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「……いいだろう、減るもんじゃなし」

誰もいない浴室で身体を洗っていたら、あれほど言ったにもかかわらずハルヒコがやってきて、泡まみれの手で身体をまさぐってきた。振り払おうとするが、すべってままならない。

「少しは素直になれよ」

「やめろ……離せよっ」

耳元になまぬるい吐息があたり、ゾワゾワと鳥肌が立つ。

「減点がなんだ。お前なんかとっとと学校ごとやめちまえ」

「……」

鏡越しに睨みつけるが、ハルヒコは涼しい顔で口元には笑みを浮かべている。

「……ちょうどいいな。そのまま鏡を見ていろ。終わるまでずっと……」

股間に手を伸ばされ、天音は上体を丸め太腿でそれを遮ろうとするが、泡まみれの身体では無意味だ。

「やめろ、ホントにやだ、離せ……」

「つつけば返す」

「はっ……」

「嫌がることをすればするほど、お前はいちいち良い反応を返してくれる。助長させてるのはお前自身だ。お前が俺を煽っている」

「やめて……」

「泣くなよ、よけいに燃えるだけだ。そんなに嫌なら、ユーレイみたいに人形に徹していろ。顔色ひとつ変えず、つついても無反応で澄ましていろ。……何だ?今のどこに興奮する要素があった」

ハルヒコに硬くなったペニスをまさぐられ、天音の身体からはどんどん力が抜けていく。

「……溜まってたんだろ。ずっと我慢してたのか?俺に気など遣わなくていい。苦しかったら、俺がいつでもこうしてやるから……」

「ハルヒコ……やだ……」

「やじゃないだろ。ずっとこうしたかったんだ。お前はずっと……」

「やだ、だめ、だめぇ……」

背中に彼の身体がぴたりと密着し、片腕で抱き抱えられる。全身を猛烈な快感が駆け巡り、この男に支配されることをどこかで喜んでいる自分がいる。

「天音」

名を呼ばれた瞬間、鏡など見る余裕もなく、彼の手の中にすべてを吐き出した。




ー「うそだろ……」

目覚めてからしばらくは、自分の身に何が起きたのか分からず、「いま起きていたこと」を頭の中で必死に思い起こした。

それが悪夢だとわかると安堵が広がると同時に、天音は目を覆い隠すように両手をあてがい、秋山を起こさぬよう小さく絶望の声をあげた。悪夢は「一部」正夢になっている。それに気づくと天音は身体中にじっとりと嫌な汗をかき、「サイアクだ」と干からびたような声でつぶやいた。

スマホを見ると時刻は午前4時。朝練のある者でも、起き出すまでにはまだだいぶ時間があることが幸いだった。洗濯物カゴから秋山の短パンをこっそり拝借して履き、シーツと掛け布団カバーを取り外し、脱いだスウェットと下着を持って風呂場の横にあるランドリーへ向かった。

ゴウンゴウンと汚れた洗濯物が回転するのを眺めつつ、天音はへたり込むようにうずくまって膝をかかえた。たしかに欲求不満だったが、「あの男」で夢精するとは、まさしく夢にも思っていなかった。しかもあの日やられたことの延長線のような内容だ。それもしっかり快感を得て、眠りながら絶頂に達したのだ。

"やじゃないだろ。ずっとこうしたかったんだ。お前はずっと……"

なぜか鮮明に覚えているその言葉が、脳の中でしつこくこだまする。冗談じゃない、と頭を振った。

いつまでも秋山の短パンを借りているわけにもいかず、なおかつ乾燥が終わるまでこのままでいるのも心もとないので、部屋に鍵が掛かっていないことを祈り、天音は元の部屋まで新しい下着と別の部屋着を取りに戻ることにした。

そっとドアノブを回して引くと、カチャリと静かな音を立て扉が開かれ、ホッとしながらそろりと中を覗き込んだ。部屋はまだ薄暗い。忍び足で共同のタンスへ向かい、ごそごそと下着と新しいスウェットをどうにか掘り出すことができた。それらを持ち、そそくさと退散しようと静かに立ち上がる。
するとそのとき、ベッドの上段が「空っぽ」であることに気がついた。

(あれ……あいつ居ない?)

不思議に思うが、そのままふと「下段」を見た瞬間、天音の心臓はドクンと音が聞こえそうなほどに鼓動した。

「は?……何で?」

うっかり声に出してしまい、いかん、と息を呑んだ。
だが「ふたり」は侵入者に気付くことなく深く眠っている。混乱するばかりで、その光景を理解することができない。心臓はまだドクドクとうるさく鳴り、おまけにさっきの淫夢まで次々とよみがえってくる。しかし天音はどうにか我にかえると、静かに扉を閉めて足早にその場から立ち去った。

「あれ」は何なんだ?何度も反芻するが、考えることができないのは、考えたくないからであろう。こちらを向いて眠るサラと、サラの身体を背後から抱きすくめるようにして眠るハルヒコ。ただの寝相でああなったのだと思いたいが、まずふたりで同じベッドに眠っている理由を、いったいどう説明出来るというのだ。再び洗濯機の前に戻り、新しい下着を持ちながら、天音は洗濯物のようにぐるぐると頭の中を混乱させ、着替えるのも忘れて呆然と立ち尽くした。
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