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第七章 Flux
流転―②―
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午後10時37分
“ワールド・シェパード社”前線基地
ノース・バンクーバー ライオンズゲート橋付近
ライオンズゲート橋。
公的な呼び名は、ファースト・ナロウズ橋というバラード湾に掛かる吊り橋である。
ライオンズと言う名前は、バンクーバー北にある一対の山頂である、ザ・ライオンズから取られた。
橋を超えると、観光名所のキャピラノ吊橋や、北バンクーバー市の名物とも言える高層住宅地に入る。
北バンクーバー市は、行政区分としては、バンクーバー市街を中心とした“メトロバンクーバー“と言う経済圏に属していた。
また、同市はその経済活動を担う、住民の生活する郊外の一つである。
バンクーバー市街で発生した”ウィッカー・マン”が、侵入しない為の防波堤として、北バンクーバー市のバラード湾を臨める場所を”ワールド・シェパード社”の重要拠点としている。
また、人材や物流の拠点として、空港の近くにあるリッチモンドも外国資本や投資移民向けの住宅が多く、その分、”ワールド・シェパード社”の戦力の大半が配置されていた。
実質、”ワールド・シェパード社”の雇い主は、北バンクーバー市や高級住宅地の住民と言っていいだろう。
市街の警邏と”ウィッカー・マン”対策は、留学生や富裕層に属さない者達に任されている。
ライオンズゲート橋は、住民とそうでないものの交通を制御する“弁”と言っても過言ではない。
その検問所として設置された、北湾岸のテントにエリザベスと彼女の執事プレストンはいた。
「今、何と申されましたか?」
「考えた結果だが、やはり貴女に協力することは私の方から無い。ということだ、カラスマ殿」
雨に打たれるテントの音よりも、エリザベスたちの声が大きく響いたことだろう。
エリザベスの目の前に立つ、能面の顔のカラスマの沼の様な瞳は揺れない。
ただ、カラスマを包む熱気と、彼女たちを遠目で見守る”ワールド・シェパード社”の社員の温度差が一段と広がった様に見えた。
「特に目立った技術提供の必要もなく、隠すものもないと言う意味もあるが?」
カラスマは失望と怒りと言うより、音声で応答する携帯通信端末の人工知能が“場違いな言葉”を入力された時に、発する間のような沈黙をエリザベスに返した。
「この状況を見て、まだそんなことが言えるのですか!?」
エリザベスに異議を唱えたのは、カラスマではなかった。
世界を回る犬の腕章をした、褐色の女性。
情報処理要員も席に座りながら、彼女の背中越しにエリザベスとプレストンに敵意の視線を向けている。
夜景と共に点灯される橋を楽しむ湾岸に、建てられた無粋な地球儀を回る猟犬のマークの付いたテント。
雑草の根の如く生い茂った配線から延びる受視機は、化学樹脂の茎と眩い光を放つ樹脂の葉や花を連想させた。
それらの一葉、一花が映し出すのは市街に解き放たれた”ウィッカー・マン”――主に“クァトロ”と“フル・フロンタル”――である。
縦横無尽に駆けまわっていたかと思えば、空から出現した青白い光の剣先に向かっていた。
「この状況だから言っている」
エリザベスの冷徹な言葉に、カラスマの周囲が目を引いた。
画面の花弁に浮かぶ、銀の甲冑に身を包むナオト。
彼と戦闘を共にした、犬耳兜の同志たちも樹脂に映る葉の向こうで困惑していた。
間もなく、”ウィッカー・マン”の奇行についての情報の確認の問い合わせが、雪崩れ込んでいる。
褐色の女性は、エリザベスに向けた敵意の視線を伏せ、受視機の映像に注意を切り替えた。
しかし、
「アイツ等は……指名手配をされていた」
中国系の男性が、都市部を映す電子の一葉を右指で鋭く指した。
スタンレー・パークの球戯場で、エリザベスのよく知る三人の男女が佇んでいた。
彼女の下で働くブルース、”ワールド・シェパード社”はおろか、”ブライトン・ロック社”でも対応が分かれる“望楼“の構成員のサミュエルとシャロンの二人が、目の前の赤と黒の渦に茫然としていた。
