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序章 A Tear In The Rainy Town

雨降る街の枯れた涙―⑥―

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 サキの目の前に聳え立つ巨人。

 身長は“ガンビー“よりも高く、4メートル。

 大猩々ゴリラとの違いは、上半身と下半身の割合は均等で、人型の体を為している。

 ただ、巨人のを挙げるなら、が無い。

 首なし”ウィッカー・マン”の右腕に張り付いているのは、人の顔を描いたような模様の盾――いや、六角形を引き延ばした、厚みのある棺だった。

 青白い光と蒸気の対流が、棺の蓋でうごめいている。

 サキは、右腕の盾の表面にように見えた。

 先ほどの”ウィッカー・マン”内で見かけた光源。

 “クァトロ“や“ガンビー“が“星屑ほしくず“なら、巨人の中では”恒星こうせい”として、眩くきらめきが雨天を消さんとしていた。

「あれは……デュラハン」

 驚きと恐怖で口がぎこちなくなるが、サキは辛うじて言葉を絞り出す。

 バンクーバーに存在する”ウィッカー・マン”の中で、いつからか一際ひときわ異質な存在が確認されるようになった。

 “クァトロ“の様な“四つん這い“でなければ、“ガンビー“の様に足腰が未発達でもない。

 首が無いことから“首なし騎士デュラハン”の名前が与えられた。

 周囲が騒めき始めて、高揚感が警戒感に変わる。

 未確認の”ウィッカー・マン”の攻撃手段は不明。

 壁で区切られた場所に入り込んだ”ウィッカー・マン”は、”ワールド・シェパード社”が確認する限り、一体もない。

 活動していた種類も、“クァトロ“と“ガンビー“に限られ、“首なし騎士デュラハン”の情報は一つも持ち得なかったからだ。

か。それにしても、DUNSMUIR海見える砦から水平線でも見えるほどの身長……か?」

 ブルースが、突如サキの隣で喜々と話す。

「アイザック=ニュートンかよ?」

 ロックもサキを挟むように、右逆手に翼剣の切っ先を下に向けた。

「サキちゃん。ここからは、私たちの仕事。危険な仕事よ」

 キャニスがサキの前に現れ、異議も挟ませない口調で、二本のトンファーを構える。

「それと、高く飛ぶ仕事だ!!」

 サキとキャニスの前で、紅き外套コートを翻して、ロックは飛翔。

 黒と赤の翼剣が天空から両断せんと迫るが、デュラハンの右手の棺が塞ぐ。

 ロックの力と拮抗するが、デュラハンの足元の重心が揺らぐ。

 ブルースのショーテル、そのつばから吐き出された銃撃がデュラハンの両膝を貫いた。

 銃より射出された火力で、デュラハンの甲冑の様な外殻を下半身から削っていく。

 外殻が壊れ、露出した腹部に、キャニスのトンファーの先端が突き刺さった。

 彼の体内から突き出た爆炎に、首なし騎士は呑まれる。

 噴き出した爆炎が、キャニスの癖毛のお下げを二房揺らした。

 首なし騎士の周囲に炎が広がり、灰燼かいじんが盛大に宙へ舞い上がる。

「やったの……?」

 サキが呟いた。

 ”ウィッカー・マン”に軽口を言い合いながら、立ち向かった三人の戦士。

 彼らの攻撃に、立ち上がることは無い。

 だが、それは彼女の希望的観測にしかならなかった。

 が、サキの目の前で佇む。

 先ほどの集中攻撃で傷一つ付いていない、仁王立ちする“首なし騎士デュラハン”。

――あの三人の攻撃を受けて、無傷なの!?

