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「……サラちゃん、あのう……」

天音が「みんな」を代表してハルヒコたちの部屋を訪れたのは、その晩の夕食後である。夕食の際、親鳥のようにきょうもせっせと珠希の口に飯を運ぶ高鷹は、その向かいでハルヒコがサラに同じことをし始めたのを見て、茶碗ごと落としていた。そのとなりで大吾郎は味噌汁をひっくり返し、Tシャツにかかった耀介が「熱っち!!」と叫んだが、彼も異様なふたりから目を離せないでいた。
彼らのテーブルだけでなく、食堂にいるすべての寮生たちがその光景を見て黙りこくるなか、天音だけが「君たち何してんの?」と皆の心中をそのまま口にした。するとハルヒコは「俺は昨日からお父さんになったのだ」とだけ答え、サラは微笑んで咀嚼するだけで何も返さなかった。そうして食堂中の疑問が更に深まったまま、ハルヒコもすぐに自分の分を食べ終えると、ふたりはさっさと部屋に戻っていったのだ。

「ハルヒコがお父さんって、なに?」

率直に尋ねる。サラは回転椅子に膝をかかえて座り、ハルヒコはうつ伏せで四肢を投げ出したようにベッドに寝そべっていた。天音が部屋に入ったとき、サンドバッグの次に目に飛び込んできたのは、どこからか持ち出してきたらしき床に置かれた電動ノコギリである。「これどうしたの?」と念のため聞くと、「ハルヒコが指詰めるとき用のやつ」とあっけらかんと返され、とりあえずそのことを掘り下げるのは一旦控え、元の質問を続けた。

「こいつと親子にでもなったの?」

「んーん。お父さんっていうのは、未来の話」

眉をひそめて首をかしげる天音に、サラは椅子を左右にゆらゆらと回転させながら言った。

「ハルヒコって天音のことばっかり構うけどさあ、もうこれからはそういう鬱陶しいこと絶対させないから。せっかく部屋も別々になったんだし」

「う、うん……?そうだね」

「こないだ、ハルヒコが僕にキスしたの知ってるでしょ?」

「保健室の?」

「そう。あのことにすごく責任を感じてたみたいでね、昨日の夜中に、ひとりでうじうじうるさくてさ」

「今さら?」

「そう、今さら」

「それで?」

「だから、いっそのこと責任を果たせばもう悩まないと思って、責任を取ってもらうことにしたんだ」

「責任って……」

「それが、お父さんになってもらうこと」

「?」

「僕のお父さんじゃないよ。未来の、僕の子供のお父さん」

話が飛躍しているようだが、自分が追いつけていないだけなのだろうか。しかし次のサラの言葉は、疑問も理解も何もかもを超越してきた。

「僕たち昨日から付き合うことにした」

「……は?」

「高鷹と珠希みたいに、恋人としてここでふたりで暮らすんだ」

サラにとっては、カンタンなことを淡々と話しているだけでしかない。やはり自分が追いつけていないのだ。しかし、理解などしたくなかった。

「それで、将来どこかから子供をもらってきて、ハルヒコがお父さんになって、僕がお母さんの代わりをすることにした。だからハルヒコはあんなふうに言ったの」

「サラ……」

「そう決めたんだ」

「サラちゃん待って……」

「理解しなくていいよ。できないと思うし。あのね、僕ハルヒコのこと好きなんだ。だからそう決めたの」


ー「どーだった?」

談話室に戻ってきた天音は、無表情でしばらく入り口に立ち尽くし、耀介の問いかけには答えず、やがてぐっと口を固く結びポロリと涙を流した。

「えっ……な、なんで?どしたの?おーい、天音くうん!」

高鷹が困惑して、なぜか怯えたように珠希の腕にしがみつく。

「天音」

耀介が歩み寄って、「どうした?」と肩を抱いて覗き込んだ。

「いや……なんでもない」

「何でもなくないだろ……やなこと言われたのか?」

「ううん、そんなんじゃない。でも……あのさ、みんな……ふたりには深入りしないでいいと思う。特殊じゃん、ふたりとも。だからもうそっとしとこう」

グス、と鼻をすすりながら涙声で訴える天音に、それ以上理由を追求できる者はなかった。しかし大吾郎は何かを察したのか、天音と同じように肩を落とし、ひとり静かに部屋に戻っていく。雨はその晩の夜更けからシトシトと降りだし、翌土曜の朝にはどしゃ降りになっていた。
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