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第三章 A Greek Gift
策謀の夜―⑧―
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午後7時32分 バンクーバー市 コール・ハーバー
――ナオト……運の良い奴め。
苦々しい思いと共に、カイル=ウィリアムスは、瓶入り麦酒を喉に流し込んだ。
冷えた麦酒の刺激と共に、立ち飲み台の背後に映るバラード海峡が目に映る。
石炭が発見された為に、名前を取られたコール・ハーバー。
カナダプレース、スタンレー・パークに挟まれた区画で、造船所として知られていた。
水辺で穏やかな環境に集まる、高級住宅地、高級飲食店に享楽用のクルーザーやヨットの群れは自然と人の目を引き付ける。
雲一つない晴天なら、青く映るバラード海峡の水飛沫と共に、青空を駆ける水上飛行機に、息すらも奪われることだろう。
しかし、黒い炭の様な雨雲に覆われた夜景という何とも皮肉な景観が、刈り上げた金髪の傭兵の眼の前のコール・ハーバーとして広がっている。
カイル=ウィリアムスは、そんな一画の酒場にいた。
早い時間だからか、それとも鬼火騒動の所為か、来客は余りいない。
装甲ではなく、革ジャケットとストレートパンツを纏ったカイルは、二本目の麦酒の刺激を味わう。
ホテル・ウェイブ・スウィーパーの会合の顛末が、カイルの喉元を過ぎ去ったモノと“別の苦味”として脳裏で蘇る。
諸事情でエリザベス=ガブリエル=マックスウェルを始めとした、”ブライトン・ロック社”が抜けた後、カイルとの舌戦に応戦してきたのは、上司であるナオト=ハシモトだった。
まず、彼が指摘したのが、”ワールド・シェパード社”の“鬼火”の討伐についてである。
今回のバンクーバー市で騒がせているものと“UNTOLD“の関連性が見られない、と。
少なくとも、ロック=ハイロウズ達の様な、”命熱波”使いであり、“繋がり”があれば良いだろうが、それをカイルが示さなかったことを問題視したのだ。
あくまで、ロックとサキは、“ウィッカー・マン”の動力部が見えるだけで、“鬼火”とは異なる。
それが、ナオトの弁だった。
更に言うと、サキについては、尋問の対象ではないとも。
スカイトレイン爆破事件の時の様に、実行犯の姿がはっきり分かり、かつ電子空間のやり取りにサキが関わっていれば、彼女を拘束できるだろう。
オラクル語学学校は、教室や訓練施設での電子機器の使用を禁止している。
通信機能のある物は、尚のことである。
持参して、受付で預ける必要がある。
休憩時間に持ち出した時刻も記入し、専用の休憩場所でしか使えない。
しかし、彼女が授業や訓練の前後に、通信可能な電子機器を使っていた場面に出くわした者は誰もいないという。
語学学校の休憩場所で、携帯通信端末を使う生徒は多かった。
サキもその中で生徒と会話をしていたが、彼女からそれを見せることは無かったという。
更に加えると、彼女自身が、通信機能付きの電子端末の類を、受付から持ち出した記録に加えて預けた記録も無かった。
よって、こちらがサキの通信記録を得ることは不可能となった。
サキの暴走については、彼女の意識が明確ではない様子が疑問視。
明確な”ワールド・シェパード社”への敵意も感じられないという、ナオトからの反論も来た。
”ブライトン・ロック社”へ協力を求めることを口実に、同社の回収した物を”ワールド・シェパード社”の監視下に置くことを認める根拠が弱すぎるとも。
ナオトの持つ上司の権限で、却下されたのだ。
“鬼火退治の依頼者”の情報についても、ナオトから求められた。
少なくとも、“傭兵”である以上、ロハで銃を撃つことは出来ない。
鬼火退治については、バンクーバー市、同市警、B.C.州政府とカナダ政府からの“何れ公式となる”依頼が来ていたことを認めざるを得なかった。
カイルの求めた活動は、結局、前の“スカイトレイン爆破事件実行犯”、及び“同事件捜査班失踪事件”と同じで、警察と一緒でないと行動できない。
”ブライトン・ロック社”とナオト=ハシモトの繋がりを崩し、主導権を奪う決定打とはならなかった。
