となく俺らって、天音を中心に回ってるよな」
「そうかもね……元からいちばんしっかり者だったし」
「渦川が来てから化けの皮剥がされたし、人をまとめるのがうまいとかじゃないけど、それでもやっぱりあいつが軸のような気がする」
サラがほほえみながら小さくコクコクとうなずく。そして、半分まで食べたアイスキャンディーを耀介にそっと差し出した。
「もういらない」
「じゃあもらう」
「練習、がんばってね」
「おう」
サラが立ち上がり食堂を出て行こうとした。すると耀介が「あのさ」と呼び止めるが、すぐに「いや、なんでもない」とかぶりを振った。
いつもとは違う翳りが、ずっとサラの顔を覆っていたのが気になっていた。今日の彼は、寂しさをこらえて気丈に振る舞っているかのような、今までに見たことのない表情をしている。でもそれがなぜだか、血のあたたかさや人間味が増し、きちんと生きているように感じられた。
暗く翳って寂しそうではあるものの、ロウ人形や幽霊画のような冷たい憂いを帯びたかつての彼とは違う。その理由を問いかけようとして、そんな必要はないと思いとどまった。なぜなら彼も自分たちと同じ人間で、青く熱い血を有した、ひとりのごく普通の青年なのだから。
大会に向けての厳しい練習の最中だが、耀介は昼食をとりに寮の食堂に戻っていた。
「うん。ちょっとね」
サラが冷凍庫から桃味のアイスキャンディーを取り出すと、耀介の斜め前に掛けて咥え、冷たさでくちびるの薄い皮がアイスに張り付いた。
「校庭の外、今年もすごいね。近所の人たくさん練習見に来てる」
「そー、この時期は周りのほうが熱すぎてイヤになる。たまに野次飛ばしてくるおっさんいるし」
「しょーがないよ、うちの学校野球部がいちばん強いんだもん。この市はそれだけが誇りだから、住んでる人たちみんなが期待してるんだ」
「もし甲子園決まったら夏休みは学校の周りが人だかりんなるぞ」
「決めてね」
「……おう」
「テレビで応援するから」
「なんだよ、球場まで来てくれよお」
「やだよ、暑いもん」
「……まーサラは死ぬかもな」
「でしょ」
薄桃の棒を舐める赤い舌先と、細くなった先端を包み込む冷たく柔らかなくちびるを、耀介は数秒ほどじっと見てから、ハッと目を逸らした。男子校の中でもことさら男臭くむさ苦しい連中と毎日群れているせいか、サラの涼やかな存在感はこの時期は特に際立つのだ。まるで、真夏の丑三つ時にあらわれる幽霊のように。だが「それだけ」ではない。男たちはそれだけではない何かを、サラから感じ取っている。
ここが男しかいない空間だからなのか、あるいは女といてもそれが変わらぬのかはわからない。サラには妙な引力がある。砂地から砂鉄を引き寄せる磁石か、あるいは心の奥底をざわめかせる魔力のようだ。耀介は、天音と珠希にもそれと同じものを感じている。だがその中でも、サラがいちばん「強い」ように思える。この効力は女にも発揮されるのだろうか?女に好かれるには申し分ない顔立ちだが、「これ」は男にしか分からぬ気持ちのような気もする。
……しかし耀介は、サラの魔力には取り憑かれていない。独特の魅力に満ち溢れた不思議な男だとは思うが、彼に焦がれているわけではない。取り憑かれているのは、大吾郎だ。わざわざ確かめなくとも実にわかりやすくサラに落ちている。その沈黙は物静かなりにもうずいぶん長いあいだ守られているが、隠しきれていない。
「……話変わっていい?」
「なに?」
「サラ、恋人作んないの?」
「……恋人?」
「なぜか渦川といちゃついてるけど、もったいねえよ、お前すげーいい男なのに。もっと外に出て出会い探せば、ソッコー見つかるよ、かわいい子」
「女の子ねえ……別に興味ない」
「……だよなあ、そんな感じするわ。わかってたけど言ってみた。お前はある意味ここに来て正解だったかもな。ひそかにすげえモテてるもん、嬉しくないだろうけど」
「うん、嬉しくない。でもここに来て正解だったと思ってる。耀介も天音もみんないい人だし、好きになれたから」
「そっか、ならよかった」
去年からは想像もつかないほど、こうしてサラと会話をできるようになったことは、耀介にも喜ばしいことであった。心を閉ざしたまま、天音以外との誰とも打ち解けることなく3年間を過ごすだなんて、あまりにも寂しいことだ。だがここまでサラを導いたのは、他の誰でもない天音の力である。ハルヒコと閉じこもった世界の中にいても、サラには天音がいなければダメなのだと、耀介にはわかっていた。
「あのさ、何となく俺らって、天音を中心に回ってるよな」
「そうかもね……元からいちばんしっかり者だったし」
「渦川が来てから化けの皮剥がされたし、人をまとめるのがうまいとかじゃないけど、それでもやっぱりあいつが軸のような気がする」
サラがほほえみながら小さくコクコクとうなずく。そして、半分まで食べたアイスキャンディーを耀介にそっと差し出した。
「もういらない」
「じゃあもらう」
「練習、がんばってね」
「おう」
サラが立ち上がり食堂を出て行こうとした。すると耀介が「あのさ」と呼び止めるが、すぐに「いや、なんでもない」とかぶりを振った。
いつもとは違う翳りが、ずっとサラの顔を覆っていたのが気になっていた。今日の彼は、寂しさをこらえて気丈に振る舞っているかのような、今までに見たことのない表情をしている。でもそれがなぜだか、血のあたたかさや人間味が増し、きちんと生きているように感じられた。
暗く翳って寂しそうではあるものの、ロウ人形や幽霊画のような冷たい憂いを帯びたかつての彼とは違う。その理由を問いかけようとして、そんな必要はないと思いとどまった。なぜなら彼も自分たちと同じ人間で、青く熱い血を有した、ひとりのごく普通の青年なのだから。
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