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第二章 Beggar’s Banquet
狂宴―⑦―
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サキが右人差し指で示した、女神バンクェット像。
市とベターデイズによる共同制作物で、全部で三体がグランヴィル・アイランド内に設置されている。
しかし、駐車場に立つ一体に、ロックは思わず目を見開いた。
宴の女神像の頭から出ている弱い光。
光が、一糸ずつ絡み合い電磁の覆いを編み、天へ流れていく。
「ロック、見えるのか!?」
ブルースの戸惑った問いに、ロックは首を縦に振った。
「バンクェット像、三体。頭から出ている電子の幕が、三体の頭から出てグランヴィル・アイランド全体に広がっている……」
ロックの顔を見て、キャニスが松明の様なお下げを揺らしながら、
「まさか、今まで、”ウィッカー・マン”が見えなかったのは……」
「妨害電波だ。それに、アイツらの脳にも光が灯されている」
“フル・フロンタルと知らずに触れ合っていた、遺族及び関係者の頭に、光で出来た輪のようなものが掛かっていた。
それが、ロックにも見え始める。
市民に擬態していた、“フル・フロンタル”の熱源は頭に集中する。
擬態を解いた場合、熱源は全身に広がっていた。
「もしかしたら、磁界による経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation)の一種かもしれない。 それで“フル・フロンタルを“悲劇からの生存者と思わせていたんだ!」
ブルースは、闖入してきた“フル・フロンタルの扁桃の首を右手の剣で落とし、吐き捨てた。
オカルトの領域で、未確認飛行物体(UFO)による誘拐がある。
これには、ある科学的な見地からの検証が行われ、その過程から脳のある部分の活動に疑いが向けられた。
UFO誘拐者は、意識を集中させ、過去のおぞましい体験を思い出す。
その際に行われる催眠から、記憶再構成の作業における、望遠鏡の役割を担っている脳の部分を発見した。
その名は、前部帯状回。
しかし、その役割を果たす為には、記憶が正しいことが求められた。
問題の脳の前部帯状回は、海馬の近くにある。
海馬は、現実や虚構の記憶の比較を行う。
だが、催眠は却って前部帯状回の働きを強めてしまい、架空のことを現実に起きたものと海馬が誤認してしまうのだ。
まして、本来なら有り得ない”ウィッカー・マン”の襲撃を、社会現象と片付けるには、余りにも影響力が大きい。
三年の時を経過しても、当事者に節目は存在しない。
脳内の記憶も例外は無く、“壁”に遮られた人々は、何時までも、当事者の心の中で生きているのだ。
目の前で死にゆく存在を焼きつけられた者も変わらない。
しかし、ロックにとっては二つ引っ掛かることがあった。
――何故、今になって見え始めた?
サキに促されてから、バンクェットの洗脳の力場と“フル・フロンタル”も使った大規模な催眠を把握が出来た。
もう一つの疑問は、
――何故、サロメはこんな手間の掛かることを……。
石榴色の口紅と象牙色の眼をした悪意の化身には、手痛い目に合わされていた。
何故なら、サロメに意図があることを把握している時点で、彼女はその先で一手や二手打っている。
こんなにも手の込んだことは、当事者が、多くなり間接的になればなるほど足が付く愚を犯すことになるからだ。
「ロック、キャニス。二つのバンクェットを破壊する。三体が包囲して力場を作っているなら、二体壊せばいい。ロックは俺と一緒に美術館。キャニスはサキと一緒に、屋外レストランにあるものを頼む!」
ブルースの指示で、一足早く動いたのはキャニスだった。
彼女の“ラスティ・ネイルから放たれた熱榴弾が炸裂させ、“フル・フロンタルの残骸を積みながら、レストランへの道を開く。
ロックの目の前で、サキは電子励起銃を構えていた。
武器の出どころを探すと、引き金を握る右手、銃身を支える形で横たわる人型の炭だった。
戦う意志を衰えさせていない、サキの当然の反応に、ロックは戸惑う。