電子励起銃を持ち込める範囲の拡大も当然、認められなかった。
ナオトを引き摺り下ろす会議は、”ワールド・シェパード社”と警察の周回順路の打ち合わせで幕を下ろした。
”ワールド・シェパード社”の社員は、コール・ハーバーの高級賃貸物件に滞在している。
カイルは、そこへ帰ろうかと思ったが、足が運ばない。
むしろ、ナオトとのやり取りで――熱暴走寸前の頭にどれだけ効果があるか分からないが――酒の苦味と刺激を欲していた。
酒を介した熱の放出で“腕力”を伴ったのが、別居の要因の一つである。
あくまでそれはアメリカの話で、カイルがカナダで起こすことについては知ったことじゃなかった。
カナダ産の麦酒は、カイルにとって味気ないものの、渇きを潤すには十分だった。
しかし、二、三本では足りなかったので、四本目を空ける。
カイル=ウィリアムスが、二つの音声ファイルの受信を携帯通信端末で確認したのは、店主から五本目を受け取った時だった。
右手の瓶入り麦酒をカウンターに置いて、送信者と危害素子の有無を、携帯通信端末に備え付けたセキュリティ機能で走査。
画面に緑色の検査結果が画面に表れると、中距離無線通信機を右耳に付けて再生。
聴こえてきた内容に、五本目のカナダ産の麦酒に伸びた右手が止まる。
二つの音声ファイルの作成時期は、数時間前。
一つは、ホテル“ウェイブ・スウィーパー“で行われた対策会議。
その時の休憩時間に行われた、ナオトと”ブライトン・ロック社”の面々の会話だった。
『鬼火も大事だが……問題は、アイツらが求めているものだ。オブラートに包んでいたが、ここにあることも理解している』
その次は、録音場所:スプリング・プレイスと記載されていた。
『二人の女の子の存在を感じることがあったの。大体、無視するようにしていたのだけど……最近、それが強くなって体が勝手に』
当事者である、サキ=カワカミの告白である。
同時に、ナオトが隠していたことの動かぬ証拠とも言えた。
カイルは、右手の麦酒をカウンターに置いて、二通の音声を“ある場所“に電子転送させる。
――これで、“ハティ“に良い顔が出来るな。
カイルは、喜びと共に、五本目の麦酒を一気に飲み干した。
”ワールド・シェパード社”は大きく分けて、二つの部門がある。
一つは、実働部隊の“スコル”。
今回の度重なる”ウィッカー・マン”の襲撃と現場で戦うことを主にし、カイルは先陣を切っている。
警邏活動もこれが行う。
”ウィッカー・マン”やUNTOLDに関係する情報分析、及び兵器や武器などの技術開発は、二つ目の“ハティ”の担当だ。
それぞれ、太陽と月を追う北欧神話の狼から名前を頂いている。
よく言われている、背広組と制服組の対立は無い。
あくまで、畑の違う部門が協力をして業務を行うのは、民間団体だろうと公的機関だろうと変わらない。
良い組織は、その割り切りがあった。
――ナオトをこれで、引き摺り下ろせる。
“ハティ”もナオト=ハシモトが専務となったことに、不満を抱いていた。
“ハティ”と“スコル”を擁する”ワールド・シェパード社”自体、911が起きる以前の新しい軍隊としてアメリカで支配されている三角構造にして、税金を消費する公的軍隊に成り代わるものと知られている。
しかし、中東動乱で、民間軍事企業の草分けとなるどころか、金と血を求める無慈悲な傭兵集団という悪名を広げる羽目になった。
正規軍から“軍事企業の兵器の試験”として、正式採用されてない兵器を使った虐殺に加担しているとも指摘された。
”ワールド・シェパード社”の悪行は――外国で行われたアメリカ人の犯罪の訴訟として――は、現地原告者の数が、全米史上最多とも言われている。
世論の流れにより、”ワールド・シェパード社”による災害救助や紛争派遣は、前より減り、中東での儲けのすべてを頂ける特権もなくなった。
カイル=ウィリアムスは、自分を戦争狂と名乗った覚えは一度も無い。
しかし、紛争や災害が自分の生活の糧となっている以上、どっちかと言えばあってくれた方が良い程度だ。
それに、離婚した時に命じられた養育費の支払いも滞る。
“スコル”の様な実働部隊は、基本、諸手当が多く付いていた。
