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「どうも、僕が水嶋だ。君の噂はかねがね。池田くんがいつも世話になっているようだね」

部長の水嶋と挨拶を交わすと、ハルヒコが「水槽よりも、小さい女の子の方が好きって感じだな」と高鷹に耳打ちし、慌てた高鷹が「おやめ!」と声をひそめて二の腕を叩いた。水嶋は3年の太った色白の男で、きのこのような髪型をして細い銀縁のメガネをかけており、胸ポケットには常に顔の汗を拭くためのハンカチを差していた。

「ええと、来訪の目的は?入部ならいつでも歓迎だよ」

「いや違うんだ。単刀直入に聞くが、君は珠希新妻を信奉しているな?」

「新妻くん?ああもちろん。彼の貢献は、我がアクアリウム部で後世まで語り継がれるはずだ」

「奴の信奉者はどれくらい居る?」

「この部に在籍する10人全員と……彼の活動は幅広いからなあ、どれだけ潜んでいるやら」

「奴をタマキン教の教祖とするなら、熱狂的な信者はどれくらいだ。軽度の信者は要らん」

「面白いこと聞くね。……そうだな、まあ20以上と言っておこうか。彼の活躍次第ではこれからどんどん増えると思うけど」

「池田の読みどおりか。ちなみに君はその熱狂的信者枠に入るのかね?」

「僕?」

「手短に済ませたいんだ。正直に」

目の前に座る高鷹が彼の恋人であることなどつゆ知らず、水嶋は腕を組んで口を真一文字に結び、しばらくののちに「まあ」と小さく答えた。高鷹はそれを受けても、一部の生徒たちによる珠希の人気などすでに承知のことなので特に反応を示さず、水嶋の背後で青く光る水槽をぽかんと眺めている。

「これを見てくれ」

ハルヒコがポケットからスマホを取り出し、ある画像をかざした。すると水嶋は少しずれていたメガネのツルを片手で調整し、その画像を食い入るように見つめた。そこにはパジャマ姿の寝起きの珠希がおり、寝癖もそのままに眠たそうな顔で頬杖をついて、カメラに向かってぼんやりとした微笑みを浮かべる姿があった。朝の食堂で高鷹が何となく撮ったのを転送させたものだ。

「……馬場とかいう奴は熱心に隠し撮りのタマキン画像を収集しているようだな。他にもそういう悪質な趣味を持った奴は多数あるはずだ。しかし寮住まいでないヤツらでは、こういったプライベートまでは覗き見れまい。なおかつ他の信者が寮住まいであったとしても、俺たちほどこの男と密接な者はないだろう。すなわちこんな写真は俺たちでなきゃ簡単にゃ撮れない。いかがかな?」

「……君がここにやって来た理由を手短に話してくれ」

「俺らにしか撮れないタマキンのプライベートな写真を、1枚500円からで、敬虔なる信者のお前らのために特別に譲りたいと思う」

ハルヒコが交渉に取りかかり、高鷹もようやく水槽から水嶋へと視線を移した。

「……なるほど。ちなみに500円"から"というのは?」

「この画像のカラープリントならば500円。難易度の低いごく普通の写真だからな。学校でも撮れそうな簡単なものは、たとえ私服姿であっても一律500円でいい」

「ほう、私服でも500円か」

「それ以外のものはリクエストも含めて値段は応相談とするが、いちおう寝姿は1000円、着替えも1000円、メシを食ってるところのバストアップも1000円、風呂や裸は難易度が高いから5000円だ。だがチンコはNG。それはこの伴高鷹と相談した上でそうなった」

「ふむ。ちなみにデータで譲ってもらうことは出来ないのかい?」

「万が一どこかに洩れてばら撒かれたら、収拾がつかなくなるので悪いがそれは出来ない。それにオタク…いや信者というのは、画面の中で崇めるよりグッズとして現物を手にする方が満足度は高いだろう?各自が家族に見つからぬよう、自宅で厳重に保管をしてもらいたい。ネットで晒されたりしたらタマキンに殴られるだけじゃ済まないからな」

「確かにそうだな。わかった」

「それから……コスプレというのもあってな」

水嶋の目がきらりと光る。

「衣装は各自で用意してもらった上で、3枚セットで10000円だ。なぜこれほど高いかと言うと、あんまり頼むと怪しまれて危険なので、わずかしか受注できないからだ。すなわち超・限定生産の激レア写真だ。ポージングも極力リクエストに沿う」

「なるほど……」

「水嶋よ、俺はお前を男と見込んでこの話をしにきたのだ。この話は信頼できる者にだけ伝えてほしい。そしてもしもこの仕事がバレたら芋づる式に停学を喰らうと思え。俺はたぶん退学か最悪逮捕だ」

「だろうな。だが、渦川くん……」

水嶋が右手を差し出し、ハルヒコはその手を力強く握りしめた。そのあとで高鷹も右手を差し出されたので、「お、おう、よろしく」と握手を交わした。

「前払いするから、コスプレの権利は僕に譲ってほしい」

「良かろう、漢水嶋のためだ。好きな衣装を持ってくるがいい。あと池田には言うなよ」

「はは、安心しろ。信者も口の固い奴らを選ぶ」

「では水嶋、君にはもっとも重要な顧客の確保を頼みたい」

「顧客の確保だな。舌を噛みそうだ」

「これは会員制の仕事だ。決まった奴にしか写真は譲れない。しかし俺たちは地下に潜む信者たちを知らない。任せられるのは君しかいないのだ」

「だからこうして僕を頼ってきたわけか。鋭い男だ」

「頼んだぞ水嶋。できれば早急に話をつけてくれ。必要とあらば俺か伴高鷹にも連絡しろ。細かい購入のルールも追って説明する。……というわけで、今日はこの辺にしておこう」