サロメが、サキのことを放っておく筈はない。
そう睨んでいたが、
「ロック、サロメがサキに何かを仕掛けているのは分かっている。遅いかもしれないが、今動かないと、確実に最悪になる」
「大丈夫、サキちゃんは私が守る!」
ブルースとキャニスの言葉に、ロックは己を奮い立たせた。
右手の“ブラック・クイーンに意識を集中させる。
翼剣の先端を右脚側に引いた。
イタリア式剣術の“真・鉄の門の構えを保ちながら、前傾姿勢で駆ける。
目の前に現れた、“フル・フロンタルの青く明滅する左手刀が、ロックの左首筋を捉えた。
青く揺らめく指刃を、逆手に持ち替えられた剣の籠状護拳で防ぐ。
貫通せず、籠状護拳に遮られ、光や音の回折性による飛沫が生じた。
青い光の煙幕に、ロックは自らの左手を突き出し、“フル・フロンタルの右手首を掴む。
彼は、右肘を上から両断すると、勢いを殺さずに剣で時計回りの斬円を背後まで描いた。
灰色の小人の両脚の膝から下を残し、軌道にそって切り取る。
ロックは、分離させた胴体に、右足を叩きこんだ。
直蹴りで、“フル・フロンタルの胸像が打ち上げられた。
弧を描いて落下した扁桃頭の胸像により、後続の銀色の扁桃人形がドミノ倒しとなる。
彼は、逆手の“ブラック・クイーンの籠状護拳から延びる翼の刃を、“フル・フロンタル”の胸像の左袈裟から右肩に薙いだ。
切先は、あと少しのところで、”ウィッカー・マン”に当たらない。
だが、剣から炎が噴出。
まるで弾道噴進爆弾の様に、ロックは飛び出した。
彼の繰り出した下から上の斬撃が、巻き上がる炎の髪となり、五体の“フル・フロンタルを焼き払う。
“迷える者の怒髪”。
噴進火炎工法に使われる航空燃料を、ナノ制御による疑似物理現象で生成。
航空燃料による噴進火炎は、岩石の穿孔だけでなく、切削、破砕に粉砕も可能とする程、高速で高温である。
その苛烈な熱源から得られた攻撃力と動力により、ロックは、後に続く“フル・フロンタルの顎から眼窩に掛けて抉った。
ロックは、背後にいた“フル・フロンタルの三体も、返す刃の高温で高圧な炎の旋風で呑み込む。睨まれた邪な魂を浄化させんとする巨人の紡ぐ炎の煌きが、ロックを包んだ。
炎の一撃から放たれた轟音は、ロックの周囲も震わせる。
その音に驚いた群衆は、二手に分かれた。
ロックの攻撃か、”ウィッカー・マン”から逃げたいのか。
或いは、両方からか。
「ロック、サキとキャニスが気になるのか?」
ブルースの声が、背後から聞こえる。
陽気な声を出す、苔色の外套の男の目の前に立つのは、二体の“フル・フロンタル――もとい、だったものだ。
銀色の小人の扁桃頭が二分化され、崩れた背後にブルースが立つ。
苔色の翼を翻しながら、ショーテルで、迫りくる“フル・フロンタル”の死の手を捌いていった。
ブルースは左腕を鉢金にして、死を呼ぶ青白い右手を受け流す。
彼の左手は頭を囲む軌道にそって、斬光――否、斬雷をすれ違いざまに疾走らせた。
爆音と閃光の炸裂により、人形の四肢が切り裂かれ、頭部も爆発させられていく。
二振りのショーテル型命導巧――“ヘヴンズ・ドライヴ”。
刃で電気を操り、鍔に備えた機関銃による電磁誘導弾で、ブルースは銀灰色の人型を一体ずつ撃ち抜いていった。
ロックは黙したまま、右手の剣を逆手に構える。
前方の“フル・フロンタルの青白く輝く右の手刀を、彼は左手で固定した右腕から延びる籠状護拳の剣を突き出して流した。
しかし、ロックは、“フル・フロンタルの右腕に“ブラック・クイーンを食い込ませる。
懐に深く入ったところで、彼は更に身を屈めた。
”ウィッカー・マン”の顎に到達した斬撃がロックに伝わり、銀灰人形の胴体を左腰から右肩に掛けて刃が深くめり込む。
腰を入れて、ロックは更に踏み込んだ。
“フル・フロンタルの首と左肩を、突き上げた上半身から繰り出した右拳槌で吹っ飛ばす。
残った“フル・フロンタル右胸部と両脚は、二、三歩、主を探すように歩いて崩れた。
ロックの右腕の剣は、右後方を振り切る。
紡がれた刃閃によって、彼の周囲にいた“フル・フロンタルが四体、翼剣の露となった。
「……何だって?」
