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「放課後までいたんだね。すごいじゃん、よかったー」

食後の談話室の一角で、天音とサラと大吾郎の3人が集まった。

「そんな普通のことで褒められるなんてね」

「君の場合は褒めるにあたいするだろ。今日みたいな感じでいいから、とりあえず夏休みまで頑張ろうよ」

「夏休みまでか……長いなあ」

机上にぐにゃりと突っ伏す。

「夏休み、また天音の家に行ってもいい?」

「もちろん。今年もバイトしに来なよ」

夏休みはほとんどの生徒が帰省するが、サラは1日たりとも実家に帰るつもりはない。去年は天音の帰省に同行したが、住み込みで彼の親がいとなむ他県のスクラップ工場の手伝いをして過ごしていた。

「俺も行きてえなあ」

うらやましそうに、大吾郎がぽつりと言った。

「来ればいいじゃん。どーせ大した予定もなく、8月はずっと家にいるだろうし。あ、花火大会のときはどう?家からすごい近くで見えるよ」

天音の実家は東京の下町にあり、交通の関係でここまでの通学には1時間を要するが、決して毎日通えない距離ではない。しかし彼は通学時間から解放されたラクな寮住まいを選択し、実家に帰るのは三ヶ日までの冬休みと8月だけであった。かと言ってサラのような家庭不和などではなく、親子関係も良好である。実は寮生活を選んだ本当の理由はもうひとつあるのだが、それはあまりにもくだらないので誰にも明かしていない。

「いいの?部活の合宿とか大会と重ならなければ、行こうかな」

大吾郎はサラと過ごしたいのだとわかり、天音は何となく微笑ましい気持ちになった。

「耀介たちも誘って、みんなで花火見ようよ。……サラも、夏休みなら元気だしね」

「うん」

「お風呂はいつも近所の古い銭湯に行くんだ。ここでの生活とあんま変わんないな」

「へえ、銭湯いいな。あんま行ったことねえわ」

「あそこの銭湯、好き」

突っ伏したままサラが目を細めて笑った。今日は朝からきちんと活動したせいか、いつも以上にねむたそうな笑顔だ。
大吾郎は、伏せるサラの背中に覆いかぶさりたいと思った。すっぽり包めそうなほどに華奢で、痛々しくも感じる。けれど大吾郎は、サラのそういう儚さを思わせるところが好きだった。

「サラ、眠いなら部屋戻ろう。明日も起こしに行くから」

「うん。……でも、お風呂入りたい」

「僕も。一緒に行こっか」

「うん」

サラが、となりの大吾郎をちらりと見る。

「ゴローも、一緒にお風呂入る?」

一緒にお風呂。それはあまりにも甘美な響きだった。銭湯のように広くもない粗末な共同浴場で、混雑する時間は芋洗いになるむさ苦しい風呂場だが、サラと一緒に入れるのなら、そこは楽園に湧く泉の広場になる。実はすでに部活後にシャワーを浴びているのだが、一も二もなく「入る」と即答し、天音がおかしそうに小さく笑った。普段は皆のことを一歩引いて見ている冷静な大吾郎の、本来の年頃らしい情熱と青みを帯びた気持ちが、手に取るように伝わってきた。

ー「俺も入ろう」

そのとき、「声」だけが突然どこかから割り込んできた。大吾郎とサラは眉をひそめてハテナを浮かべたが、天音には声の主とその居場所がすぐにわかった。バッと天井を見上げ、「またやってるのか……」と換気口のカバーの向こうにいるハルヒコに苦々しい顔を向けた。

