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しおりを挟むー「……君、川で釣りしてたんじゃないのかよ」
天音がうなだれながら切り出す。
「何で場所がわかったの?」
するとハルヒコがすっくと立ち上がり、つかつかと近寄ってきて天音の尻ポケットに強引に手を突っ込んだ。そして小さな四角いプラスチック製の機械を指先でつまみ、目の前にかざした。
「お前のケツには神経が通ってないのか?」
「なにそれ」
「ネコちゃんの首輪に取り付けるGPSだ」
「……はあ、もうほんとに警察に突き出していい?」
天音はさらにガックリと肩を落とし、うんざりしたように言った。
「ほんの出来心だ」
「犯罪者はみんなそう言うんだろうね」
「……なあ、お前……」
「なにも聞かないで」
相手の男は背中しか見ていないが、ハルヒコにはそれが「誰」だかすぐにわかった。彼は「職場」ではよくポロシャツをまとっているが、今日はそれがTシャツに変わっただけである。あの広く大きな逆三角の背中と、ゴルフと水泳で真っ黒に焼けたしなやかでたくましい腕、そして「教職員」らしく髪を短く刈った後頭部は、ほぼ毎日目にしているよく見慣れた後ろ姿であった。だから、ハルヒコには二重の衝撃だった。
「そういうわけにはいかない。お前、あの男、三国だろ」
「それを確かめてどうするつもり?」
顔を上げてキッとにらみつけた天音の目が、泣き出す寸前のようにうるんでいる。ハルヒコは少したじろいだが、発信機を池に投げ捨てると、「どうもしない」と返した。
「じゃあ黙ってろ」
「……なあ、教えてくれ。お前が嵐の中でも会いに行っていたのは、あの男なのか?」
天音が無言で顔をそむける。
「俺はバカにするつもりで聞いてるんじゃない。……こっちを見ろよ。お前はサラよりも頑なだ」
「君に対してだけだ」
「いつからあの男と?」
「関係ないだろ」
「禁断の関係だ」
「うるさい」
パチン、と乾いた音が響く。右ほほをぶたれたが、ハルヒコはまっすぐに、涙をこぼす天音の目を見た。
「誰かに言ったらぜったいに君を許さない。僕だけじゃなくて、あの人の人生までめちゃくちゃにするようなことなんて、ぜったいに許さないからな」
「誰にも言わん。それに他人の人生にかかずらうほど俺は暇じゃない。……だがお前は、あの男が好きなんだな」
「好きじゃなきゃコソコソ会うわけないだろ」
「……うむ」
「最悪だ。人生でいちばん最悪な日だ」
涙が次々に地面にこぼれ落ちていく。ハルヒコはそれを見て、ようやく罪悪感のようなものが沸き起こってきた。けれど今日見たものこそ、本当に知りたかったことでもあった。池の脇に落ちていたウエスタンハットを拾い上げ、うつむく天音の頭にかぶせてやる。そして泣かせてしまった彼に対して、気の利いた答えなど浮かばないが、心からの言葉を口にした。
「三国は幸せな男だな」
「……」
それだけ言って立ち上がると、ハルヒコはずぶ濡れのまま歩き出した。
「どこ行くの?」
「帰る」
「そんなびしょ濡れで?」
「お前のせいだろ。……三国は幸せな男だ。お前も乱暴者の極悪人のくせに、恵まれた人間だ。俺とサラじゃ一生手にできないものを、お前らは持ってる」
「ハルヒコ」
「帽子、ちゃんと持って帰ってこいよ」
そう言って彼は公園を出て行き、駅の方へと去っていった。姿が見えなくなる頃に池田が3人分のペットボトルを袋にさげて戻ってきたので、ふたりはベンチに並んでしばらく休んでから、天音は「これ君が持ってて」と池田の頭に帽子を乗せて、敬吾のマンションへ戻っていった。
ー「天音……」
近所を捜したものの、どこにも見当たらないので先に部屋に戻っていた敬吾が、飼い主の帰りを待つ犬のような顔で天音を迎え入れた。池田と鉢合わせなくてよかったと安堵しつつ、天音は何というべきか考えたがうまい言い訳が思い浮かばなかったので、半分だけ事実を伝えることにした。
「ごめんねケイちゃん。あの……実は僕たち、変な奴に覗かれてたんだ。窓の外の電柱から」
「ええ?!」
「だからそれ追いかけて……でも、もう平気だから」
「平気って……それ、警察に……」
「だ、ダメだよ!あんなとこ見られて、警察にどう説明するの?犯人は捕まえて、絞めといたから大丈夫」
「捕まえたの?!ていうか、絞めた……?」
「うん、だからもう2度とここには来ないと思う。それに録画とかもされてないから安心して。あのさ、もう留守中に窓開けっぱなしはダメだよ。カーテンも」
「は、犯人ってどんな奴?」
「えっと……なんか……汚いおじさん」
あやふやな説明を訝しむが、それよりも事態が整理しきれず、敬吾はとにかく冷静になろうとした。しかし天音はもうその話を終わりにしたいのか、「シャワー浴びてくる」と言ってさっさと風呂場へ行ってしまった。
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