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第七章 Flux
流転―⑤―
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だが、喜びと悦楽に染まっていたリリスの、月白色の眼が大きく開く。
デュラハンの中にいた偉丈夫が、リリスの首を掴んできたのだ。
アンティパスの依代だった短髪の偉丈夫から、赤黒い炎が滲み出る。
デュラハンの割れた胸から赤と青の奔流を浴びながら、アンティパスの器だった男はリリスに力強い抱擁を返した。
赤と青の光で熱せられた窯に、偉丈夫が入れ替わりに、リリスを押し込む。
リリスと入れ替わり、外に背を向けた偉丈夫の眼が、茫然と立ち尽くすロックを映した。
彼の視線に、ロックは懐かしさを覚えると、
「リリス……テメェ、俺とファンを“救世の剣“にぶち込んだことがあったな」
偉丈夫の右腕にリリスの喉を圧し潰されながら、語り掛けるロックを見下ろす。
彼の言葉を聞いて、リリスは驚愕に藻掻き、足掻いていた。
口から何かを出そうとするが、男の右手がリリスの喉を塞いでいるので、言葉を紡げない。
「“救世の剣“のエネルギーを使って、俺の”命熱波”の奥にあるものを元に、俺の体を作り替えようとした。ファンもテメェの体にして、俺たちを作り替えた際に出るエネルギーを使って、世界も滅ぼそうとした」
リリスは“洗礼者“の中にいる何かを取り出すには、ロックの“ブラック・クイーン“の超微細機械と適合する媒介が必要――つまり、ファンだった。
「ファンは、何故か知らないが……妹に似せて作られた。遺伝情報は、俺やサミュエルと似通るところは、どんな風の吹き回しか全く無かった」
高出力の熱力に晒されながら、リリスは偉丈夫の腕から逃れるために、上体を揺らした。
リリスが目を見開きながら、ロックを見下ろしている。
「それにも関わらず、俺の”命熱波”を構成する“リア・ファイル“と、命導巧の所有者の記憶と適合するファンは、テメェの都合に良かった」
ロックの目の前で、リリスの求める男の依代が、大型”ウィッカー・マン”の窯から放たれる熱で壊れていく。
「しかし、ファンは俺を助ける為に、その融合で発せられた莫大なエネルギーを逆流させ、“救世の剣“を爆破させた」
ファンの肉体に入っていたリリスは、当然無傷で済む訳が無い。
「事実、俺も……その巻き添えで、あの時に一度死んだ!」
逆流させる為にファンを貫いたロックも、その時の熱入出量に耐えられなかった。
ワイルド・ハント事件の時、ファンは肉体を失いながらも“命熱波”となり、ロックの肉体の再構成を行った。
”命熱波”になると言うことは、“ナノマシン:リア・ファイル“として、ロックの操るそれに含まれることを意味する。
ロックはその身に、リリスの化身とも言えるファンを宿すことになった。
「ファンは、俺の“ブラック・クイーン“を通して、体内電気の回路も複製し、俺を再生させた」
ファンにとって、ロックの”命熱波”の複製は容易だった。
「テメェが俺から得た”命熱波”は、俺の“洗礼者“じゃない……“洗礼者“を模倣したファンなんだよ!!」
魂として、人を操り運命を翻弄する魔性――リリス。
だが、ロックの中にある、彼女を分けた魂の性質までは皮肉にも見抜けなかったのだ。
リリスを抑えつける偉丈夫は右腕だけを残し、やがてそれも天の一部に含まれていく。
その中に潜んでいた赤黒い炎が、アンティパスの依代だった男の場所に留まると、ロックの体に向かってきた。
壊れた赤黒い鎧が、ロックの周囲で輝いて粒子を撒き散らして消える。
ロックは、大型”ウィッカー・マン”の恒星に目を向けた。
月白色の魔性――リリス――の入っているサキの肉体には傷一つも付いていない。
だが、三日月の様な瞳が、肩呼吸で開閉している口と呼応するように、大きく開閉していた。