 ロックの神々しさと荒々しさの入り混じった力と、彼と肩を並べられる二人の男女の攻撃に応えた素振りを見せない“首なし騎士デュラハン“に、サキは驚愕した。

 先ほど訪れたサキの高揚感が、巨人から排出された蒸気と共に立ち消える。

 ロックの目に映る自分の顔が、また青くなっていた。

 しかし、炎に煽られた、彼の顔は、

「ま、簡単にはいかねぇよな?」

 ロックは、口から労苦を漏らす。

 だが、口調と裏腹に、猛禽か猛獣を連想させる口を釣り上げた笑顔を、サキに向けた。

「だから、背後から撃つんじゃねぇぞ?」

 ロックの言葉が、サキを安心させた。

 しかし、それを見せられ、

――戦いたい。

 眼前の戦いを見せられる度に内なる渇望が、サキの中で増していく。

 ロックの笑顔自体、全てを任せろという意味かもしれない。

 だが、笑顔の意味を考える度に、サキの中では彼の望むことと反対の意思が芽生える。

 以来、その笑顔を見せてくれる人たちに応えよう。

 それが、彼女の生きる第一義となっている。

 彼女の一歩先では、硬質な衝突音が響いていた。

 音の出どころは、ロックの籠状護拳バスケットヒルト

 右脚の反動から生まれた深紅の風からの右拳が、“首なし騎士デュラハン”を腹から大きく揺さぶった。

首なし騎士デュラハン”は叫ぶことなく、蹈鞴たたらを踏む。

 足元の路地の土瀝青アスファルトが剥げ、生の茶色の地表を曝け出した。

 衝撃は、“首なし巨人“の全身から膝を伝い、周囲の雨粒と大気も震わせる。

 閃光が、サキの目を覆った。

 音が遅れて響くと、彼女の目の前には宙を飛ぶ、こけ色の閃光。

 ブルースの剣から放たれた、翡翠ひすい色の三日月が二つ、デュラハンの両肩と両腰を交差に刻んだ。

「ロック、ナイス一発!!」

「一発で済むところを、二手でやるテメェに言われても嬉しくない」

 ブルースの称賛をロックが、笑いながら拒否する。

 ブルースの雷撃の巻き添えを食わない様に、ロックはデュラハンから後退。

 紅い外套コートを翻しながら、巨人の正面に立つと半自動装填セミオートマチック式の銃を構える。

 ブルースも彼の隣で、両腕を突き出し、つばが銃口と化した二振りの半月刀の照準を首なし騎士デュラハンに合わせた。

 ロックとブルースから放たれた銃撃が、雨音と鬱屈した空気を吹き飛ばした。

 雨音と空気を消すブルースのショーテルに付いた軽機関銃サブマシンガンが、管楽器の様に軽快な音を放つ。

 その音を縫うようにして、ロックの弾丸が一発ずつ紡がれた。

 半自動装填セミオートマチック式の銃声が雨の市街を駆け抜け、首なし巨人の歩幅を崩す。

 腰と膝への衝撃によって、”首なし騎士デュラハン”が大きくよろけた。

「一番乗り!」

 巨人の肩に乗るのは、キャニス。

 しかも、彼女が首の付け根を中心に立ったので、“デュラハン“は両手を付かされた。

 その上から、二対の杭が両肩に打たれる。

 金属火薬を使っているのか、火花が甲冑を壊し、キャニスの二房のお下げが猛る松明の様に舞い上がった。

 閃光に紛れたロックの突進に、キャニスを背負いながら二足で立ち上がる“デュラハン“。

 その勢いで、キャニスを振り払うが、遅すぎた。

 両腕を交差させながら密着すると、紅い閃光が一筋走る。

 サキはそれが噴進ジェット火炎であると気づいた時、ロックは右袈裟から走らせた刃を胴体の中心に突き立てていた。

「巨人はじゃない、だ!!」

 そう叫ぶと、噴進ジェット火炎の衝撃が、雨天の街を揺らす。

 その動力を得て、ロックはデュラハンの胴を突き上げた。

 火炎の動力と熱により、巨人の左鎖骨に掛けて胴体に裂け目が走る。

 ロックの攻撃の衝撃は、巨人の両足を一瞬、土瀝青アスファルトから突き放し、尻もちを付かせた。

「巨人は乗るものじゃない……いい言葉だ。取り敢えず、俺が乗るのは――」

「はい、色呆け冗句はなし」

 ブルースの言葉は、キャニスの腹への肘鉄で途切れた。

「ついでに言えば、無駄話も止めろ。まだ動いている」

 ロックが、彼らの前に立ち、首なし騎士デュラハンに目を向ける。

 サキもつられて見ると、“首なし巨人“の胴の中に、青白い光が揺らめいていた。
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