「俺たちの仲間を殺したことがある……ナオト隊長は、何でそいつ等と行動を共にしていたんだ!!」
中国人の背は、エリザベスよりは高く、プレストンの胸ほどある。
鍛えられた老紳士は目に入らないのか、彼女に上から飛び掛からん勢いで捲し立てる。
「そうよ……私の婚約者は、彼らと戦って今も意識不明よ……」
若い女性も、中国人の男に同調。
白の装甲と黒の肌着の上で、紫色のヒジャブ(不貞を働く男性から守る為の覆い)が、涙雨を含んだ髪の様に揺れる。
周囲の怨嗟があふれ出始めると、エリザベスの前に鋭い目をした老執事が前に出た。
カラスマは何処か笑う様に、
「あなた達は、私たちと共に戦うことを望まれていません。カイル隊員も新兵器の試験中に命を落としました。貴女方に出来ることは、持ち得るものの全てを我々に無条件で差し――」
「ワイルド・ハントの再来が起きても良いのか?」
エリザベスは、カラスマの眼を見て言った。
カラスマはその言葉に一瞬、首を傾げる。
どこ吹く風と言うカラスマの反応と裏腹に、隊員たちの周囲で気温が下がった。
隊員たちの眼が、画面の一点に注がれる。
それは、”ウィッカー・マン”に溢れ、現在も隔離されているバンクーバー東部の東ヘイスティング。
バラード湾の上空に、青白く光る剣の欠片が留まっていた。
バラード湾を臨める廃工場では、“ガンビー“も加わった”ウィッカー・マン”から同色の光が海上に向けて放たれている。
銀鏡の異形だけでなく、街中からの光がバラード湾に集い、瀝青の海を青白く染めていた。
絶望を感じる隊員の中から出た一言が、エリザベスとカラスマの沈黙を破る。
「深紅の外套の守護者……!」
全員の眼が、画面に映る一人の青年に向けさせた。
ブルース、サミュエルとシャロンの立つ、スタンレー・パークの球技場。
赤黒い竜巻が和らぎ、その中心に男が立っていた。
「あなた達に協力は出来ないし、全てを差し出しても意味が無い。アイツにしか、この事態を止められないからな」
エリザベスの視線は、”ワールド・シェパード社”にぶれず、紅黒い迅雷を纏うロックに一点集中して言った。
“ワールド・シェパード社”前線基地
ノース・バンクーバー ライオンズゲート橋付近
ライオンズゲート橋。
公的な呼び名は、ファースト・ナロウズ橋というバラード湾に掛かる吊り橋である。
ライオンズと言う名前は、バンクーバー北にある一対の山頂である、ザ・ライオンズから取られた。
橋を超えると、観光名所のキャピラノ吊橋や、北バンクーバー市の名物とも言える高層住宅地に入る。
北バンクーバー市は、行政区分としては、バンクーバー市街を中心とした“メトロバンクーバー“と言う経済圏に属していた。
また、同市はその経済活動を担う、住民の生活する郊外の一つである。
バンクーバー市街で発生した”ウィッカー・マン”が、侵入しない為の防波堤として、北バンクーバー市のバラード湾を臨める場所を”ワールド・シェパード社”の重要拠点としている。
また、人材や物流の拠点として、空港の近くにあるリッチモンドも外国資本や投資移民向けの住宅が多く、その分、”ワールド・シェパード社”の戦力の大半が配置されていた。
実質、”ワールド・シェパード社”の雇い主は、北バンクーバー市や高級住宅地の住民と言っていいだろう。
市街の警邏と”ウィッカー・マン”対策は、留学生や富裕層に属さない者達に任されている。
ライオンズゲート橋は、住民とそうでないものの交通を制御する“弁”と言っても過言ではない。
その検問所として設置された、北湾岸のテントにエリザベスと彼女の執事プレストンはいた。
「今、何と申されましたか?」
「考えた結果だが、やはり貴女に協力することは私の方から無い。ということだ、カラスマ殿」
雨に打たれるテントの音よりも、エリザベスたちの声が大きく響いたことだろう。
エリザベスの目の前に立つ、能面の顔のカラスマの沼の様な瞳は揺れない。
ただ、カラスマを包む熱気と、彼女たちを遠目で見守る”ワールド・シェパード社”の社員の温度差が一段と広がった様に見えた。