巨大人型”ウィッカー・マン”の足元が不意に蠢く。
“リア・ファイル“と青白い”命熱波”を差し出していた”ウィッカー・マン”が、白銀の流動物と化した。
白銀の流れが二つに分かれ、一方が津波としてロックに向かう。
やがて、小波群が“クァトロ“となり、大きなうねりが“ガンビー“を作った。
ロックは、翼剣を振るい“クァトロ“の胸部を、“ガンビー“に向けて吹っ飛ばす。
“四つん這い“に視界を覆われた“ガンビー“に向け、紅い外套を翻しながら、跳躍。
翼剣を背中から振り下ろして、“ガンビー“の頭部を“クァトロ“の胴体諸共、縦に両断した。
銀鏡の大猩々と“四つん這い“の背後で、ロックは銀色の水溜りが揺れているのを見つける。
水溜りが奔流となり、扁桃頭の人型――“フル・フロンタル“――が飛び出してきた。
その数、三体。
ロックは、一体の扁桃頭の額から上を、胴体から切り離す。
二体目と三体目は、胴を左右それぞれに、薙いだ。
飛び交う、扁桃頭の胴体や“四つん這い“の四肢。
それらを吹き飛ばす突風が、ロックの紅い外套を撫でた。
ロックは“ブラック・クイーン“の籠状護拳を左手に持ち替え、二発目の突風を弾きながら左に躱す。
突風の担い手に向け、
「流行り事やお洒落には疎いが、その腕は流石にあり得ないぜ……サロメ」
赤い唾帽子とドレスを着た象牙眼の女の右腕が、銀鏡色に大きく肥大している。
その大きさは、成人男性の胴体程の大きさ――“ガンビー“のそれだった。
「浅慮ですね。見た目だけで……私がそれを選ぶと思いますか?」
サロメは象牙眼を蛇の瞳孔の様に、小さくさせながら、年輪を重ねた木の幹の様な右腕をロックに向けた。
サロメから放たれた右の剛腕から、“クァトロ“の両顎が飛び出す。
陰電子の牙がロックの胸を掠り、青白い光に色彩を奪われて黒くなった血を浴びた。
「通販番組の多機能ナイフ並みに、器用貧乏な攻撃だな」
ロックは吐き捨てながら、サロメを探す。
赤いドレスの象牙眼の魔女は、既に彼の視界に拾える場所から姿が消え――否、姿は見えないがそこにいた。
『サロメが立っている』と彼が思い込んでいた場所には、クァトロの胴体と四本足が生えている。
首なし“クァトロ“の胴体の上には、紅いドレスのサロメの胴体が聳え立っていた。“ガンビー“の右腕が、騎乗槍の様に、ロックに向けて切っ先を向けている。
その姿は、伝説に登場する人馬。
サロメの胴を生やした“クァトロ“の足元では、“フル・フロンタル“が潰され、一体一体を“クァトロ“の四肢の蹄に刷り込んでいった。
「機能性と共に、目を引く外見のサロメです」
「もう……言葉も出ねぇな」
“フル・フロンタル“で作られた四足で、大地を踏みにじりながら、サロメは血を吐き捨てたロックに向かう。
「サロメ、ロック=ハイロウズを捕まえろ。この灼熱で、あの器を壊して、叫ばせながら”命熱波”を引きずり出してやる!!」
リリスの声が雨天に響くと、バラード湾から大きな瀝青色の波が蠢く。
リリスの入った、60メートルの大型”ウィッカー・マン”が、一歩を踏み出したからだ。
一歩から作られた津波に呑まれながらも、サロメの一部になり損ねた”ウィッカー・マン”は、青白い光を送り続ける。
光がまるで、巨人を縛る鎖の様に四肢に纏わりついていた。
光と瀝青に染まった波が立ち上がり、バラード湾に面した廃工場を覆う。
廃工場を呑み込んだ津波が、ロックと”ウィッカー・マン”にも襲いかかった。
大水に流されながら、ロックは、サロメの放った“ガンビー“の右腕から逃れる。
足元を波に取られる紅い外套の戦士に向け、象牙眼の魔女は“クァトロ“の下半身で波に乗り追撃。
ロックは流れた“ガンビー“の背に乗り、右足を叩きつけて飛んだ。
“クァトロ“の胴体を波の下にしながら、サロメはロックに向け、“ガンビー“の幹の様な右腕を突き出す。
ロックは“頂き砕く一振り“を振りかざし、銀色の大猩々の拳の上から叩きつけた。
