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しおりを挟む「ういーっす」
頭を洗っていたら、ハルヒコがガラリと戸を開けた。
「だから来んなってば……」と天音が忌々しそうにつぶやくが、よく見るとその背後にはサラも立っていた。
「ふん、お前、俺とサラちゃんのバスタイムを邪魔するなよ」
「……」
空いている時間を狙ったが、湯船にはまだ何人かの寮生たちが浸かっている。そして何とも運の悪いことに、大吾郎もその中に混じっていた。天音はそれもあって、このふたりの登場には心臓が痛くなる思いだった。
「サラ、頭洗ってくれ」
「はーい」
椅子に座るハルヒコと向かい合わせで膝立ちし、サラはシャンプーを手に取ると彼の頭をわしわしと洗い始めた。
「……なに気取りなの君?そーいうの見てるだけでムカつくんですけど」
「見なければいいだろう?」
「わざわざとなりでやられたら嫌でも目に入るわ」
「けっ、ギャースカうるさいイグアナくんだな。天ぷらにして食っちまうぞ」
「サラ」
天音が子供のようなふてくされた顔でサラをキッと見やる。
「何でこんな奴の言うこと聞いてんの?」
「何でって、こないだ言ったでしょ。僕たちは……」
「だからってこんな奴に従うことないよ」
「従ってるんじゃないよ。好きでやってるの」
「……」
面白くない、という心境をありありとその顔に浮かべ、天音はシャンプーを洗い流すと湯船には浸からず、道具一式を乱暴に引っつかんでさっさと浴場から出て行こうとした。大吾郎はその姿を心配そうな目で追うが、その手前の「ふたり」の光景にも胸を痛めている。
「待て」
ハルヒコが呼びかけると、天音がぴたりと立ち止まる。すると彼はシャンプーの途中だが天音の前にずいっと立ちはだかり、ふたりは面と向かい合った。浴場にいる生徒たちの視線が、にらみ合う裸の男ふたりに注がれる。不穏な空気をビリビリと感じ、不安を覚えた大吾郎が湯船からそっと出て、揉め事を起こさぬよう割って入ろうとした。しかし一歩遅かった。
「アマーネー、ホシザーキー。ゴカクゴ」
「は?」
その瞬間、ハルヒコが天音の左頬を平手打ちした。ベチン、とよく響く音だった。その場にいた全員の目が大きく見開かれ、サラと大吾郎は眉をひそめる。
「ユー、イツモヒトリデイライラネ。シューダンセイカツナノニ、ジブンノオモイドーリニナラナイコト、ゼンブユルセナイ。オレトサラチャンガナカヨシコヨシシテルノモ、キニクワナクテ、カッテニイライラ。ユー、ワガママデココロノセマーイチェリーボーイ」
「……」
「渦川くん何してんだ。天音……」
大吾郎が天音の肩に触れようとする。だが思わずその手を引っ込めるほど、彼はゾッとするような目つきでハルヒコを睨みつけていた。
「……オ、オオウ……ガラパゴスノメツキネ……ビッグウェーーブ、キソウナヨカン……」
平手打ちをした本人が圧倒され、狼狽して後ずさる。すると背後でサラが「ハルヒコ、謝ったほうがいいかも」と言った。だがその助言も目の前の鬼には意味をなさないと踏んだのか、ハルヒコはじりじりと後ずさったのち、頭が泡だらけのままサバンナのガゼルのごとく風呂場からダッシュした。
そして天音も裸のまま、餓えたチーターのごとく猛追する。
大吾郎も慌てて脱衣所に戻ると、身体もまともに拭かぬまま服を着てその後を追って行った。
「こらぁーーー渦川ァーーー!!!……と、……ほ、ほほほ星崎くん?!」
通りすがった芳賀が、全裸で疾走するふたりの男を見るや否や、その後ろにつくのが天音であることを知るとへなへなと脱力した。貧血を起こしたのだ。
「芳賀くん!ふたりどっち行った?!」
後からやってきた大吾郎が芳賀を助け起こすが、「わからない……もう僕には何にもわからない……」と繰り返すばかりであり、「俺だって分かんねえよ」と大吾郎はとりあえず芳賀を壁に立てかけ、追跡を再開した。
騒ぎに気づいた寮生たちがそこかしこから顔をのぞかせ、いつもなら静かな日曜の夜がざわめきに満ちた。大吾郎から事情を聞いた耀介も慌ててふたりを追い、騒々しさから廊下に出てきた珠希たちも、事情を聞いて部屋に引っ込もうとしたが、大吾郎たちに迫られて渋々ふたりを探すこととなった。
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