「……どうやって入り込んだ?」

大吾郎とサラも頭上を見上げたが、この転校生の奇行に慣れたのか、あるいは元来の性質か、ふたりは至って冷静だった。

「うすぎたない雑居ビル並みに作りの甘い建物だ。ネズミ同様どこからでも入り込める。毒ガスも撒き散らし放題だぞ」

「いいから降りてこい。3秒以内に」

天音がにらみつけながら苦々しい声で言うと、ハルヒコはカバーをはずしておとなしくテーブルの上に降り立った。

「また賭けてないだろうな?」

「賭けてない」

「ここに芳賀くんがいたら、君は明日にでも追い出されてるぞ」

「くだらん」

「ふたりとも、さっさと行こう」

天音が立ち上がって席を離れると、大吾郎とサラも続いた。

「俺は洗いっこに混ぜてくれないのか?」

「気持ち悪いこと言うなバカ」

「おいユーレイ、俺は三助のバイトをしていたことがあるんだ。お前に天国を見せてやろう」

「……三助?」

「客の身体をくまなく洗ってやることだ。どうせ引きこもってて風呂もまともに入ってないんだろう?俺が隅々まできれいにしてやる」

そう言うと大吾郎が怪訝な顔でハルヒコを見た。

「君、手とか洗わなそうだから、さわられるのはちょっと……」

「サラ、手を洗っててもこいつになんか触られたくないだろ。相手にしなくていい」

天音に腕を引かれ、3人はさっさと行ってしまった。だが一旦部屋に戻って風呂の道具を持ってから脱衣所に向かうと、手ぶらだったはずのハルヒコが早くも湯船につかっていた。天音はため息をついた。

「ちゃんと身体洗って入った?」

「貴様まで俺をバイキン扱いか」

「洗ったの?」

「……洗った」

すると天音はかたわらにいた後輩にまで「こいつホントに身体洗ってた?」としつこく尋ね、彼が「あ…洗ってました」と答えると、薄々ではあるがようやく納得した。


ー「さて」

ザバリと湯船からあがると、ハルヒコがおもむろに椅子に座る天音の背後で仁王立ちをした。

「"さて"って何?裸で近寄らないで」

「ああ?女かおめーは。おいそこの少年、さっき頼んでおいたものを」

「はい」

ハルヒコが後輩から泡のたっぷり入った洗面器を受け取る。

「な、なに?」

「じっとしてろよ」

「ちょっと……」

「さあ、薄汚いウロコをキレイキレイしましょうね~イグアナく~ん」

ハルヒコがニヤリと醜い笑みを浮かべると、泡を両手に取って天音の身体にガバリと抱きついた。

「ぎゃああああああぁぁぁ!!!」

絶叫が響き渡る。

「やめて!!やだ!!マジで触んないで!!きたない!!」

「汚ないとは何だこの野郎。ちゃんと身体は洗ったっつってんだろ」

ハルヒコの胸毛が天音の背中にぴたりと密着し、天音は全身に鳥肌をたて椅子から転がり落ちた。

「おい渦川くん、危ないからやめてやれよ」

大吾郎が半笑いで一応止めようとしたが、裸の男ふたりが組み合う熾烈な光景に手を出すことはできなかった。

「やめて!!助けて!!離してくれえええ!!」

天音はレイプでもされているかのような必死の形相で抵抗するが、泡ですべってままならない。やや大柄なハルヒコが背中から抱え込むようにして天音を抱く姿に、大吾郎はものすごくいけないモノを目の当たりにしている気分になった。

「おおう、なめらかなウロコですなあ~。ほ~らヌルヌルだねえ」

「やだ、ホントにやだ!!触んないで!離して!お願いだからやめて!!」

「ん~、泣いてるのかなあ?ははは、暴れたってそんな力じゃ無駄無駄」

次の瞬間、信じられないことにハルヒコが天音の股間に手を伸ばした。

「あっ……」

大吾郎が息を飲み、サラも思わず声を発し、かたわらで見ていた後輩は顔をそむけた。

「……おやおや、可愛いおチンチンですこと」

耳元でささやくように言うと、そのままフッと息を吹きかけた。天音は電池切れの玩具のように急におとなしくなって、脱力したようにずるずると前のめりに崩れ落ちた。
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