しかし、長期的に金を得られるなら、“現場に出ない”事務職が良い。
安定は、安全に勝るのが世の常である。
まして、情報分析なら組織を支配し、出世でも有利に働いた。
もし、UNTOLDに関する兵器を差し押さえたなら、昇進と配置換えは円滑に進むだろう。
だが、
――語学講習については、割のいい子守だと思っていたが……。
カイルの“割の良い小遣い稼ぎ”の対象である生徒の中で、サキ=カワカミは意外としっかりしていた。
授業で使われた武器や武術の弱点も聞いてきて、自分を高める為の踏み台として、良い意味でカイルを利用している。
日本人に限らず、東洋の留学生は“いい学校”と“良い先生”につく目標を設定し、学んだ内容の精査をしない。
指示こそ、教訓。
英国の公共放送の古典喜劇、“哲学者の蹴球大会”の中の「審判の孔子に自由意思はない」というオチは、カイルにとって的を射すぎて笑えなかった。
サキは、他の極東からの留学生と違い、向上心を以て常に実力を自分の手で高めようとする。
敵ながら向上心に満ち、自身の知的好奇心を擽られる生徒だった。
”UNTOLD”に深く関わっていなければ、その結果が“自分たちの憎む”ものによらなければ、彼女と討論が出来たことだろう。
あり得ない仮定の最中、“ハティ”から連絡が来た。
専用の携帯通信端末内の記述式会話機能に、
『カイル。“望楼”に人が立った』
その言葉が、カイルの意識を酩酊状態から覚醒状態に移行させた。
”UNTOLDと”いう技術と力は、侮れないどころか信用できない。
そう考える団体は枚挙に暇がなかった。
”ワールド・シェパード社”もその中の一つである。
決定的な違いがあるとすると、”UNTOLD”を制圧し、その技術を人の手で使える武器にすることで、利益を得る。
それに慎重姿勢を見せているのが、現専務のナオトだった。
しかし、“望楼”は企業ではない。
一介の市民の集まりである。
大企業や公的機関の電磁記録の漏洩に、監視社会への批判も展開。
また、環境保護活動家の面もあるが、本職とする団体からも警戒されている。
ついでに言えば、左右問わず、市民団体からも疎まれていた。
一言で言えば、変な団体である。
だが、カイルはこういう“どっちつかず”を警戒していた。
交渉の出来る余地もなければ、付け入る隙もない。
”UNTOLD”にどれだけ関わっているかも未知数。
情報が足りない分、相手の持つ主導権は揺るがない。
“望楼”と言う言葉に目を取られながら、ハティに返信した。
『“蹄鉄”を使う』
返信が間髪入れず、届く。
『使って良いのか?』
『行政と民間の協力だ。カナダの市場を守る為には、持って来いだ。“そいつら”は、間違いなく、“俺たちの敵”に繋がっている』
携帯通信端末の向こうで戸惑う“ハティ“の知人が、思い浮かぶ。
本来、TPTPは環太平洋の加盟国を対象にした協定だ。
“UNTOLD”を研究し、協定国内に利益をもたらす。
しかし、そこに入らず、利益を求める者――或いは、利益を侵害する者――が、バンクーバーで暴れていることに不平不満を抱く者たちは、こちらも官民関係なく把握していた。
“望楼“に敵意を抱いている者は、バンクーバーにも当然いる。
――ナオト。そちらも隠し事をしていた。お互い様だ。
ハティの知人から添付された画像に改めて、目を向ける。
画像に写っていたのは、一組の男女。
一人は、長い髪を一つの房に結んだ少年。
もう一人は、毛糸の帽子を被った少女である。
彼らが映っていたのは、無人の街であるバンクーバー市街の東部――所謂、“壁の向こう側“。
その一画に眠る“ウィッカー・マン:クァトロ“に、少女は手を置いている。
カイルの端末内臓の画像検索機能を使い、“クァトロ“の周囲に立つ二人の名前が出てきた。
『音声ファイルと共に、そこの二人の名前を、“ハティ“の幹部に知らせろ。俺は、バンクーバー市の協力者にも伝えておく。許可は下りる。「”ウィッカー・マン”対策の人型兵器の試験、訓練」と言えばな。それに“仕返し“と共に“試運転“も出来る絶好の機会だ!』
カイルが記述し、補足した画像も添付して、送信。
添付画像に写った少年少女に、文字が刻まれていた。
毛糸の帽子の少女の名前は、“Sharon Cage|(anon.)“。