「そうやって、攻撃した後に聞き返さないで……心臓に悪い」
ロックの生返事に、ブルースが両の掌を見せながら後退する。
「心臓に悪いと考えているなら、初めから口に出すんじゃねぇよ……」
「いや、それ絶対に聞こえてたろ!?」
隣のブルースが叫びながら、迫りくる“フル・フロンタルの延髄に、後ろ回し蹴りを打ち込む。
脹脛と膝の裏が灰人形の首を固定。
捩じれを働かせて、遠心力に任せて飛ばした。
巻き添えに倒れた二体を、ロックは遠目に見る背後から、
「惚れた弱みとは言わんけど……」
――相変わらず、痛いところを突きやがる。
ブルースの言葉を噛み締めつつ、ロックは“フル・フロンタル“の首を一つ斬り落とす。
キャニスは、ロックにとって姉のような存在で、初めて思いを抱いた異性でもあった。
共に戦地を駆け抜けることで、彼はキャニスへの掛け替えのない気持ちを抱き始める。それが、恋慕となるのに時間は掛からなかった。
「だが……キャニスは」
ロックの恋は叶わなかった。
しかし、あのような残酷な運命がキャニスに降りかかると誰が予測しえたのだろうか。
その場に居合わせたロックが垣間見た、キャニスの触れると消えそうな後ろ姿。
気丈な彼女との落差は、今も彼の目に焼き付いて離れなかった。
パブリック・マーケットの向こう側で、炎柱が上がり、ロックの思考が現実に戻る。
キャニスのトンファー型命導巧、 “ラスティ・ネイル“から放たれたテルミット火炎だ。
“ウィッカー・マン”の動力源に直撃し、誘爆を引き起こしたのだろうか。
「ストップ」
キャニスに向き始めたロックの意識は、ブルースの一声で制される。
「それは、キャニスの見ているもの。ロック、お前の視界は、お前のモノでしかない。自分のそれを他人に重ねるな……じゃないと、結果として人を殺すぞ?」
ブルースの言葉と共に、緑色の雷電が轟く。
稲妻が、ロックを四方に囲み周りを蹂躙し始めた。
ロックの背後で、青い炎の手を振り下ろそうとしていた“フル・フロンタル“。
それが、四肢をまき散らしながら、ロックが扁桃頭の異形を灰燼に還したのが、ブルースの眼に映る。
「いや、人を殺す前に、自分が先に死ぬ。人間、自分の眼でしか見られない現実があるからな。他人の眼で見ることを知ったら、その時点で自殺するのと同じだからな」
ブルースは、ロックに笑いながら言った。
彼の笑顔につられ、ロックも口を綻ばせる。
ロックは痛みを得たが、ブルースの様に、人間の見える領域がそれぞれ違うことを教えてくれた存在もいた。
自分の見えるものを、一緒に見たいと考えてくれる存在に気付かせてくれたことも。
ふと、ロックは、ブルースの笑顔が、揶揄のそれだと気づき、気まずさから周囲を見渡す。
ロックの攻撃が功を奏したのか、美術館前に立つバンクェットへの道が開かれた。
人影はまばらになり、屋外で逃げ惑う人々の数は少ない。
だが、多くが屋内から、ロックがブルースと共に“フル・フロンタル“と戦っている様子を窓越しに見守っていた。
彼は、右の逆手に構えた剣を、持ち直す。頭の右側へ刀身を掲げ、切っ先をバンクェットに向ける、ドイツ流剣術の“雄牛の構え“を作った。
ロックは掲げた刀身を、右肩の位置に下げて据える。
“鍵の構え“。
あらゆる攻撃に対応する為の構えで、相手の防御を正に鍵を開ける様に崩すことから付けられた名前である。
右脚に力を加え、大地から得た反作用で駆けだした。
“駆け抜ける疾風”による神経の反応速度を強化し、移動速度が音速を超える。
前傾させた姿勢で速度に乗せながら、跳躍。
勢いに乗せ、左腰に回転を加える。右肩から突き出された“ブラック・クイーン“の刀身は、ロックの背後に担がれていた。
“憤怒の構え“。
ドイツ流剣術で、勢いに任せて武器を振りかぶる単調な攻撃であるが、普遍的な人間の怒りを表している。
しかし、その反面、あらゆる攻撃に繋げられ、防御にも優れていた。
バンクェットの右肩から左袈裟に向け“ブラック・クイーン“を力任せに、怒りの構えから振り下ろす。
“憤激“。
上方から斜め下に斬り付ける、最強の剣戟。「親父の一撃」とも言われていた。
だが、ロックの表した憤激は、女神像の肩に届かず、切っ先すらも掠らない。