“頂き砕く一振り“の強化された攻撃が、サロメから隆起した銀腕を散らす。
だが、“フル・フロンタル“もサロメの四本の脚部から、迸って飛び出した。
扁桃の人形は、流される”ウィッカー・マン”をサロメの胴体が取り込みながら、瀝青の海を白銀に変える。
ロックの紅い外套を同色に染めんと、白銀の流体が覆った。
白銀の海に足を取られたロックに、水面から人間の上半身を残したサロメが迫る。
散らばった”ウィッカー・マン”を呑み込みながら大きくなる、人馬のサロメの背後で、青白い太陽が照り出した。
太陽は、巨大な”ウィッカー・マン”の胸部で怒りと笑みの混ざったリリスから放たれている。
月白色の太陽は、まるで異界からの夜明けを表しているようだった。
極東に伝わる生を奪う黄泉路の淑女を思わせる、死の光。
だが、リリスの駆る巨大”ウィッカー・マン”は、この世にある全ての生命力を奪う獰猛な熱源にも関わらず、海から地上への一歩を踏み出せなかった。
青白い光とは別の、閃光と轟音が巨大”ウィッカー・マン”の歩みを奪う。
”ウィッカー・マン”を取り込み、騎兵と化したサロメの“四つん這い“から生やした胴体は背後を見る間も与えられなかった。
多条の光が、サロメの腰から下の“四つん這い”を貫く。
ロックは巨大な人型”ウィッカー・マン”と、銀鏡の人馬と化したサロメを貫いた光源を探した。
バラード湾を臨む廃工場の屋根に、人影を見つける。
青白い”ウィッカー・マン”からの光が、犬耳の輪郭を浮かび上がらせた。
その陰影に戸惑う間もなく、今度はロックの耳朶に震えた空気が伝わる。
超微細機械同士が衝突をした目を貫く光ではなく、金属を弾いた際に出る、燃焼反応の火花が青白い光の幕で咲いた。
犬耳の陰影から放たれる無数の電子励起銃と、”ウィッカー・マン”に効果があるとは思えない、突撃銃の弾幕も、銀鏡と青白に染まりきった夜の帳を駆け抜ける。
「皆、撃ちまくれ! TPTP関連法なんて気にするな!」
その担い手の側に立つ、焦げ茶色の髪の男はバンクーバー市警の印の入ったジャケットを纏っている。
彼の傍には、樹脂製の防御兜を纏い同じ腕章を付けた人影が多数。
暗がりで性はおろか、外見や年齢も不明。
しかし、彼らの手にした軽機関銃と突撃銃が、波に打ち上げられたばかりの“クァトロ“に火を吹いた。
装甲は貫かれなかったが、足元の流れに足を取られ、硝煙反応から放たれた銃撃によって、海に押し戻される。
「レイナード警部、“四つん這い“の“ウィッカー・マン:クァトロ“は、左胸部を狙って撃つんだ!」
ロックの聞き覚えのある声――ナオト――からの号令で、焦げ茶色の髪のレイナードと呼ばれた警察関係者は、半自動装填式拳銃で“銀色の四つん這い“に狙いを定める。
バンクーバー市警から放たれた銃弾が一斉に、立ち直した“クァトロ“の群れの移動を押し留めた。
警官たちの銃撃の背後から、電子励起銃の陰電子放射で滑走した弾丸が、“クァトロ“を海に押し戻す。
激痛を表しているのか、“四つん這い“達は、両顎を大きく開けて、雲が晴れたら見えるであろう月に向けて吼えた。
犬耳兜の兵士と警官たちが駆け付け、ロックを背に各々の得物の威力を奮う。
「ロック、無事か!?」
銀色の甲冑の日本人が振り返りながら、尋ねた。
「ナオト……その言葉遣い、ブルース達に聞かせてやりたい」
訝し気にしている銀色の甲冑の戦士の隣に、もう一人男が立つ。
焦げ茶色の髪が特徴的な警部で、胸の名前には“レイナーズ“と書かれていた。
「深紅の外套の守護者……ナオトさんより、話は伺っています。バンクーバーの危機を乗り越える手伝いをさせて下さい」
焦げ茶色の男の頼みに、声を上げようとした。
”ウィッカー・マン”の殺傷力として彼らの手持ちでは、不十分と言おうとしたが、
「図体のでかい“ガンビー“は、真ん中を狙って。“フル・フロンタル“は、全身が凶器だから好きなようにして!」