そして、長髪の少年に出た名前は、“Samuel Highlows“だった。
――ナオト……運の良い奴め。
苦々しい思いと共に、カイル=ウィリアムスは、瓶入り麦酒を喉に流し込んだ。
冷えた麦酒の刺激と共に、立ち飲み台の背後に映るバラード海峡が目に映る。
石炭が発見された為に、名前を取られたコール・ハーバー。
カナダプレース、スタンレー・パークに挟まれた区画で、造船所として知られていた。
水辺で穏やかな環境に集まる、高級住宅地、高級飲食店に享楽用のクルーザーやヨットの群れは自然と人の目を引き付ける。
雲一つない晴天なら、青く映るバラード海峡の水飛沫と共に、青空を駆ける水上飛行機に、息すらも奪われることだろう。
しかし、黒い炭の様な雨雲に覆われた夜景という何とも皮肉な景観が、刈り上げた金髪の傭兵の眼の前のコール・ハーバーとして広がっている。
カイル=ウィリアムスは、そんな一画の酒場にいた。
早い時間だからか、それとも鬼火騒動の所為か、来客は余りいない。
装甲ではなく、革ジャケットとストレートパンツを纏ったカイルは、二本目の麦酒の刺激を味わう。
ホテル・ウェイブ・スウィーパーの会合の顛末が、カイルの喉元を過ぎ去ったモノと“別の苦味”として脳裏で蘇る。
諸事情でエリザベス=ガブリエル=マックスウェルを始めとした、”ブライトン・ロック社”が抜けた後、カイルとの舌戦に応戦してきたのは、上司であるナオト=ハシモトだった。
まず、彼が指摘したのが、”ワールド・シェパード社”の“鬼火”の討伐についてである。
今回のバンクーバー市で騒がせているものと“UNTOLD“の関連性が見られない、と。
少なくとも、ロック=ハイロウズ達の様な、”命熱波”使いであり、“繋がり”があれば良いだろうが、それをカイルが示さなかったことを問題視したのだ。
あくまで、ロックとサキは、“ウィッカー・マン”の動力部が見えるだけで、“鬼火”とは異なる。
それが、ナオトの弁だった。
更に言うと、サキについては、尋問の対象ではないとも。
スカイトレイン爆破事件の時の様に、実行犯の姿がはっきり分かり、かつ電子空間のやり取りにサキが関わっていれば、彼女を拘束できるだろう。
オラクル語学学校は、教室や訓練施設での電子機器の使用を禁止している。
通信機能のある物は、尚のことである。
持参して、受付で預ける必要がある。
休憩時間に持ち出した時刻も記入し、専用の休憩場所でしか使えない。
しかし、彼女が授業や訓練の前後に、通信可能な電子機器を使っていた場面に出くわした者は誰もいないという。
語学学校の休憩場所で、携帯通信端末を使う生徒は多かった。
サキもその中で生徒と会話をしていたが、彼女からそれを見せることは無かったという。
更に加えると、彼女自身が、通信機能付きの電子端末の類を、受付から持ち出した記録に加えて預けた記録も無かった。
よって、こちらがサキの通信記録を得ることは不可能となった。
サキの暴走については、彼女の意識が明確ではない様子が疑問視。
明確な”ワールド・シェパード社”への敵意も感じられないという、ナオトからの反論も来た。
”ブライトン・ロック社”へ協力を求めることを口実に、同社の回収した物を”ワールド・シェパード社”の監視下に置くことを認める根拠が弱すぎるとも。
ナオトの持つ上司の権限で、却下されたのだ。
“鬼火退治の依頼者”の情報についても、ナオトから求められた。
少なくとも、“傭兵”である以上、ロハで銃を撃つことは出来ない。
鬼火退治については、バンクーバー市、同市警、B.C.州政府とカナダ政府からの“何れ公式となる”依頼が来ていたことを認めざるを得なかった。
カイルの求めた活動は、結局、前の“スカイトレイン爆破事件実行犯”、及び“同事件捜査班失踪事件”と同じで、警察と一緒でないと行動できない。
”ブライトン・ロック社”とナオト=ハシモトの繋がりを崩し、主導権を奪う決定打とはならなかった。
電子励起銃を持ち込める範囲の拡大も当然、認められなかった。
ナオトを引き摺り下ろす会議は、”ワールド・シェパード社”と警察の周回順路の打ち合わせで幕を下ろした。