彼の右脚への銃撃。
それで、バンクェット像への一太刀を閉ざしたからだ。
市とベターデイズによる共同制作物で、全部で三体がグランヴィル・アイランド内に設置されている。
しかし、駐車場に立つ一体に、ロックは思わず目を見開いた。
宴の女神像の頭から出ている弱い光。
光が、一糸ずつ絡み合い電磁の覆いを編み、天へ流れていく。
「ロック、見えるのか!?」
ブルースの戸惑った問いに、ロックは首を縦に振った。
「バンクェット像、三体。頭から出ている電子の幕が、三体の頭から出てグランヴィル・アイランド全体に広がっている……」
ロックの顔を見て、キャニスが松明の様なお下げを揺らしながら、
「まさか、今まで、”ウィッカー・マン”が見えなかったのは……」
「妨害電波だ。それに、アイツらの脳にも光が灯されている」
“フル・フロンタルと知らずに触れ合っていた、遺族及び関係者の頭に、光で出来た輪のようなものが掛かっていた。
それが、ロックにも見え始める。
市民に擬態していた、“フル・フロンタル”の熱源は頭に集中する。
擬態を解いた場合、熱源は全身に広がっていた。
「もしかしたら、磁界による経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation)の一種かもしれない。 それで“フル・フロンタルを“悲劇からの生存者と思わせていたんだ!」
ブルースは、闖入してきた“フル・フロンタルの扁桃の首を右手の剣で落とし、吐き捨てた。
オカルトの領域で、未確認飛行物体(UFO)による誘拐がある。
これには、ある科学的な見地からの検証が行われ、その過程から脳のある部分の活動に疑いが向けられた。
UFO誘拐者は、意識を集中させ、過去のおぞましい体験を思い出す。
その際に行われる催眠から、記憶再構成の作業における、望遠鏡の役割を担っている脳の部分を発見した。
その名は、前部帯状回。
しかし、その役割を果たす為には、記憶が正しいことが求められた。
問題の脳の前部帯状回は、海馬の近くにある。
海馬は、現実や虚構の記憶の比較を行う。
だが、催眠は却って前部帯状回の働きを強めてしまい、架空のことを現実に起きたものと海馬が誤認してしまうのだ。
まして、本来なら有り得ない”ウィッカー・マン”の襲撃を、社会現象と片付けるには、余りにも影響力が大きい。
三年の時を経過しても、当事者に節目は存在しない。
脳内の記憶も例外は無く、“壁”に遮られた人々は、何時までも、当事者の心の中で生きているのだ。
目の前で死にゆく存在を焼きつけられた者も変わらない。
しかし、ロックにとっては二つ引っ掛かることがあった。
――何故、今になって見え始めた?
サキに促されてから、バンクェットの洗脳の力場と“フル・フロンタル”も使った大規模な催眠を把握が出来た。
もう一つの疑問は、
――何故、サロメはこんな手間の掛かることを……。
石榴色の口紅と象牙色の眼をした悪意の化身には、手痛い目に合わされていた。
何故なら、サロメに意図があることを把握している時点で、彼女はその先で一手や二手打っている。
こんなにも手の込んだことは、当事者が、多くなり間接的になればなるほど足が付く愚を犯すことになるからだ。
「ロック、キャニス。二つのバンクェットを破壊する。三体が包囲して力場を作っているなら、二体壊せばいい。ロックは俺と一緒に美術館。キャニスはサキと一緒に、屋外レストランにあるものを頼む!」
ブルースの指示で、一足早く動いたのはキャニスだった。
彼女の“ラスティ・ネイルから放たれた熱榴弾が炸裂させ、“フル・フロンタルの残骸を積みながら、レストランへの道を開く。
ロックの目の前で、サキは電子励起銃を構えていた。
武器の出どころを探すと、引き金を握る右手、銃身を支える形で横たわる人型の炭だった。
戦う意志を衰えさせていない、サキの当然の反応に、ロックは戸惑う。
サロメが、サキのことを放っておく筈はない。
そう睨んでいたが、
「ロック、サロメがサキに何かを仕掛けているのは分かっている。遅いかもしれないが、今動かないと、確実に最悪になる」