「特に目立った技術提供の必要もなく、隠すものもないと言う意味もあるが?」
カラスマは失望と怒りと言うより、音声で応答する携帯通信端末の人工知能が“場違いな言葉”を入力された時に、発する間のような沈黙をエリザベスに返した。
「この状況を見て、まだそんなことが言えるのですか!?」
エリザベスに異議を唱えたのは、カラスマではなかった。
世界を回る犬の腕章をした、褐色の女性。
情報処理要員も席に座りながら、彼女の背中越しにエリザベスとプレストンに敵意の視線を向けている。
夜景と共に点灯される橋を楽しむ湾岸に、建てられた無粋な地球儀を回る猟犬のマークの付いたテント。
雑草の根の如く生い茂った配線から延びる受視機は、化学樹脂の茎と眩い光を放つ樹脂の葉や花を連想させた。
それらの一葉、一花が映し出すのは市街に解き放たれた”ウィッカー・マン”――主に“クァトロ”と“フル・フロンタル”――である。
縦横無尽に駆けまわっていたかと思えば、空から出現した青白い光の剣先に向かっていた。
「この状況だから言っている」
エリザベスの冷徹な言葉に、カラスマの周囲が目を引いた。
画面の花弁に浮かぶ、銀の甲冑に身を包むナオト。
彼と戦闘を共にした、犬耳兜の同志たちも樹脂に映る葉の向こうで困惑していた。
間もなく、”ウィッカー・マン”の奇行についての情報の確認の問い合わせが、雪崩れ込んでいる。
褐色の女性は、エリザベスに向けた敵意の視線を伏せ、受視機の映像に注意を切り替えた。
しかし、
「アイツ等は……指名手配をされていた」
中国系の男性が、都市部を映す電子の一葉を右指で鋭く指した。
スタンレー・パークの球戯場で、エリザベスのよく知る三人の男女が佇んでいた。
彼女の下で働くブルース、”ワールド・シェパード社”はおろか、”ブライトン・ロック社”でも対応が分かれる“望楼“の構成員のサミュエルとシャロンの二人が、目の前の赤と黒の渦に茫然としていた。
「俺たちの仲間を殺したことがある……ナオト隊長は、何でそいつ等と行動を共にしていたんだ!!」
中国人の背は、エリザベスよりは高く、プレストンの胸ほどある。
鍛えられた老紳士は目に入らないのか、彼女に上から飛び掛からん勢いで捲し立てる。
「そうよ……私の婚約者は、彼らと戦って今も意識不明よ……」
若い女性も、中国人の男に同調。
白の装甲と黒の肌着の上で、紫色のヒジャブ(不貞を働く男性から守る為の覆い)が、涙雨を含んだ髪の様に揺れる。
周囲の怨嗟があふれ出始めると、エリザベスの前に鋭い目をした老執事が前に出た。
カラスマは何処か笑う様に、
「あなた達は、私たちと共に戦うことを望まれていません。カイル隊員も新兵器の試験中に命を落としました。貴女方に出来ることは、持ち得るものの全てを我々に無条件で差し――」
「ワイルド・ハントの再来が起きても良いのか?」
エリザベスは、カラスマの眼を見て言った。
カラスマはその言葉に一瞬、首を傾げる。
どこ吹く風と言うカラスマの反応と裏腹に、隊員たちの周囲で気温が下がった。
隊員たちの眼が、画面の一点に注がれる。
それは、”ウィッカー・マン”に溢れ、現在も隔離されているバンクーバー東部の東ヘイスティング。
バラード湾の上空に、青白く光る剣の欠片が留まっていた。
バラード湾を臨める廃工場では、“ガンビー“も加わった”ウィッカー・マン”から同色の光が海上に向けて放たれている。
銀鏡の異形だけでなく、街中からの光がバラード湾に集い、瀝青の海を青白く染めていた。
絶望を感じる隊員の中から出た一言が、エリザベスとカラスマの沈黙を破る。
「深紅の外套の守護者……!」
全員の眼が、画面に映る一人の青年に向けさせた。
ブルース、サミュエルとシャロンの立つ、スタンレー・パークの球技場。
赤黒い竜巻が和らぎ、その中心に男が立っていた。
「あなた達に協力は出来ないし、全てを差し出しても意味が無い。アイツにしか、この事態を止められないからな」
エリザベスの視線は、”ワールド・シェパード社”にぶれず、紅黒い迅雷を纏うロックに一点集中して言った。
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