”ワールド・シェパード社”の社員は、コール・ハーバーの高級賃貸物件に滞在している。
カイルは、そこへ帰ろうかと思ったが、足が運ばない。
むしろ、ナオトとのやり取りで――熱暴走寸前の頭にどれだけ効果があるか分からないが――酒の苦味と刺激を欲していた。
酒を介した熱の放出で“腕力”を伴ったのが、別居の要因の一つである。
あくまでそれはアメリカの話で、カイルがカナダで起こすことについては知ったことじゃなかった。
カナダ産の麦酒は、カイルにとって味気ないものの、渇きを潤すには十分だった。
しかし、二、三本では足りなかったので、四本目を空ける。
カイル=ウィリアムスが、二つの音声ファイルの受信を携帯通信端末で確認したのは、店主から五本目を受け取った時だった。
右手の瓶入り麦酒をカウンターに置いて、送信者と危害素子の有無を、携帯通信端末に備え付けたセキュリティ機能で走査。
画面に緑色の検査結果が画面に表れると、中距離無線通信機を右耳に付けて再生。
聴こえてきた内容に、五本目のカナダ産の麦酒に伸びた右手が止まる。
二つの音声ファイルの作成時期は、数時間前。
一つは、ホテル“ウェイブ・スウィーパー“で行われた対策会議。
その時の休憩時間に行われた、ナオトと”ブライトン・ロック社”の面々の会話だった。
『鬼火も大事だが……問題は、アイツらが求めているものだ。オブラートに包んでいたが、ここにあることも理解している』
その次は、録音場所:スプリング・プレイスと記載されていた。
『二人の女の子の存在を感じることがあったの。大体、無視するようにしていたのだけど……最近、それが強くなって体が勝手に』
当事者である、サキ=カワカミの告白である。
同時に、ナオトが隠していたことの動かぬ証拠とも言えた。
カイルは、右手の麦酒をカウンターに置いて、二通の音声を“ある場所“に電子転送させる。
――これで、“ハティ“に良い顔が出来るな。
カイルは、喜びと共に、五本目の麦酒を一気に飲み干した。
”ワールド・シェパード社”は大きく分けて、二つの部門がある。
一つは、実働部隊の“スコル”。
今回の度重なる”ウィッカー・マン”の襲撃と現場で戦うことを主にし、カイルは先陣を切っている。
警邏活動もこれが行う。
”ウィッカー・マン”やUNTOLDに関係する情報分析、及び兵器や武器などの技術開発は、二つ目の“ハティ”の担当だ。
それぞれ、太陽と月を追う北欧神話の狼から名前を頂いている。
よく言われている、背広組と制服組の対立は無い。
あくまで、畑の違う部門が協力をして業務を行うのは、民間団体だろうと公的機関だろうと変わらない。
良い組織は、その割り切りがあった。
――ナオトをこれで、引き摺り下ろせる。
“ハティ”もナオト=ハシモトが専務となったことに、不満を抱いていた。
“ハティ”と“スコル”を擁する”ワールド・シェパード社”自体、911が起きる以前の新しい軍隊としてアメリカで支配されている三角構造にして、税金を消費する公的軍隊に成り代わるものと知られている。
しかし、中東動乱で、民間軍事企業の草分けとなるどころか、金と血を求める無慈悲な傭兵集団という悪名を広げる羽目になった。
正規軍から“軍事企業の兵器の試験”として、正式採用されてない兵器を使った虐殺に加担しているとも指摘された。
”ワールド・シェパード社”の悪行は――外国で行われたアメリカ人の犯罪の訴訟として――は、現地原告者の数が、全米史上最多とも言われている。
世論の流れにより、”ワールド・シェパード社”による災害救助や紛争派遣は、前より減り、中東での儲けのすべてを頂ける特権もなくなった。
カイル=ウィリアムスは、自分を戦争狂と名乗った覚えは一度も無い。
しかし、紛争や災害が自分の生活の糧となっている以上、どっちかと言えばあってくれた方が良い程度だ。
それに、離婚した時に命じられた養育費の支払いも滞る。
“スコル”の様な実働部隊は、基本、諸手当が多く付いていた。
しかし、長期的に金を得られるなら、“現場に出ない”事務職が良い。
安定は、安全に勝るのが世の常である。
まして、情報分析なら組織を支配し、出世でも有利に働いた。
もし、UNTOLDに関する兵器を差し押さえたなら、昇進と配置換えは円滑に進むだろう。