少女の声がすると、ロックの前に降り立った。
「シャロン……どういうことだ!?」
水と白の三角帽の少女に、ロックは食って掛からんとするが、
「ロック、アンタはサキを助けたいんでしょ。皆が道を作るから、リリスにぶちかましてやって。時期に分かるから、早く!!」
シャロンに促された方角に目を向けると、海に足を付けたまま動かない、巨大”ウィッカー・マン”が佇んでいる。
リリスは、険しい顔付きで闖入者たちを、巨大”ウィッカー・マン”の心臓部から見下ろしていた。
「リリス、貴女は早く――!?」
ロックの前に立ち塞がったサロメの口を、電子励起銃が塞ぐ。
それを号砲に、銃撃が一斉にサロメと、巨大”ウィッカー・マン”の心臓部に向かった。
“ウィッカー・マン”がサロメを守る為に、囲い始める。
「ロックを行かせてはならない、絶対に!!」
黄金と翡翠の光が、怒りと困惑に染まるサロメに降りかかる。
「おい、サロメ……あれだけ“燔祭“と言っておいて、差し出されるのは好みじゃないか?」
「兄さんを振り回して、シャロンも足蹴にして……。サロメ、“燔祭“用に、体のストックの用意を確認した方が良いんじゃない?」
ブルースとサミュエルが、人馬と化したサロメに飛び掛かる。
サロメを守る様に、“クァトロ“の波が苔色と飴色の二戦士を迎え撃つ。
しかし、その波に乗る、紅いトレーナーの少女の滑輪板が、掻き分けた。
シャロンに踏みつけられた“クァトロ“に、電子励起銃と銃弾が撃ち込まれる。
“ウィッカー・マン”の視界から消えた道を、ロックは走り出した。
デュラハンの中にいた偉丈夫が、リリスの首を掴んできたのだ。
アンティパスの依代だった短髪の偉丈夫から、赤黒い炎が滲み出る。
デュラハンの割れた胸から赤と青の奔流を浴びながら、アンティパスの器だった男はリリスに力強い抱擁を返した。
赤と青の光で熱せられた窯に、偉丈夫が入れ替わりに、リリスを押し込む。
リリスと入れ替わり、外に背を向けた偉丈夫の眼が、茫然と立ち尽くすロックを映した。
彼の視線に、ロックは懐かしさを覚えると、
「リリス……テメェ、俺とファンを“救世の剣“にぶち込んだことがあったな」
偉丈夫の右腕にリリスの喉を圧し潰されながら、語り掛けるロックを見下ろす。
彼の言葉を聞いて、リリスは驚愕に藻掻き、足掻いていた。
口から何かを出そうとするが、男の右手がリリスの喉を塞いでいるので、言葉を紡げない。
「“救世の剣“のエネルギーを使って、俺の”命熱波”の奥にあるものを元に、俺の体を作り替えようとした。ファンもテメェの体にして、俺たちを作り替えた際に出るエネルギーを使って、世界も滅ぼそうとした」
リリスは“洗礼者“の中にいる何かを取り出すには、ロックの“ブラック・クイーン“の超微細機械と適合する媒介が必要――つまり、ファンだった。
「ファンは、何故か知らないが……妹に似せて作られた。遺伝情報は、俺やサミュエルと似通るところは、どんな風の吹き回しか全く無かった」
高出力の熱力に晒されながら、リリスは偉丈夫の腕から逃れるために、上体を揺らした。
リリスが目を見開きながら、ロックを見下ろしている。
「それにも関わらず、俺の”命熱波”を構成する“リア・ファイル“と、命導巧の所有者の記憶と適合するファンは、テメェの都合に良かった」
ロックの目の前で、リリスの求める男の依代が、大型”ウィッカー・マン”の窯から放たれる熱で壊れていく。
「しかし、ファンは俺を助ける為に、その融合で発せられた莫大なエネルギーを逆流させ、“救世の剣“を爆破させた」
ファンの肉体に入っていたリリスは、当然無傷で済む訳が無い。
「事実、俺も……その巻き添えで、あの時に一度死んだ!」
逆流させる為にファンを貫いたロックも、その時の熱入出量に耐えられなかった。
ワイルド・ハント事件の時、ファンは肉体を失いながらも“命熱波”となり、ロックの肉体の再構成を行った。
