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しおりを挟む裏庭の地蔵からやや離れたところにポツリとたつボロい物置に逃げ込み、ハルヒコは息を潜めて外の様子をうかがっていた。ここには管理人の庭いじりのための道具が置かれているが、危険な工具などがないせいか鍵がかけられていないことに最近気がついたのだ。
しばらく待ったが天音が裸で飛び出してくることもなく、どうやら騒ぎが起こっていないらしいことを確認する。だが油断せずにしばらく待って、ほとぼりが冷めたころにこっそり自室に戻ろうと思い、その場でゴロリと寝転がりスーパーで買ったスルメをくわえた。
するとそのときだ。外から足音が聞こえたと思ったら、それはゆっくりとだがまっすぐこちらに近づいてきた。ここに逃げ込むのを誰かに見られていたのだろうか?ハルヒコは恐るおそる起き上がるが、物音を立てぬよう息を殺してそっと身構えた。そして足音は、小屋の引き戸の前で止まった。
「……山」
戸の向こうで何者かが声を発する。天音たちの声では無い。
「川」
ハルヒコは迷わず条件反射的に答えると、その瞬間引き戸の隙間から何かがポイっと投げ込まれた。しかし何事かと思う間もなく、投げ込まれて2秒でまたたく間に広がる煙によって、それが燻煙式の殺虫剤だとわかった。
「ぬうぉおおぉぉぉーーーーっ!!!」
あっという間に煙で燻され、すぐに逃げ出そうとする。しかし引き戸は棒で固定されているのかビクともしなかった。
「おい!!閉じこめやがったなこの野郎!!開けろコラぁーー!!おい!!」
ガンガンと戸を叩くが、投げ込んだ主はすでに立ち去ったと見え、物置の隙間からもくもくと白煙が立ち上った。今までどこに潜んでいたのか、ハルヒコ同様に燻されて混乱するたくさんの虫が足元をカサコソとうごめき、羽虫がブンブンと周りを飛び回る音が聞こえ、一気に全身に鳥肌が立った。
しかしそのとき、引いているのとは反対の戸からも明かりが漏れていることに気がつき、まさかと思って引いてみたところ、錆び付いているもののどうやら反対側の戸も少しなら動かせるようであった。めいっぱいの力で引くと、その向こうに引き戸を固定しているものが見え、隙間から手を出してその棒を外すと、ようやく引き戸を開けることができた。
白煙に包まれながら、大量の虫と共に小屋から吐き出されるように倒れ込み、這いつくばってゲホゲホと咳き込む。
「あの野郎ぉぉ……カンペキ殺人未遂だぞこれはぁ……」
ひたいにじっとりと汗をかき、ゼエゼエと荒い呼吸をしながらも何とか落ち着こうとする。しかし裏庭に落ちる窓明りがフッと遮られ、うずくまる自分の前に、誰かが立ちはだかったのを感じた。小屋から火事の煙のように噴き出し、一帯をくもらせるモヤの中で、徐々に見えてきた目の前の足元から、ゆっくりと視線を上に向けていく。
すると突然、けたたましくも物騒な機械音が耳元で鳴り出した。何の音かは明白であった。だがその音によって這いつくばったまま腰を抜かしていたようで、ハルヒコは逃げ出すこともできず、心臓が握りつぶされそうな感覚で恐るおそる頭上の顔を見やるしかなかった。
鬱蒼とした森の夜更けのロッジ、あるいは濃霧の不気味な街角に現れる殺人鬼のごとく、殺虫剤の白煙の中から現れたのは、電源の入った電動ノコギリを片手に持ち、冷たい目で自分を見下ろすサラの無表情の顔であった。
うっすら分かっていたことだったが、視線を交わした途端に、ハルヒコはさっきよりも多量の汗が背中から噴き出すのを感じた。だが、それ以降の記憶はない。そこで意識がプツリと途絶えたからだ。次に目覚めたときにはもう朝で、頬をパチンと引っぱたかれた衝撃でゆっくり目を開けると、「おい、朝メシだぞ。」と覗き込む高鷹の眠たそうな顔があった。
ー「まー今回も天音のやり過ぎだけど、さすがに公開まんぐり返しはなあ……あれだけされても仕方ねえよ。みんなにキンタマの裏側まで見られるって、男優にでもならなけりゃそうそう無いぜ」
ズズッと味噌汁をすするハルヒコに、高鷹が半笑いで言った。他の生徒たちはもうすでに朝食を終え、今朝の食堂には寝坊した高鷹とふたりきりであった。
「それにしても、天音もだんだん用意周到になってきたよなあ。お前の隠れる場所もたぶん網羅してるし、隠れ家に適した武器は用意してるし、兵隊は使うし、サラに隠密をよこすし……。なんか戦場の軍曹みたいになってきたな」
「米軍のいちばん過酷な隊にブチ込んで前線に送り込んでも、アイツだけターゲットの首を持ってピンピンして帰ってくるぞ」
「そんな気がする。腕とか無くなっても銃撃戦で勝ちそうだ」
「そのうち裏庭に地雷を埋め出してもおかしくない。アイツはひとりの敵を殺すためなら他の犠牲もやむなしと考えてるタイプだ。生粋のサイコ野郎だからな」
「でも何で倍返しの報復されんの分かっててちょっかいかけんだよ。お前も相当イかれてるぞ。実はお前らふたりで、ものすごーーく手の込んだSMプレイを楽しんでるってんならわかるけどよ」
「プレイだったとしても殺虫剤で燻される趣味はない」
「天音を触りたくてしょうがなくなる病気だろ。チカンと同じだ。精神科行って治さねえとやべえぞ。天音ならまだしも、知らないオンナに同じことしたらソッコー刑務所行きだかんな」
「目の前に尻があったら後先考えず触ってしまうだろう」
「いいえ触りません。じゃーお前俺とかゴローのケツでも触るのか?」
「死んでもない。だがアイツの尻は触ってくれと言わんばかりの形のいい尻だ。チンコをはさんだら気持ちよさそうだなあと考えてるうちに、ウッカリ触ってしまうのだ」
そう言ってハルヒコはもそもそと米を咀嚼し、高鷹はほうじ茶をすすった。
「今この場に俺らだけだからよかったけど、問題発言すぎるぞ」
「資料館の展示品とか、動物園の猛獣とか、キレイ好きな奴のスマホの画面とか、ダメだとわかってるものほど触りたくなるだろ?それと同じだ」
「いや断じて違うぞ。あとチンコをはさみたいとも思わん」
「じゃあお前にとってタマキンの尻とイグアナの尻の違いはなんだ?」
「チンコを入れていいのといけないの」
「なぜイグアナには入れたらいけない?」
「天音くんとは付き合ってないから」
「じゃあイグアナがお前の2番目の恋人になったら?」
「う~ん?天音で勃つかなあ……?今さらアイツに興奮できる要素はねえなあ。まー勃ったら入れるかな?付き合ってんなら」
「くだらん線引きだな」
「俺は一途なんだよぉ。恋人としかヤらんと決めている。……てゆーか何の話ししてたっけ?」
「……ケツの話しかしていない」
「やめよお~ぜメシどきにい~!」
遅刻をしているにもかかわらずデザートにちゃっかりアイスまで食べ、配膳係のおじさんに「早く行きなさいよ」と促されてようやくふたりは重い腰を上げた。
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