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地面が太陽を取り込んで

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「ダンスがお上手ですね。」
「リードがお上手だからですわ。」

曲が変わりワルツが始まる。
この曲はなんだったかしら。
もともと知らなかった気もするし、思い出せないだけの気もするわ。
つまり分からないってことよ。

はあ、帰りたいわ。
帰ったら何をしようかしら。
とりあえず今日はもう就寝かしらね。
夜更かしは美容の天敵と言うしね。

というかこの方は何を思って声をかけてきたのかしら。
正直迷惑に感じてしまうのだけれど。
私、お話が苦手なのよね。
ダンスも苦手と言ったわよね?
お話もダンスも苦手な貴族って貴族として大丈夫なのかしら。
まあいいわ。
教養で勝負よ。
私お勉強好きだから。

とは言ったものの実は教養を使う場面とかそうそう無いのよね。
だって普段の会話でお国の歴史を語り合わないもの。

王妃になったら使うのかしら。
私は王妃よりも女王になりたかったわ。
傍若無人で我儘で気分屋な愛すべき皆の女王様。
ハートの女王様みたいな。
まあ立場的には王妃も女王も同じなのだろうけれど。
ほら、王妃よりも女王のほうが実権を握っている感が出るじゃない?
あ、私まだ王妃になるか決まっていなかったわね。
早とちりだわ。
お恥ずかしい。


「フラムレーヌ・マントゥール嬢。フラムレーヌ嬢とお呼びしても?」
「ええ。どうぞ。」
「では私のことはマークと。」

彼の名前はマルクレッド・シルヴァーヌ。
初対面でいきなり愛称呼びを強要してくるだなんて、女たらしの名は伊達じゃないわね。

「いえ、恐れ多いですわ。」

私馴れ馴れしい人嫌いなの。
不愉快だわ。
まあ我慢するのだけれど。

「つれない方ですね。」
「申し訳ございません。」
「いえ、お気になさらず。今は、ね?」

うわ、ウィンクしてきたわ。
イケメンだから様になっているけれど、冷静に見るとイタい人ね。
ナルシストなのかしら。
ゲームの設定ではそんなこと無かったはずなのに。
きっと何かあったのね。お可哀想に。
心中ご察し出来ませんけれど生きていたら良いことありますよ、多分。

さて、どう返すのが正解かしら。
返答に困るわ。
こんなに返答に困ったのは、弟に“ぼく、おとなになったらとりさんたちとけっこんするの!それでね、いっぱいあかちゃんうんでね、このおやしきをとりさんでいっぱいにしてあげるね!”と言われた時以来だわ。
あの時はとりあえず“ええ、優しいのね。ありがとう。”と答えたけれど、よく考えたらあの子は結婚しても実家にいるつもりなのね。
というか一夫多妻のご家庭ね。
それに赤ちゃんはあの子が産むつもりなのかしら。
ということは一夫多夫なの?
あら、どうしようかしら。
知り合いに殿方同士の恋愛がお好きな方がいるから男性の妊娠について聞いてみようかしら。
というか人間と鳥の間に子供は出来るのかしら。
鳥好きの知り合いに聞いてみようかしら。

そもそも幼い子の戯言だからこんなに考える必要ないわよね。
忘れてあげましょう。
きっとあの子の為になるわ。

あ、返答を忘れるところだったわ。
とりあえず微笑んでおこうかしらね。


さてさて、やっと曲が終わったわ。
礼をしてお別れね。
壁の花計画再開よ。

「フラムレーヌ嬢。」
「?何でしょうか?」
「また、お会いしましょう。」
「ええ、失礼致しますわ。」

また会おうと言わなくても会いますよね。
だって貴族ですもの。
夜会に出たら会うでしょうね。
あ、でももう国にお帰りになられるのでしょうかね?
それでも私が王妃になれば会うでしょうね。
隣国なのですから。
まあどうでもいいのですけれど。

それより、マルクレッド・シルヴァーヌ様と踊ったせいで、他の方にも話しかけられる気がするわ。
ご令嬢方の嫉妬も買ってしまったようね。

逃げましょう。
というかもう帰ってしまいましょう。

今何時なのかしら。
早く帰らなくては。
日が暮れる前に。

舞踏会は退場が自由だから、こんなことも許されるの。
入場は招待券が必要なのだけれどね。


て、あら?ここはどこかしら。
早く帰りたいのに。
いつもならもうとっくに帰っている時間のはず。
本当は今日ももう帰っているつもりだった。
だから壁の花になっていたのに。
まあダンスが苦手なのもあるけれど。

もしも遅れたら。

私はどうかなってしまうでしょう。

ああ、外だわ。

ドアを開けた。








「……う……そ………。」

まず目に届いたのは、赤の斜陽。
そして、夕焼けに染まる花々。
橙を通り越して真っ赤の世界に、目が眩む。



「っ!!」
記憶が、蘇る。



花々の甘い香りと、後ろから聞こえてくる音楽と人々の喧騒が脳を惑わす。


『いやだ、やめて!』
違う。大丈夫。



夕暮れの空はとてもとても綺麗で、顔を出し始めた星々もとてもとても綺麗で。


『まって!おいてかないで!!』
あの時とはちがう。




まるで地面が太陽を取り込んでいくみたいなこの光景は今まで何度も見てきたことだろう。

『ごめんなさい!!良い子にするから!』
大丈夫。わたしはフラムレーヌ・マントゥールだ。



私も地面に呑み込まれるんじゃないかと不安になる。

『ひとりにしないで!!』
大丈夫。これはただの記憶だ。


ああ、駄目だ。思い出すな。思い出すな。

『またおそらがまっかだよ!!いやだ!こわいよ!!!』
今はぜんせとはちがう。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
落ち着いて。





どうしよう。
もう夕暮れだったのか。
怖くなってくる。
わたしは夕焼けが怖い。
夕焼けはいつもわたしを連れ出すから。
世界に自分しかいないような感覚。
足元が揺れる。
目眩がする。
吐き気もする。



忌々しい記憶が蘇る。
『まって!たすけて!わたしひとりだよ!!おかあさん!!』
小さいわたしが泣いている。

何で?何で?気をつけてきたはずなのに。
もう克復したはずなのに。
赤色は平気なのに。

こわい。
夕暮れはこわい。
いつもわたしは夕暮れの時に──。


待て、思い出すな。
忘れろ。
ほら、日は落ちた。

後は帰るだけ。
落ち着いて。
馬車を呼べ。
私に戻れ。
出来るでしょう?
大丈夫よ。









「フラム?」 
ああ、どうして貴方はそこにいるの。
私を呼んだりなんかしないで。


返事をしなくちゃ。
声を出せ。
いつもの声を。

「何でしょうか?」

大丈夫。出来てる。

次は笑って振り向け。
笑え。出来るでしょう?
怖くても笑え。
どんなときでも笑え。
だって私はフラムレーヌ・マントゥール。
悪役令嬢だ。
怖いことなんてない。
大丈夫。怖いことなんてない。
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