”命熱波”になると言うことは、“ナノマシン:リア・ファイル“として、ロックの操るそれに含まれることを意味する。
ロックはその身に、リリスの化身とも言えるファンを宿すことになった。
「ファンは、俺の“ブラック・クイーン“を通して、体内電気の回路も複製し、俺を再生させた」
ファンにとって、ロックの”命熱波”の複製は容易だった。
「テメェが俺から得た”命熱波”は、俺の“洗礼者“じゃない……“洗礼者“を模倣したファンなんだよ!!」
魂として、人を操り運命を翻弄する魔性――リリス。
だが、ロックの中にある、彼女を分けた魂の性質までは皮肉にも見抜けなかったのだ。
リリスを抑えつける偉丈夫は右腕だけを残し、やがてそれも天の一部に含まれていく。
その中に潜んでいた赤黒い炎が、アンティパスの依代だった男の場所に留まると、ロックの体に向かってきた。
壊れた赤黒い鎧が、ロックの周囲で輝いて粒子を撒き散らして消える。
ロックは、大型”ウィッカー・マン”の恒星に目を向けた。
月白色の魔性――リリス――の入っているサキの肉体には傷一つも付いていない。
だが、三日月の様な瞳が、肩呼吸で開閉している口と呼応するように、大きく開閉していた。
巨大人型”ウィッカー・マン”の足元が不意に蠢く。
“リア・ファイル“と青白い”命熱波”を差し出していた”ウィッカー・マン”が、白銀の流動物と化した。
白銀の流れが二つに分かれ、一方が津波としてロックに向かう。
やがて、小波群が“クァトロ“となり、大きなうねりが“ガンビー“を作った。
ロックは、翼剣を振るい“クァトロ“の胸部を、“ガンビー“に向けて吹っ飛ばす。
“四つん這い“に視界を覆われた“ガンビー“に向け、紅い外套を翻しながら、跳躍。
翼剣を背中から振り下ろして、“ガンビー“の頭部を“クァトロ“の胴体諸共、縦に両断した。
銀鏡の大猩々と“四つん這い“の背後で、ロックは銀色の水溜りが揺れているのを見つける。
水溜りが奔流となり、扁桃頭の人型――“フル・フロンタル“――が飛び出してきた。
その数、三体。
ロックは、一体の扁桃頭の額から上を、胴体から切り離す。
二体目と三体目は、胴を左右それぞれに、薙いだ。
飛び交う、扁桃頭の胴体や“四つん這い“の四肢。
それらを吹き飛ばす突風が、ロックの紅い外套を撫でた。
ロックは“ブラック・クイーン“の籠状護拳を左手に持ち替え、二発目の突風を弾きながら左に躱す。
突風の担い手に向け、
「流行り事やお洒落には疎いが、その腕は流石にあり得ないぜ……サロメ」
赤い唾帽子とドレスを着た象牙眼の女の右腕が、銀鏡色に大きく肥大している。
その大きさは、成人男性の胴体程の大きさ――“ガンビー“のそれだった。
「浅慮ですね。見た目だけで……私がそれを選ぶと思いますか?」
サロメは象牙眼を蛇の瞳孔の様に、小さくさせながら、年輪を重ねた木の幹の様な右腕をロックに向けた。
サロメから放たれた右の剛腕から、“クァトロ“の両顎が飛び出す。
陰電子の牙がロックの胸を掠り、青白い光に色彩を奪われて黒くなった血を浴びた。
「通販番組の多機能ナイフ並みに、器用貧乏な攻撃だな」
ロックは吐き捨てながら、サロメを探す。
赤いドレスの象牙眼の魔女は、既に彼の視界に拾える場所から姿が消え――否、姿は見えないがそこにいた。
『サロメが立っている』と彼が思い込んでいた場所には、クァトロの胴体と四本足が生えている。
首なし“クァトロ“の胴体の上には、紅いドレスのサロメの胴体が聳え立っていた。“ガンビー“の右腕が、騎乗槍の様に、ロックに向けて切っ先を向けている。
その姿は、伝説に登場する人馬。
サロメの胴を生やした“クァトロ“の足元では、“フル・フロンタル“が潰され、一体一体を“クァトロ“の四肢の蹄に刷り込んでいった。
「機能性と共に、目を引く外見のサロメです」
「もう……言葉も出ねぇな」