「ありがとう渦川くん。伴くんも」

「お、おう、俺まったく何もしてねえけど」

「何を言う、撮影の要はお前だぞ」

「まあそうだな……上手くいくといいけどなぁ」

3人は話し合いを終え、ハルヒコたちは部室を出て行った。そのときちょうど池田もやってきたが、「あれ、もう行くの?入部じゃなかったの?」と尋ねる彼のひたいに、ハルヒコは何も言わずに優しいキスをした。


ー「いやあ、堅そうに見えてけっこうチョロかったな、水嶋くん」

テニスコートに向かう道すがらで、ふたりは今後のことを話し合った。

「ふん、人間誰しも己の欲望には抗えんのだ。とりあえず今日からタマキンの寮生活の実態をくまなく撮りまくるぞ。メシ、風呂、睡眠、生着替え、チラリズム、無意識のエロいポーズ、部屋でくつろぐ姿、日曜日のお出かけもだ。それらを撮れるのはお前しかいない。フライデーのカメラマンになったつもりで、バレないように容赦なくやれ」

「でもそんなん、すでにけっこうストックはあるぜ」

「そうか、さすがだ。売れそうなのがあるか見てもいいか?」

「おう」

高鷹のスマホを受け取り、フォルダを開く。

「……どおかしら?」

無言でスクロールするハルヒコが、徐々に歩く速度を落としてわなわなと震え出した。「ねえってば」と高鷹が肩を小突く。すると真っ赤になったハルヒコが「あんたたちハメ撮りばっかしてるんじゃないよお!!」と叫んでスマホを投げようとした。

「やめろバカ、何すんだ!!いやちゃんとあっから、ハメ撮り以外のいい感じのやつも……ほらコレとか、文化祭でフランクフルト食ってるとこ!」

「むうぅ……こういう程度でいいんだ……あー嫌なモン見た。お前、間違ってもヤッてるとことか咥えてるとことかモロに事後みたいなやつは出すなよ。信者どもはタマキンがチンポ狂いの糞ビッチだなんてカケラも思ってないんだからな。あくまでもアイドルとしての健康的なエロスを求めているとよく胸に刻んでおけ」

「はあい」

「とりあえずそのハメ撮りの山の中から、使えそうなやつをピックアップして俺に転送しろ。今夜中にだ」

「わかったわかった。なあそれよりカイザーくんよお、売上の分け前とかってどーなんの?さすがにこの一件だけで免許代全額まかなえるとは思ってねーけどさ、お前は仲介屋でも、肝心のネタを身体張ってフライデーするのは俺なんだから、もらう分の割合は俺の方が多いはずだぜ」

「そこらへんはちゃんと考えてある。さすがに折半とは言わん。お前が6割でいい」

「ろくぅ?いーや7はもらっていいはずだ。」

「7だと……?ううむ……よし、ならば売上の額に寄って割合を変えよう。ちなみに集計は締め日を決めて1ヶ月ごととする」

「つまり?」

「たとえば会員が20人集まるとするな?そして締め日は毎月25日とする」

「うん」

「明日から商売を始めたとして、そこから25日までで、ひとり頭の売上平均が5千円ちょいだとする。そこからかかる費用を除いて、とりあえず10万が俺らのふところに入るとしよう。この場合の分け前は6:4としたい。お前が6万、俺が4万だ」

「うん」

「だが思わぬ爆発的な売れ行きで、会員が30人に増えてなおかつひとり頭の売上金も1万に跳ね上がり、次の締め日までに今度は30万ちょい売り上げたとする。こんな馬鹿げたことはあり得ないが、もし万が一起こったとしたら、ここから分け前の割合を7:3にしてやる。つまりお前に21万、俺は9万だ」

「ん?じゃー分け前の変わるラインは、30万からってこと?」

「ま、そーいうことだな」

「ええー、30万はさすがに行かねえべ。しかも1ヶ月でだろ?夏までの集計にしてくれよお」

「ならん。それに10万や20万程度の3割なんて雀の涙だ。いいか、これが発覚したら退学させられるのは首謀者の俺なんだからな?4割はもらわなけりゃリスクを負う意味がない」

「はあ?バレたらお前ぜってー俺のことも売るだろ。だから俺にもおんなじリスクがある。なおかつ身体張ってる」

「案ずるな、友を売るようなマネはせん。だが分け前が低けりゃ売るかもしれんな。金の切れ目はなんとやらだ」

「ちっ、薄汚ねえヤローめ。……まあいいか、皮算用で揉めてたって仕方ねえ。けどホントにこんなこと長くやるつもりはねえからな?水嶋くんにもそこらへんよく言っとけよ」

「俺だってやるつもりはない。お前の免許の足しになればいいなと思っただけだ」

「はん、よく言うわね」
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