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【さん・Ⅲ】
乙女ゲーム・ヒロインが!転生者編②
しおりを挟むスイーツの乗ったままの取り皿を、第五王子様がテーブルに置きます。続けて私がホークを受け取り、お皿の上に乗せました。テクテクと騒ぎの方向へと近づいてゆきます。
「もーなんなのキモいな。妄想癖でも有るわけ?しかも激安大売り出しの愛なんていらないから!しかもフローラを呼びすて?お前は何様のつもりなの?折角フローラとラブラブしてたのに、苺の甘々が台無しだよ!しかし兄さんも趣味が悪いな。僕はこんな女を姉だなんて思えないし慕えないから! 」
…………王子様?そのお言葉遣いは?先程までの可愛らしい弟は何処へ?
『留学して三年も会ってなかったよね?さすがにもう弟じゃないよね?可愛い僕は卒業したよ。フッ……』
ンギャー!!フッてした!耳に息を吹き込んだ!しかも耳たぶ舐めたー!!可愛らしい弟が!スイーツ大好き少年が!第二王子みたいになってるー!いやぁー……ピュアな弟を返してぇ…………
「ドンマイだ」
「あなたは唯一マトモね」
「そうかな?確かに影は薄いと言われてるけど、結構ダークホースかもしれないよ。お城は暗闇が多いから、背後には気を付けてね。安心はしないで欲しいな」
第四王子も怖いことを宣った!
第一王子は腹黒。第二王子はチャラい。第三王子はお調子者。第四王子は真面目……じゃないの?第五王子は弟分を卒業したのね……
恐るべし王子五兄弟!触らぬ神に祟りなし。なのに!仕事してるとそうは行かないのが困りものなのよ……。
「王子様方はなぜフローラを庇うのです!彼女は悪役令嬢なのです。断罪されなくてはなりません。私こそがこの世界のヒロインなのですから! 」
始まりましたね……私はヒロイン!これが今回の最大の問題なのです。自称ヒロインさんには、なんと別の世界で暮らした記憶があるそうです。いわゆる転生ですね。我が国の神殿での教えにも、輪廻転生の概念はございます。死した者は魂を白く浄められ、やがて新しい命へと生まれ変わるのです。記憶は無に還り新たなる人生を与えられると言われています。
それに……
前世の記憶がなんだというのでしょう。記憶の中でこの世界はゲームだったと。ゲームとは遊びとのこと。決められたお話の中で、ヒロインが未来を選択して幸せになる物語。己はそのヒロインに生まれ変わった。だからゲームのようにヒロインである己は幸せになり、悪役令嬢である私は断罪され不幸にならなければならない。
そのために私は、ヒロインを虐めぬかなくてはならない。つまりヒロインである己は、悪役令嬢であるフローラに虐げられている。そう言うことらしいです。
はい。頭がいかれちゃってますね。まあ眉唾ですけど前世うんねんについては信じるとします。しかしたとえ世界がそのゲームとやらに酷似していたとしても、己が生きてくる間に何かが違うとは感じなかったのでしょうか?学園では確かに苛めがあったそうです。しかし私は学園にいません。なぜ私が犯人だと思えるのでしょう。階段から突き落とされたのも、暴漢に襲われたのも、すべてが自作自演とのこと。つまりこの時点ですでに、前世とやらのゲームの世界とは違うのです。なのになぜ現実を見据えることが出来なかったのでしょう?すべては前世のゲームの世界だと、思い込んでしまったからなのでしょうか?
このお花畑さんがなぜ、学園にいるはずのない私の名を出したのか?なぜ捨てたはずの私のファーストネームを知っていたのか?きっとその謎はその前世に遊んでいたという、乙女ゲームの中にあるのでしょう。
もしかしたらそのゲームとやらは、未来への分岐点だったのかもしれませんね。だってヒロインさんは、沢山の攻略者からヒーローを選択できるんですよね?つまりお相手を選べる数だけ、未来のエンディングは変わるのです。ならばそのゲームにはない未来があっても、まったくおかしくはないのでは?それに気づけなかった。いえ、気づこうともしなかった……
【ヒロインはゲームでは発見されていない、未来への分岐点を進んでしまいました。それは私がキングスのまま、悪役令嬢になる未来ではなかった。ただそれだけ……】
しかしまったく私たちには関係ないことです。この世界はあなたが遊んだゲームではありません。私、いえ、私たちは皆生きています。それぞれに意思があるのです。ヒロインの言いなりになどなりません!
私はフローラ・キングスではないのです!ただのフローラなのですから!
*****
第五王子様が自称ヒロインの前に歩いて行きます。ヒロインの側に立ち、まるでダンスを誘うように、優雅に手を差し出すと、ヒロインは嬉々としてその手をとりました。
「第五王子様!わかって下さったのですね。出来れば学園でお会いしたかったです。貴方とも愛を囁きあいたかった……フローラさえいなければ……」
………………いませんでしたよ?