“フル・フロンタル“で作られた四足で、大地を踏みにじりながら、サロメは血を吐き捨てたロックに向かう。
「サロメ、ロック=ハイロウズを捕まえろ。この灼熱で、あの器を壊して、叫ばせながら”命熱波”を引きずり出してやる!!」
リリスの声が雨天に響くと、バラード湾から大きな瀝青色の波が蠢く。
リリスの入った、60メートルの大型”ウィッカー・マン”が、一歩を踏み出したからだ。
一歩から作られた津波に呑まれながらも、サロメの一部になり損ねた”ウィッカー・マン”は、青白い光を送り続ける。
光がまるで、巨人を縛る鎖の様に四肢に纏わりついていた。
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廃工場を呑み込んだ津波が、ロックと”ウィッカー・マン”にも襲いかかった。
大水に流されながら、ロックは、サロメの放った“ガンビー“の右腕から逃れる。
足元を波に取られる紅い外套の戦士に向け、象牙眼の魔女は“クァトロ“の下半身で波に乗り追撃。
ロックは流れた“ガンビー“の背に乗り、右足を叩きつけて飛んだ。
“クァトロ“の胴体を波の下にしながら、サロメはロックに向け、“ガンビー“の幹の様な右腕を突き出す。
ロックは“頂き砕く一振り“を振りかざし、銀色の大猩々の拳の上から叩きつけた。
“頂き砕く一振り“の強化された攻撃が、サロメから隆起した銀腕を散らす。
だが、“フル・フロンタル“もサロメの四本の脚部から、迸って飛び出した。
扁桃の人形は、流される”ウィッカー・マン”をサロメの胴体が取り込みながら、瀝青の海を白銀に変える。
ロックの紅い外套を同色に染めんと、白銀の流体が覆った。
白銀の海に足を取られたロックに、水面から人間の上半身を残したサロメが迫る。
散らばった”ウィッカー・マン”を呑み込みながら大きくなる、人馬のサロメの背後で、青白い太陽が照り出した。
太陽は、巨大な”ウィッカー・マン”の胸部で怒りと笑みの混ざったリリスから放たれている。
月白色の太陽は、まるで異界からの夜明けを表しているようだった。
極東に伝わる生を奪う黄泉路の淑女を思わせる、死の光。
だが、リリスの駆る巨大”ウィッカー・マン”は、この世にある全ての生命力を奪う獰猛な熱源にも関わらず、海から地上への一歩を踏み出せなかった。
青白い光とは別の、閃光と轟音が巨大”ウィッカー・マン”の歩みを奪う。
”ウィッカー・マン”を取り込み、騎兵と化したサロメの“四つん這い“から生やした胴体は背後を見る間も与えられなかった。
多条の光が、サロメの腰から下の“四つん這い”を貫く。
ロックは巨大な人型”ウィッカー・マン”と、銀鏡の人馬と化したサロメを貫いた光源を探した。
バラード湾を臨む廃工場の屋根に、人影を見つける。
青白い”ウィッカー・マン”からの光が、犬耳の輪郭を浮かび上がらせた。
その陰影に戸惑う間もなく、今度はロックの耳朶に震えた空気が伝わる。
超微細機械同士が衝突をした目を貫く光ではなく、金属を弾いた際に出る、燃焼反応の火花が青白い光の幕で咲いた。
犬耳の陰影から放たれる無数の電子励起銃と、”ウィッカー・マン”に効果があるとは思えない、突撃銃の弾幕も、銀鏡と青白に染まりきった夜の帳を駆け抜ける。
「皆、撃ちまくれ! TPTP関連法なんて気にするな!」
その担い手の側に立つ、焦げ茶色の髪の男はバンクーバー市警の印の入ったジャケットを纏っている。
彼の傍には、樹脂製の防御兜を纏い同じ腕章を付けた人影が多数。
暗がりで性はおろか、外見や年齢も不明。
しかし、彼らの手にした軽機関銃と突撃銃が、波に打ち上げられたばかりの“クァトロ“に火を吹いた。
装甲は貫かれなかったが、足元の流れに足を取られ、硝煙反応から放たれた銃撃によって、海に押し戻される。
「レイナード警部、“四つん這い“の“ウィッカー・マン:クァトロ“は、左胸部を狙って撃つんだ!」