だが、
――語学講習については、割のいい子守だと思っていたが……。
カイルの“割の良い小遣い稼ぎ”の対象である生徒の中で、サキ=カワカミは意外としっかりしていた。
授業で使われた武器や武術の弱点も聞いてきて、自分を高める為の踏み台として、良い意味でカイルを利用している。
日本人に限らず、東洋の留学生は“いい学校”と“良い先生”につく目標を設定し、学んだ内容の精査をしない。
指示こそ、教訓。
英国の公共放送の古典喜劇、“哲学者の蹴球大会”の中の「審判の孔子に自由意思はない」というオチは、カイルにとって的を射すぎて笑えなかった。
サキは、他の極東からの留学生と違い、向上心を以て常に実力を自分の手で高めようとする。
敵ながら向上心に満ち、自身の知的好奇心を擽られる生徒だった。
”UNTOLD”に深く関わっていなければ、その結果が“自分たちの憎む”ものによらなければ、彼女と討論が出来たことだろう。
あり得ない仮定の最中、“ハティ”から連絡が来た。
専用の携帯通信端末内の記述式会話機能に、
『カイル。“望楼”に人が立った』
その言葉が、カイルの意識を酩酊状態から覚醒状態に移行させた。
”UNTOLDと”いう技術と力は、侮れないどころか信用できない。
そう考える団体は枚挙に暇がなかった。
”ワールド・シェパード社”もその中の一つである。
決定的な違いがあるとすると、”UNTOLD”を制圧し、その技術を人の手で使える武器にすることで、利益を得る。
それに慎重姿勢を見せているのが、現専務のナオトだった。
しかし、“望楼”は企業ではない。
一介の市民の集まりである。
大企業や公的機関の電磁記録の漏洩に、監視社会への批判も展開。
また、環境保護活動家の面もあるが、本職とする団体からも警戒されている。
ついでに言えば、左右問わず、市民団体からも疎まれていた。
一言で言えば、変な団体である。
だが、カイルはこういう“どっちつかず”を警戒していた。
交渉の出来る余地もなければ、付け入る隙もない。
”UNTOLD”にどれだけ関わっているかも未知数。
情報が足りない分、相手の持つ主導権は揺るがない。
“望楼”と言う言葉に目を取られながら、ハティに返信した。
『“蹄鉄”を使う』
返信が間髪入れず、届く。
『使って良いのか?』
『行政と民間の協力だ。カナダの市場を守る為には、持って来いだ。“そいつら”は、間違いなく、“俺たちの敵”に繋がっている』
携帯通信端末の向こうで戸惑う“ハティ“の知人が、思い浮かぶ。
本来、TPTPは環太平洋の加盟国を対象にした協定だ。
“UNTOLD”を研究し、協定国内に利益をもたらす。
しかし、そこに入らず、利益を求める者――或いは、利益を侵害する者――が、バンクーバーで暴れていることに不平不満を抱く者たちは、こちらも官民関係なく把握していた。
“望楼“に敵意を抱いている者は、バンクーバーにも当然いる。
――ナオト。そちらも隠し事をしていた。お互い様だ。
ハティの知人から添付された画像に改めて、目を向ける。
画像に写っていたのは、一組の男女。
一人は、長い髪を一つの房に結んだ少年。
もう一人は、毛糸の帽子を被った少女である。
彼らが映っていたのは、無人の街であるバンクーバー市街の東部――所謂、“壁の向こう側“。
その一画に眠る“ウィッカー・マン:クァトロ“に、少女は手を置いている。
カイルの端末内臓の画像検索機能を使い、“クァトロ“の周囲に立つ二人の名前が出てきた。
『音声ファイルと共に、そこの二人の名前を、“ハティ“の幹部に知らせろ。俺は、バンクーバー市の協力者にも伝えておく。許可は下りる。「”ウィッカー・マン”対策の人型兵器の試験、訓練」と言えばな。それに“仕返し“と共に“試運転“も出来る絶好の機会だ!』
カイルが記述し、補足した画像も添付して、送信。
添付画像に写った少年少女に、文字が刻まれていた。
毛糸の帽子の少女の名前は、“Sharon Cage|(anon.)“。
そして、長髪の少年に出た名前は、“Samuel Highlows“だった。
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