「うるさい! 黙って!誰か投影の魔道具を持ってきて! 」
第二王子様が素早く魔道具をセットし、通信機の片割れのようなものを、第五王子様に手渡す。第五王子様は片手にそれをしっかりと握りしめ、その魔道具を会場の白い壁に向けた。すると白い壁に文字と数字の羅列が、横書きにズラズラと現れた。
これは……
【自称ヒロインのステータス】
第五王子様の希少なスキルは、鑑定の上位スキルである【真眼鑑定】あらゆるものを鑑定し、人の体内の異常から犯罪歴。知りたいと思えば趣味や隠しごとや魔力値などのステータス。果ては性格やスリーサイズまでもがわかってしまう。国民に知られたら少々困りそうなスキルなの。
会場がさざ波のようにざわめいてゆく。会場の人々の目が、一番下のスキルの欄にくぎ付けとなっている。それもその筈よね。
【魅縛の瞳】本人の意思により常時発動中。ただし異性のみ。また貴族の嫡子とイケメンに限る。それ以外には魅了の力発動。
(備考)魅了の力で自殺者八名。常時発動中のため、ふられても忘れられずに死を選んだ。すべて次男以降。
魅縛の瞳は魅了より強力で、目を合わせることで発動する。何度も繰り返すことにより、意思の持たない人形にも出来る。下手したら廃人よ。
魅了の力は目を合わせる必要はない。その人の側にいるだけでも好ましく感じてしまう……普通はその程度のスキルなの。しかし彼女は異性にモテたい!チヤホヤされたい!ヒロインの私を愛しなさい!と、無意識になんだろうけど、かなり魔力を込めてるのね。なぜ放置していたのかしら?え?魅縛のスキル持ちだと知らなかったの?怪しいから調べようとしたけれど、本人に拒否されたの?しかしスキルは五歳の時に教会で調べられるはず。なぜ今まで気づかれなかったの?あ……庶子で孤児院にいたからかしら?以前は貧しい孤児院だと、調べないと聞いたことがある。今は国民に義務付けられているけどね。
「やはり間違いはなかったようだな。本人が拒否し、学園では調べられなかったそうだ。五歳時の検査は義務だが、以降は任意だからな。しかし第五王子が戻って来て助かった。ご苦労。では第二王子よ。さきほどフローラを見たと証言した、その腑抜け三名を正気に戻せ」
「はい。直ちに……」
第二王子様の希少なスキルは、【状態異常解除・無効】すべての状態異常を解除、または無効にしてしまう。毒や薬物による体への異常を正常に正す。精神的なものから、体の欠損的なものまですべて可能。このスキルが希少な訳は、【無効】が付いていることなの。毒や麻痺などは【解除のみ】で行える。またケガや病気は、ほとんどが治癒スキルか医療系の魔法が使用されている。しかし【状態異常無効】ならば……精神系の異常に身体の欠損、不治の病などもすべてを無効に……つまり元からすべてをなかったことに出来る。もちろんそう軽々しく使用できる訳ではない。代償は術者の魔力だからね。これも国民に知られたら困るスキルよね。
私を目撃したと証言した三人の目に光がともる。焦点が合ったね。まだ洗脳まではいっていない。本当に良かった。そのまま暫し呆然と佇む三人。みかねた第二王子様が、「パン!」と大きく手を叩く。
「「「私たちはなにを……」」」
第二王子様が三人に説明をする。どうやら私の潔白は証明されたようね。三人は己たちが仕出かしたことの大きさに呆然とし、膝から崩れ落ちてしまう。さらには正気に戻り、王の座る上座に土下座を始めた。まあ。王の御前で偽証は不味いわよね。しかし正気で無かったのなら、恩情はあるでしょう。でも自称ヒロインは無理でしょうね。未だに状況が理解できないのか私を罵倒しながら、懲りずに王子たちに涙を流しながらすり寄っている。やがて三人は別室へと連行された。
「さて。これでフローラの罪とやらは、まったくのデッチ上げと判明した。その頭のイカれた男爵令嬢を、地下牢へ引っ立てよ。いつまでもギャンギャンと見苦しいわ!修道院行きか身分剥奪で国外への追放。好きな方を選ぶがよい! 」
自称ヒロインがノロノロと立ち上がる、チラリと扉の方を見ている。
え……まさか!確かにここにいても可笑しくはないんだけど……どうして……
自称ヒロインが料理の並ぶテーブルに近づき、ナイフらしきものをつかみ私に向かい走り出す。
…………先に謝っておくよ!
「ごめん! 正面から来る敵は排除する! でもこれ正当防衛だよね! 」
さりげなく左手の指輪を口によせる。私の体を雷を纏う結界が包み込んだ。それとほぼ同時に衝撃が走る!
「ガツンッ!! 」
自称ヒロインの手から、私に向けたナイフが結界に阻まれ吹っ飛び、白い壁に突き刺さる。
「なんで!どうして?キングスは悪なのに! 私は間違っていない!みんなだってフローラが死ねば!! 」
自称ヒロインは結界を叩き泣き喚いている。結界からはビリビリと、雷が放電されている。なぜ感電しないのかしら?
…………あの手ぶくろに防御魔法が付加されてる……
「いやー。リセットよ! 攻略は失敗よ!やり直しを要求するわ!リセットボタンはどこ?なければ電源を引き抜きなさい!だってなぜかセーブ出来なかったんだもの。 でもなぜ?なぜセーブできなかったの?この世界はゲームの世界ではないの?私はプレイヤーじゃない……もしかして本人だからリセットも出来ないの?そんなのやはり変よ! ねえ約束したじゃない!誰か私を助けてよ!愛してくれたんじゃないの?みんな嘘つき! 」
会場には自称ヒロインの怒号がこだましていた…………
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