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君って弱いね

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空は重く垂れ込め、戦闘機がゴウゴウとやかましい。軍人ハウスの密集地を見てみようと思って降り立ってみたが、基地のフェンスが果てしなく続くだけのうら寂しい場所だった。駅にも駅前にも人っ子ひとりいやしない。だがそれでもまだ、ここは東京なんだそうだ。人口8000人を下回る故郷の島の方がよっぽど賑わっている。

道の向こうから何かが転がってくる。ひとりでにコロコロと、こっちをまっすぐ目指してやってくる。よく目をこらして見ると、どうやらあそこに立っている首なし地蔵の首のようだった。拾ってやろうかとも思ったが、親切にしてやる義理はないと踏みとどまる。なぜなら俺は神仏にすがることなく、己の力でここまで生きてきたのだから。

それにしても何で転がってくるんだろーなあ?自分の身体に戻りたいのか?だが今さら無理だ、取れちまったもんはもう元に戻らない。接着剤でくっつけたところで、そんな心もとない状態でこれから一生やってくのか?俺はそんな首で生きてくのはごめんだ。重たいだけの邪魔な頭なんか無くても、不自由なくやってける。むしろ自由だ。頭が無けりゃ考える必要もない。美醜を気にすることも、ハゲを気にすることもない。頭なんかない方がいいことだらけだ。

だがコロコロと転がる地蔵の頭は、まっすぐ俺を目指している。ひょいっとよけても、軌道を変えて付きまとってきたらどうしよう?永遠にあの石の塊から逃げ続ける人生?そんなの絶対にイヤだ。

さっきからずっと男がわめいている。首のない地蔵に向かって、何事かをまくし立てて大騒ぎしている。だが奴の周りでは、5、6匹の小人たちが楽しげにピョンピョンと跳ねまわったり、男の背中を登って行って髪を引っ張ったり、キーキーと甲高い声で男を囃し立てたりしている。どうやら男は寝ても覚めてもあいつらに付きまとわれて、メイワクしているらしい。確かにあんな気持ち悪い奴らに四六時中べったりされたら、さすがの俺でも気が滅入るだろう。これから一生、小人に苛まれる人生。哀れな男だ。

俺は父親も母親も顔を知らない。連中も俺の顔を知らない。だが俺は兄弟の顔だけはわかる。なぜなら俺とおんなじ顔をしているからだ。だがそのときふと気付いた。俺の顔って、どんなだったっけ?

地蔵の首は止まることなく転がってくる。ためしに少し右にずれてみたら、案の定そいつも方向を修正して来やがった。同時にものすごく嫌な予感もしてきた。あれは本当に地蔵の首なんだろうか?俺が勝手にあの首なし地蔵のモノだと思い込んだだけで、もしかしたらあの地蔵にはもともと首なんか無かったのかもしれない。だとしたら、あれは何だ?


ー「ねえ、あれが君の兄弟?」

左を見やると、フェンスの向こうにユーレイが立っていた。そっちは米軍の居住区で、勝手に入ったら射殺されるはずだが、そういえばユーレイは髪も目の色も日本人ぽくなかったから、もしかしたらあっち側の住人だったのかもしれない。

「お兄さんかな?弟かな?」

「俺には兄弟などいない」

「いるよ。君が知らないだけで、君には兄弟がいる。それがたぶんアレ」

ユーレイが、俺の背後でわめいている男を指差す。

「バカ言うな、全然似ていない。アレはただの狂人だ」

「似ていないって、顔なんかわかるの?」

「え?」

「君、自分の顔なんかわかるの?」

「……わかる」

「嘘」

「嘘じゃない。それよりなぜそんなところにいるんだ。こっちに来いよ」

「怖いんだね」

「……なに?」

「あの首が怖いんだね」

「怖くなどない」

「君がこっちに来て」

金網の隙間から、ユーレイが細い腕を伸ばす。俺はその手を取り、同じように金網にしがみつくと、ユーレイは金網越しに俺を抱きしめた。俺の腕は隙間には通らないから、抱きしめることができなくてもどかしい。俺はいま抱きしめあいたいのだ。

「……ほら、首が来たよ。君の足元」

「え……」

「拾ってあげないと」

「だが……」

「怖くないんでしょ?拾いなよ早く」

「何で俺が?」

「何で?何でって、なに?」

「俺が拾ってやる義理はない。俺はあんな地蔵など知らん」

するとユーレイがぞっとするような冷たい笑みを浮かべて言い放った。

「お地蔵さんなんかじゃないよ。だってあれには首があるもん」

「何だと?」

「見てごらん」

ユーレイの指差す方、さっきまでわめいていた男のいた場所。そこに立っていた首なし地蔵。

「……あれ、なぜだ?」

地蔵にはきちんと首がついている。

「近付いてよーく見てごらん」

促されるまま、俺はそっとそれに近寄る。

「ほうら、首、ちゃんとあるでしょ」

地蔵の首は、さきほどまでここで喚いていた男のものだった。腰を抜かして尻餅をつくと、ここまでついてきた「何かの首」が、ごろりと俺の尻にぶつかった。

「君も拾わないと」

「俺も……って?」

「君も、頭を拾わないと」

「頭?頭って何だ?」

「君の頭だよ。そのお地蔵さんとおんなじ顔したやつ」

恐るおそる地面へと視線を落とす。すでに腰を抜かしているが、それを見た瞬間俺は、不自由な身体で這いつくばって必死に逃げようとした。だが、どれほどもがけどもそこから動けない。

「俺、いま、どうなってる?」

「どうなってるって?」

「なぜ俺の頭が地面に?」

「なぜって……だって君いま、首がないでしょ」

「は……」

這いつくばる俺の身体に、ぐいぐいとまとわりついてくる俺の顔。

「やめろ、やめ……こいつは俺の顔じゃない!俺の顔は……」

右手が空を切る。俺の顔があるべき場所。そこにはなにもなかった。

「本当は怖かったくせに」

フェンスの向こうにいたはずのユーレイが、いつの間に俺の目の前にしゃがんでいた。

「あの光景、ずーっとトラウマなんでしょう」

片手で俺の顔を乱暴につかみあげる。

「いい加減認めなよ」

「……認めるって、何を……」

視点が切り替わる。頬にギリギリと爪を立てられ、目の前にはユーレイの顔があった。その真下には首のない身体。まぎれもない俺の首なし死体だ。

「わかってるくせに」

射抜くような薄茶色の冷たい目。幽霊のようにひやりとした指先。きれいなくちびるから発せられる、小さいがよく通る尖った声。

「君ってさあ……」

鋭い爪が食い込み、目玉が飛び出そうなほど強い力で顔を圧迫される。耳元を、ユーレイの吐息がかすめていく。そして奴ははっきり言ったのだ。

「弱いね」
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