「大丈夫、サキちゃんは私が守る!」
ブルースとキャニスの言葉に、ロックは己を奮い立たせた。
右手の“ブラック・クイーンに意識を集中させる。
翼剣の先端を右脚側に引いた。
イタリア式剣術の“真・鉄の門の構えを保ちながら、前傾姿勢で駆ける。
目の前に現れた、“フル・フロンタルの青く明滅する左手刀が、ロックの左首筋を捉えた。
青く揺らめく指刃を、逆手に持ち替えられた剣の籠状護拳で防ぐ。
貫通せず、籠状護拳に遮られ、光や音の回折性による飛沫が生じた。
青い光の煙幕に、ロックは自らの左手を突き出し、“フル・フロンタルの右手首を掴む。
彼は、右肘を上から両断すると、勢いを殺さずに剣で時計回りの斬円を背後まで描いた。
灰色の小人の両脚の膝から下を残し、軌道にそって切り取る。
ロックは、分離させた胴体に、右足を叩きこんだ。
直蹴りで、“フル・フロンタルの胸像が打ち上げられた。
弧を描いて落下した扁桃頭の胸像により、後続の銀色の扁桃人形がドミノ倒しとなる。
彼は、逆手の“ブラック・クイーンの籠状護拳から延びる翼の刃を、“フル・フロンタル”の胸像の左袈裟から右肩に薙いだ。
切先は、あと少しのところで、”ウィッカー・マン”に当たらない。
だが、剣から炎が噴出。
まるで弾道噴進爆弾の様に、ロックは飛び出した。
彼の繰り出した下から上の斬撃が、巻き上がる炎の髪となり、五体の“フル・フロンタルを焼き払う。
“迷える者の怒髪”。
噴進火炎工法に使われる航空燃料を、ナノ制御による疑似物理現象で生成。
航空燃料による噴進火炎は、岩石の穿孔だけでなく、切削、破砕に粉砕も可能とする程、高速で高温である。
その苛烈な熱源から得られた攻撃力と動力により、ロックは、後に続く“フル・フロンタルの顎から眼窩に掛けて抉った。
ロックは、背後にいた“フル・フロンタルの三体も、返す刃の高温で高圧な炎の旋風で呑み込む。睨まれた邪な魂を浄化させんとする巨人の紡ぐ炎の煌きが、ロックを包んだ。
炎の一撃から放たれた轟音は、ロックの周囲も震わせる。
その音に驚いた群衆は、二手に分かれた。
ロックの攻撃か、”ウィッカー・マン”から逃げたいのか。
或いは、両方からか。
「ロック、サキとキャニスが気になるのか?」
ブルースの声が、背後から聞こえる。
陽気な声を出す、苔色の外套の男の目の前に立つのは、二体の“フル・フロンタル――もとい、だったものだ。
銀色の小人の扁桃頭が二分化され、崩れた背後にブルースが立つ。
苔色の翼を翻しながら、ショーテルで、迫りくる“フル・フロンタル”の死の手を捌いていった。
ブルースは左腕を鉢金にして、死を呼ぶ青白い右手を受け流す。
彼の左手は頭を囲む軌道にそって、斬光――否、斬雷をすれ違いざまに疾走らせた。
爆音と閃光の炸裂により、人形の四肢が切り裂かれ、頭部も爆発させられていく。
二振りのショーテル型命導巧――“ヘヴンズ・ドライヴ”。
刃で電気を操り、鍔に備えた機関銃による電磁誘導弾で、ブルースは銀灰色の人型を一体ずつ撃ち抜いていった。
ロックは黙したまま、右手の剣を逆手に構える。
前方の“フル・フロンタルの青白く輝く右の手刀を、彼は左手で固定した右腕から延びる籠状護拳の剣を突き出して流した。
しかし、ロックは、“フル・フロンタルの右腕に“ブラック・クイーンを食い込ませる。
懐に深く入ったところで、彼は更に身を屈めた。
”ウィッカー・マン”の顎に到達した斬撃がロックに伝わり、銀灰人形の胴体を左腰から右肩に掛けて刃が深くめり込む。
腰を入れて、ロックは更に踏み込んだ。
“フル・フロンタルの首と左肩を、突き上げた上半身から繰り出した右拳槌で吹っ飛ばす。
残った“フル・フロンタル右胸部と両脚は、二、三歩、主を探すように歩いて崩れた。
ロックの右腕の剣は、右後方を振り切る。
紡がれた刃閃によって、彼の周囲にいた“フル・フロンタルが四体、翼剣の露となった。
「……何だって?」
「そうやって、攻撃した後に聞き返さないで……心臓に悪い」
ロックの生返事に、ブルースが両の掌を見せながら後退する。
「心臓に悪いと考えているなら、初めから口に出すんじゃねぇよ……」
「いや、それ絶対に聞こえてたろ!?」