ロックの聞き覚えのある声――ナオト――からの号令で、焦げ茶色の髪のレイナードと呼ばれた警察関係者は、半自動装填式拳銃で“銀色の四つん這い“に狙いを定める。
バンクーバー市警から放たれた銃弾が一斉に、立ち直した“クァトロ“の群れの移動を押し留めた。
警官たちの銃撃の背後から、電子励起銃の陰電子放射で滑走した弾丸が、“クァトロ“を海に押し戻す。
激痛を表しているのか、“四つん這い“達は、両顎を大きく開けて、雲が晴れたら見えるであろう月に向けて吼えた。
犬耳兜の兵士と警官たちが駆け付け、ロックを背に各々の得物の威力を奮う。
「ロック、無事か!?」
銀色の甲冑の日本人が振り返りながら、尋ねた。
「ナオト……その言葉遣い、ブルース達に聞かせてやりたい」
訝し気にしている銀色の甲冑の戦士の隣に、もう一人男が立つ。
焦げ茶色の髪が特徴的な警部で、胸の名前には“レイナーズ“と書かれていた。
「深紅の外套の守護者……ナオトさんより、話は伺っています。バンクーバーの危機を乗り越える手伝いをさせて下さい」
焦げ茶色の男の頼みに、声を上げようとした。
”ウィッカー・マン”の殺傷力として彼らの手持ちでは、不十分と言おうとしたが、
「図体のでかい“ガンビー“は、真ん中を狙って。“フル・フロンタル“は、全身が凶器だから好きなようにして!」
少女の声がすると、ロックの前に降り立った。
「シャロン……どういうことだ!?」
水と白の三角帽の少女に、ロックは食って掛からんとするが、
「ロック、アンタはサキを助けたいんでしょ。皆が道を作るから、リリスにぶちかましてやって。時期に分かるから、早く!!」
シャロンに促された方角に目を向けると、海に足を付けたまま動かない、巨大”ウィッカー・マン”が佇んでいる。
リリスは、険しい顔付きで闖入者たちを、巨大”ウィッカー・マン”の心臓部から見下ろしていた。
「リリス、貴女は早く――!?」
ロックの前に立ち塞がったサロメの口を、電子励起銃が塞ぐ。
それを号砲に、銃撃が一斉にサロメと、巨大”ウィッカー・マン”の心臓部に向かった。
“ウィッカー・マン”がサロメを守る為に、囲い始める。
「ロックを行かせてはならない、絶対に!!」
黄金と翡翠の光が、怒りと困惑に染まるサロメに降りかかる。
「おい、サロメ……あれだけ“燔祭“と言っておいて、差し出されるのは好みじゃないか?」
「兄さんを振り回して、シャロンも足蹴にして……。サロメ、“燔祭“用に、体のストックの用意を確認した方が良いんじゃない?」
ブルースとサミュエルが、人馬と化したサロメに飛び掛かる。
サロメを守る様に、“クァトロ“の波が苔色と飴色の二戦士を迎え撃つ。
しかし、その波に乗る、紅いトレーナーの少女の滑輪板が、掻き分けた。
シャロンに踏みつけられた“クァトロ“に、電子励起銃と銃弾が撃ち込まれる。
“ウィッカー・マン”の視界から消えた道を、ロックは走り出した。
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時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。
べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。
月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ?
カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。
書き溜めは100話越えてます…
あやかし警察おとり捜査課
紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
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