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ハルヒコがいつもの赤いジャージにウエスタンハットをかぶり、スケボーに乗って駅まで送ってくれた。
「お前明日も練習に来いよ」と言われ、池田は「いいよ」と答えた。サラのおかげで数学の問題をすらすらと解けたせいか、試験勉強への焦燥はすっかり消えている。

「お前野球のルールは当然知ってるよな?」

「うん」

「それなら問題ない。サラは知らないんだ」

「ああ、知らなそう」

「問題だと思わんか?あいつ男のくせにスポーツ全般興味ないんだぞ」

「問題ってこた無いでしょ……うちの部の人たちもあんまり興味ないよ。サッカーくらいなら観てるけど」

「お前らのようなモグラ集団ならさほど不思議ではない。オタク野郎ばっかりで、水槽とタマキンとアニメとゲームにしか興味がないからな」

「ぐっ……ムカつくけど言い返せない。でもアニメとゲームなんか誰だって好きだろ。君だって休み時間ずっと林田くんとかとゲームしてるじゃん」

「サラはそれすらも好きじゃないんだ。あいつは好きなものがなんにもない」

ガラガラと力なく地面を蹴り、「もー雨やんでるぞ」と言ったので、池田は傘を閉じた。灰色の空の向こうにオレンジ色の層がうっすらと輝いている。

「だからふたりきりだと息が詰まるって言ってたの?」

「それもあるがあいつは根が重い奴だ。だから息苦しい」

「君でもそういうことを感じたりするんだね」

「なあ、俺とあいつで子供なんか育てられると思うか?」

ふたり同時に立ち止まる。池田はあまり彼らの関係について掘り下げたくないのだが、その突拍子もない質問は聞き逃せなかった。

「子供いるの?……なワケないよね。何でそんなこと?」

「あいつはいずれ俺と子供を育てる気満々なんだ。無論どっかから拾ってきた子供だ」

すると池田はハルヒコの目を見れぬまま、「無理だと思う……いろんな意味で」と小さく答えた。

「ね~、無理よねえ~」

「香月先輩って、頭いいけどちょっとネジがゆるんでるとこあるのかな?」

「あるのかな?じゃないぞ池田くん。奴はそもそも人よりネジが足りてないんだ」

「……僕らに言われたくないだろうけど、そうなんだろうね」

「は~ぁ、何でこーなっちまったかなあ……」

「うん、そういえば何でそんなことになったの?」

するとまたしてもハルヒコの動きがぴたりと止まり、口をぐっとつぐんで黙り込んだが、その横顔は明らかに狼狽していた。

「ねえ……?」

「少年、それは金輪際聞いてはならん」

「なんで?」

「なんでもだ」

「はあん、じゃー君が悪いことしたんだな」

「何を言うか!断じて違う!だが男であるからには責任を果たすべきときが誰しにも訪れる!お前のようなたわいの無い水槽小僧にだって平等にそのときはやってくるぞ!!覚悟しておくんだな!!」

顔を真っ赤にしたハルヒコの猛烈な勢いにたじろぐ。周囲の人々が一斉にこちらを見た。

「わかったよ!ただでさえその格好目立つんだから、商店街のど真ん中で大声出さないでくれ!」

「ここは俺の庭だからいいんだ。あと草野球チームもこの商店街のジジイどもだからな。いまのうちに顔を売っとけ」

再びガラガラとスケボーを転がし、池田はため息をつきながらそのあとについていった。ハルヒコが何をやらかしてそのような目にあっているのかは分からぬが、サラに弱みを握られているらしいことは何となく把握できた。

駅で別れ、池田の乗った電車を見送ると、夕焼けが顔を見せる前にすっかり薄暗くなってしまった空の下で、人ごみを縫うようにスイスイとタイヤをすべらせた。その晩は天音が帰らなかったので、サラなら居場所を知っているかと思い尋ねようとしたが、天音のことを聞くと機嫌が悪くなりそうな気がしたのでやめておいた。

翌日曜日は朝から雲ひとつない晴天で、まだ寝たいとぐずるサラを無理やり引き連れてグラウンドにおもむき、池田との練習に付き合わせ、昨日よりもメニューを増やして昼過ぎまで3人で汗を流した。そして練習後に「おら、お前らにプレゼントだ。」とサプライズのつもりで商店街オリジナルのユニフォームを手渡したが、ふたりはまったく喜ばないどころか顔を曇らせ、池田は「ホントにやるのかあ……」とウンザリしたようにつぶやいただけだった。サラに至っては受け取りもしなかった。
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