隣のブルースが叫びながら、迫りくる“フル・フロンタルの延髄に、後ろ回し蹴りを打ち込む。
脹脛と膝の裏が灰人形の首を固定。
捩じれを働かせて、遠心力に任せて飛ばした。
巻き添えに倒れた二体を、ロックは遠目に見る背後から、
「惚れた弱みとは言わんけど……」
――相変わらず、痛いところを突きやがる。
ブルースの言葉を噛み締めつつ、ロックは“フル・フロンタル“の首を一つ斬り落とす。
キャニスは、ロックにとって姉のような存在で、初めて思いを抱いた異性でもあった。
共に戦地を駆け抜けることで、彼はキャニスへの掛け替えのない気持ちを抱き始める。それが、恋慕となるのに時間は掛からなかった。
「だが……キャニスは」
ロックの恋は叶わなかった。
しかし、あのような残酷な運命がキャニスに降りかかると誰が予測しえたのだろうか。
その場に居合わせたロックが垣間見た、キャニスの触れると消えそうな後ろ姿。
気丈な彼女との落差は、今も彼の目に焼き付いて離れなかった。
パブリック・マーケットの向こう側で、炎柱が上がり、ロックの思考が現実に戻る。
キャニスのトンファー型命導巧、 “ラスティ・ネイル“から放たれたテルミット火炎だ。
“ウィッカー・マン”の動力源に直撃し、誘爆を引き起こしたのだろうか。
「ストップ」
キャニスに向き始めたロックの意識は、ブルースの一声で制される。
「それは、キャニスの見ているもの。ロック、お前の視界は、お前のモノでしかない。自分のそれを他人に重ねるな……じゃないと、結果として人を殺すぞ?」
ブルースの言葉と共に、緑色の雷電が轟く。
稲妻が、ロックを四方に囲み周りを蹂躙し始めた。
ロックの背後で、青い炎の手を振り下ろそうとしていた“フル・フロンタル“。
それが、四肢をまき散らしながら、ロックが扁桃頭の異形を灰燼に還したのが、ブルースの眼に映る。
「いや、人を殺す前に、自分が先に死ぬ。人間、自分の眼でしか見られない現実があるからな。他人の眼で見ることを知ったら、その時点で自殺するのと同じだからな」
ブルースは、ロックに笑いながら言った。
彼の笑顔につられ、ロックも口を綻ばせる。
ロックは痛みを得たが、ブルースの様に、人間の見える領域がそれぞれ違うことを教えてくれた存在もいた。
自分の見えるものを、一緒に見たいと考えてくれる存在に気付かせてくれたことも。
ふと、ロックは、ブルースの笑顔が、揶揄のそれだと気づき、気まずさから周囲を見渡す。
ロックの攻撃が功を奏したのか、美術館前に立つバンクェットへの道が開かれた。
人影はまばらになり、屋外で逃げ惑う人々の数は少ない。
だが、多くが屋内から、ロックがブルースと共に“フル・フロンタル“と戦っている様子を窓越しに見守っていた。
彼は、右の逆手に構えた剣を、持ち直す。頭の右側へ刀身を掲げ、切っ先をバンクェットに向ける、ドイツ流剣術の“雄牛の構え“を作った。
ロックは掲げた刀身を、右肩の位置に下げて据える。
“鍵の構え“。
あらゆる攻撃に対応する為の構えで、相手の防御を正に鍵を開ける様に崩すことから付けられた名前である。
右脚に力を加え、大地から得た反作用で駆けだした。
“駆け抜ける疾風”による神経の反応速度を強化し、移動速度が音速を超える。
前傾させた姿勢で速度に乗せながら、跳躍。
勢いに乗せ、左腰に回転を加える。右肩から突き出された“ブラック・クイーン“の刀身は、ロックの背後に担がれていた。
“憤怒の構え“。
ドイツ流剣術で、勢いに任せて武器を振りかぶる単調な攻撃であるが、普遍的な人間の怒りを表している。
しかし、その反面、あらゆる攻撃に繋げられ、防御にも優れていた。
バンクェットの右肩から左袈裟に向け“ブラック・クイーン“を力任せに、怒りの構えから振り下ろす。
“憤激“。
上方から斜め下に斬り付ける、最強の剣戟。「親父の一撃」とも言われていた。
だが、ロックの表した憤激は、女神像の肩に届かず、切っ先すらも掠らない。
彼の右脚への銃撃。
それで、バンクェット像への一太刀を閉ざしたからだ。
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